落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「レイコの青春」(9) 3歳児の神話(2)空き家探し

2012-07-14 09:01:48 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(9)
3歳児の神話(2)空き家探し






 繁華街の裏手にある雑居ビルでその運営が始まった
無認可の「なでしこ保育園」では、増え続ける昼間のゼロ歳児たちを
受けいれるための、新しい園舎探しがはじまりました。


 退院してきたばかりの園長の清子は、
ひと息つく暇もなく、連日その対応にも追われていました。
2間の雑居ビルでは、すでに許容定員を大幅に越えています。
さらに夜間中心で、ゼロ歳児や乳幼児たちを主に受け入れていたために、
室内にはベッドと寝具が溢れすぎているために、床面積のほとんどが、
それらで埋め尽くされてしまう状態です。



 手狭なうえに、今度は
昼間のゼロ歳児たちが、次々と入園をしてきました。
夕方の時間が迫ってくると、保育園はかつてないほどの大混乱状態に陥ります。


 早めに出勤してくるホステスさんと、
フルタイムの仕事を終えたお母さんたちが、午後5時の時間帯を挟んで、
交互にあらわれるようになりました。
対応に追われる保母さんたちも大変ですが、瞬間的に過密状態となる
子供たちはもっと大変な騒ぎになります。



 一見、簡単に思えた空き家探しは難航を続けます。
繁華街からは離れ過ぎず、かつそれ相応のスペースを持つという空き家は
そう簡単には見つかりません。



 やがて、『期間限定でもよければ』と言う条件付きで、一軒の住宅が見つかりました。
市街地を少し離れていて、桐生川の川辺に有りまるで忘れられたかのように、
ポツンと取り残こされいた、一軒の古民家です。




 子育ての終わった老夫婦が二人きりで住んでいましたが、
数年前に相次いで亡くなったために、空き家状態になっていたものです。
都心に住む後継(あとつぎ)の長男が、郷里に戻るまでの「空き期間ならば」と言う、
曖昧な条件付きでの提供でした。



 広さ的には充分です。



 入ってすぐ、土間から天井を見上げた一瞬に、見学に訪れた一同からは、
思わず大きな驚きの声が上がりました。
高い屋根裏の空間を、囲炉裏の煙で燻されて黒光りした太い梁(はり)が、
背骨のように、どっしりと屋根の下を貫いています。



 2間続きの部屋を抜けた先で、一同から再び歓声があがりました。
そこには建物の要(かなめ)で、精神的な寄りどころの象徴ともされている
逞しさがあふれている真っ黒の大黒柱が、天を見上げるようにデンとそびえていました。
家族の長い履歴を見つめてきたと思えるような、頼もしい大黒柱の出現に、
また一同が、時間を忘れて見とれています。



 その昔、人々は力を合わせて助け合い、身を寄せ合いながら暮らしてきました。
出産や結婚、葬式や祝い事、祭などの「晴れの日」などはもちろん、
日々の生活をする中で、必然的に多くの人が集う機会が此処には数多くありました。



 その時々に応じて空間が演出をされました。
襖を閉めればそこは独立をした個室に変わり、襖を開ければ大広間へと変わるのが、
こうした古式な民家の造り方の特徴です。
その都度、適切な空間を演出できた日本家屋の構造は、まさに先人たちの知恵であり、
日本的文化の独特な象徴そのものでした。



 縁側は、日本家屋の持っている、もっとも特筆をすべき独特な構造物です。
家の内側でもなければ、外側でもありません。
空間を仕切るのではなく、内に居ながら外を感じる構造で、
自然との一体感を大切にする、日本文化の極みともいえる構造物です。


 縁側は、それはまた部屋でもあり、同時に廊下でもあるのです。
時としては、玄関となり、庭の一部ともなり、さらには、
室内でもあり屋外でもある、独特な存在です。



 ひととおり見終わった瞬間に、
「これだ」という感想が、めいめいの顔には産まれていました。


 昭和47年(1972年)の春、桐生の繁華街でうぶ声を上げた、
ゼロ歳児の無認可保育所、『なでしこ』は、こうしてさらに、桐生川の川辺で見つけた
古い民家で、さらに新しい一歩を踏みだすことになりました。





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