落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (54)るみが見つめる先に有るもの・・・

2014-08-07 11:07:46 | 現代小説
東京電力集金人 (54)るみが見つめる先に有るもの・・・



 先輩のビニールハウスの撤去が、地道ながらすすんでいる。
手作業による解体のため、進捗状況は、亀の散歩よりはるかに遅いものがある。

 結合部分の部品をひとつずつ取り外し、変形したパイプを一本ずつ丁寧に引き抜いていく。
ビニールハウスは1反(300坪)当たり、およそ6トンの鋼材と部品が使われている。
それをひとつずつ手で撤去していくわけだから、見た目以上の肉体労働になる。
普段使っていない筋肉を使うから、2~3日手伝っただけで、全身が筋肉痛になる。


 桜が散った4月の半ば過ぎから、るみが先輩のハウスに出かけるようになった。
「無理しなくてもいいぞ」と、先輩のほうが、かえってるみに神経を遣う。
午前中に2時間。午後にまた2時間。
るみは自分の体調と相談をしながら、ハウスの片づけ仕事に汗を流す。
「リハビリ治療をさせていると思い、長い目で面倒見てくださいな」と、おふくろが
先輩の顏を覗き込んで、頼み込む


 「見た通りです。猫の手も借りたいくらい悲惨な状態だもの、俺の方こそ助かります。
 だがどう見ても、やっぱり、いつもの快活なるみちゃんじゃなさそうだ。
 相変わらず、どことなく元気も足りない。
 病院の先生は、るみちゃんの病状をどんなふうに言っているんだ?」



 「PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、強烈なショックを受けることで、
 強い精神的なストレスが産まれ、こころに傷が出来てしまう病気だそうです。
 体験した出来事から数週間、ときには、数年以上も症状が継続することもあるそうです。
 無理もないよねぇ。
 あの子は18歳で、東北のあの大震災を体験しているんだもの。
 生きるか死ぬか状態を経験したことが、病気の原因だろうと言っていたけど、
 どうやら、それだけではなさそうだとも言っていた」

 「震災の体験だけじゃない?。どういう意味だ。まだ他にも原因が有るということか?」


 「年頃の女の子がかかる病気と言えば、思いつくことが有るだろう?」

 「一方的な片思いとか、大失恋とか、そういった恋にかかわる病気の事か?」


 「考えてもみな。浪江町で生まれた、22歳の女の子だよ。
 家族と離れて、たったひとりで群馬に居るというのも変だろう?。
 わざわざ単身で、はるばる群馬までやって来る必要が、あの子には有ったんだろうねぇ」


 「もしかしたら・・・男が居たということか!」

 
 「しっ、声が大きい」とおふくろが、先輩の声をたしなめる。



 「群馬からも、ずいぶん多くの男たちが、震災のボランティアで現地に飛んだ。
 パニックの現場では、ボランティアに入った男たちが、ずいぶんと逞しく見えるという。
 女の子が、たまたま群馬からやって来たボランティアの中の青年を、好きになった。
 そんな事がひとつやふたつ有っても、決して不思議な話じゃないだろう」

 「好きになったボランティアを追いかけて、18歳の女の子が、
 はるばると、群馬にまで来たということかよ!」


 「震災から、まる3年が経つんだよ。
 独身だとばかり思いこんでいた青年に、実は、妻子がいた。
 あげくに中絶までしてしまったら、もう女に、生きる気力はなくなるだろうねぇ」


 「おい。そのことを全部、太一は知っているのか」と先輩が、血相を変えて、
おふくろの顔を覗き込む。
「知らないだろうねぇ、太一は。根っからの呑気者だからねぇ」と、おふくろは笑う。
「いいのか、それで!」さらに先輩が怖い目をして、おふくろに追い打ちをかける。


 「いいも悪いも、そこから先は、太一とあの子が決めることだ。
 そういうあんただって、ひとの女房になりかけていた女を、千葉から無理矢理、
 群馬にかっさらってきたくせに。良く言うよ、昔のことも忘れてさ」


 「俺の嫁のことなら、ほっといてくれ」と先輩が苦笑をする。
「何か、ワケの有りそうな子だとは思っていたが、やっぱりそんな風に
込み入った事情があったのか。大変だな、太一も。よりによって厄介なのを拾ったもんだ」
大変だなぁと、先輩が溜息をもらす。


 「あんたほどじゃないけどね」おふくろが、先輩の顔を見上げて笑う。
「恋敵が群馬まで乗り込んできて、決闘騒ぎになったのを引き留めてあげたのは、あたしだよ。
その恩人を忘れるとは、あんたもずいぶんと恩知らずだ。ふん、るみのことはもう頼まないよ。
いまから昔の千葉の恋敵に、電話を入れてもいいんだよ」
そうなったらどうするんだいあんたはと、おふくろが嬉しそうにウフフと笑う。



 「で、あんたが気になっているという、るみの最近の様子というのは?」

 当初の用件を思い出したおふくろが、あらためて先輩の顔を覗き込む。


 「おう、肝心なのは、実はその件だ。
 気になる様子があって、それであんたを呼んだんだ。
 あいつ。時々、北のほうに顔をむけて、長い時間、何かを考えているんだ。
 寂しそうな横顔の様子も気になるし、最後には、長い溜息なんかついている。
 それで気がついたんだが、もしかしたらあの子は、生まれ育った浪江町に、
 帰りたいんじゃないのかな。
 なんだか、近頃のあいつの様子を見ていると、そんな風な気がしてならないんだ。
 俺の、単なる勘違いならいいんだけどなぁ・・・」


 (るみが浪江町に帰りたがっているって?・・・)
何気なくつぶやいた先輩のひとことに、おふくろは全神経を集中させた。


(55)へつづく



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東京電力集金人 (53)豪雪から。2ヶ月

2014-08-06 12:18:59 | 現代小説
東京電力集金人 (53)豪雪から。2ヶ月



 3月の後半から、陽気が一変した。
暖かい日々が続いた結果、あっというまに桜のつぼみが膨らんだ。
薄いピンク色の花がポツポツと開き始めると、何故か心がわくわくとしてくる。
外出したがらないるみも、桜の誘惑に負けたようだ。
おふくろと2人で、毎日すこしづつだが、桜見物で近所を出歩くようになった。


 関東甲信地方の農業施設に、壊滅的な被害をもたらした豪雪から2カ月。
ビニールハウスの復旧が急がれる中、パイプと鉄骨の供給は相変わらず見通しが立たない。
今年中の完全復旧は無理だろうという見方が、農家の間で広がっている。


 平年をはるかに超える受注量が、突然発生をしたためだ。
生産が間に合わず、短期間では、とても受注に応えきれないとメーカーは言う。
施設を建てる施工業者の不足も、復旧の遅れに輪をかけている。
ハウスの再建が来年度にずれ込んでしまえば、一年間限定になっている政府の補助を、
受けられないという可能性も出てくる。
先行きの不透明さが農家の悩みに、さらに輪をかけている。


 農水省が3月28日までにまとめた2月の豪雪被害のうち、ビニールハウスの
損壊件数は、北海道から宮崎県までの35都道府県で、2万6957件。
この1カ月で新たに、8000件が追加された。
JA全農の試算によれば、関東甲信地方や福島県だけで、再建に必要となるパイプの量は34万トン。
通常の場合、メーカによる年間供給量は約5~6万トンだ。
増産の努力はしているものの、厳しい供給状況が、当分の間続くと誰もが見ている。



 某大手パイプメーカーは「受注分はフル稼働で対応している。
それにしても被害が大き過ぎる。現状把握に努めている状態だ」と苦しい胸の内を明かす。
「14年度内に、全ての需要に対応するのは難し過ぎる」と見通しについて語っている。


 園芸関係の被災農家戸数が1000戸を超えている群馬県の前橋市では、先週、
生産メーカーと施工業者を集めて情報交換会を開いた。
14年度中にビニールハウスを再建できるか、その見通しを立てようと開いた情報交換会だが、
結局、年度内に完全な復旧ができる見通しはまったく立たなかった。


 前橋市で倒壊した農業用施設のうち、パイプハウスの面積は約60ヘクタール。
建設用のパイプが入手できても、建てる側の施工業者が不足していることも明らかになった。
会場では、農家自身が施工できるタイプのパイプハウスを提案したメーカーもあったほどだ。
JA全農も、ハウスの再建用に建て方を教えるDVDを5月中に出す予定でいる。


 復旧に対する国の補助は、14年度内に施工が完了した場合に限定されている。
今のところ、15年度以降の着工分は対象外としているため、被害を受けた農家は、
引き続き現場の実情に合った支援策を求めている。



 農業新聞を読む限り、紙面からは悲観的なニュースばかりが目に飛び込んでくる。
「やるせないよなぁ~まったく」とぼやいた先輩が、ポンと農業新聞を俺の膝に投げてきた。
農業新聞は、国内で唯一発行されている日刊の農業専門紙だ。
発行部数は約40万部。
もともとは農業協同組合の全国組織「全国新聞情報農業協同組合連合会」(JA新聞連)
の手によって発行されていたものだ。
2002年に、農協が株式会社化するための受け皿として「株式会社・日本農業新聞」が
設立され、JA新聞連から大半の事業がこの新会社に譲渡された。

 
 片隅に、「群馬県産の農産物を買って農家を応援して」、という見出しがある。
2月の大雪で甚大な農業被害を受けた同県は13日。「雪にくじけない!ぐんまの農業応援フェア」
を、東京・銀座にあるアンテナショップ「ぐんまちゃん家(ち)」で開いた。


 フェアには大澤正明県知事と、長岡武JA群馬中央会長が県産のキュウリやトマト、ナス、
ホウレンソウなどを無料で配布。店先には、野菜を受け取ろうと長い行列ができた。
大澤知事は「復興に向けた県内農家の取り組みを首都圏の消費者に伝えられた」と強調。
農家を元気づけ、復興の加速につなげたいと発言した。


 JAの長岡会長も、「安全で安心、安定した農産物供給の期待に応えるためにも、
一日でも早く経営を復旧させたい」と述べている。
主婦の一人は「大きな被害が出たと聞いて心配していた。
早く経営を再建できるよう、頑張ってほしい」と激励したと書かれている。
県は、今後も復興の進捗(しんちょく)状況を見ながら、農家を支援するイベントを開く。
と最後に記事が締めくくられている。



 「大雪による群馬県内の被害額は422億4000万円。
 そのうち、ビニールハウスが267億円だ。被害面積は1188ヘクタール。
 壊れたハウスの片付けは、JA職員やボランティアの協力などで徐々には進んでいるが、
 再建用のパイプなどの資材は、相変わらず逼迫(ひっぱく)したままだ。
 再建への道のりは険しいというのに、知事もJAの会長も東京で呑気に野菜を配っている。
 正直言って、売名だけが目的の猿芝居だ。
 群馬の野菜がいくら都民に支持されたって、生産者の俺たちが野菜を作れない。
 足元の問題をちゃんと片づけてから、東京へ営業に出て行けと言うんだ。
 まったく、政治家どもは何も考えず、いつでもパフォーマンスばかりを最優先させたがる。
 人のうわさも75日と言うが、災害から2ヶ月も経つと被害も「過去の物語」にされちまう。
 こちとら、日干しになりかえているというのに、農業県の知事さんは
 まったくもって、呑気なもんだ…」


 つまんない人物を知事に選んじまったなぁ、と毒づいた先輩が農業新聞をくるくると丸め、
そのまま庭先に有る焼却用のドラム缶に、燃えるゴミとしてポンと放り込んだ。


(54)へつづく



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東京電力集金人 (52)東電の電気代は、日本で一番高くなる 

2014-08-05 11:58:08 | 現代小説
東京電力集金人 (52)東電の電気代は、日本で一番高くなる 



 
 「総務省の家計調査によれば、2011年における家庭の平均電気料金は、月8,188円だ。
 この中にはいま流行りの太陽光発電などの再生可能エネルギーの、買い取り費用も含まれておる。
 原発の維持促進などに使われる「電源開発促進税」も、当然ながら含まれている。
 家族4人の標準家庭で、年間、1,400円程度を負担している計算になる。
 問題なのは税金の2重取りだ。8%の消費税と、電源開発促進税の2つが含まれておる。
 だがこうした事実を明細書に、まったく明らかに書いてはおらん。
 なんだ。そんなことも営業所では教えてくれんのか。
 よくそれで東電の集金員がつとまっているなぁ。
 知らんにもほどがある。呆れたもんじゃのう、まったく」


 まったくの図星だ。老助教授の言葉に、ぐうの音も出ないし反論ひとつ出来ない。
俺が東電の集金人として採用されたのは、3.11の直後のことだ。
事務所で受けた業務講習は、実に大雑把だ。
その日集金する分のハンディターミナルを持たされ、各家庭をそれぞれ順番に訪ねて回る。
集金したらハンディターターミナルに金額を打ち込み、印字された領収書を相手に手渡す。
ただそれだけを繰り返していくだけの簡単な作業だ、と何度も説明された。


 事実。ただそれだけの業務の繰り返しだった。
燃費を浮かすために50CCのバイクに乗り、指定された順番通りに集金していく。
福島第一原発で不祥事が明るみに出るたびに、集金先での風当たりは一段と強くなったが、
不思議なことに、それにもいつの間にか慣れた。
集金する金額の中に、原発を維持するための税金まで含まれていた事実は、俺も初めて知った。



 「今回の黒字は、2012年に実施された電力料金の値上げによる、当然の結果だ。
 東電は人件費を183億円ほど削ったが、その反面、電気料金の値上げで、
 結局、清算してみたら1770億円も収入が増えた。
 東電の経営は、原発事故の損害賠償などで大変な事態になっているはずだが、
 こうした費用が、決算に響かない制度になっているんだから、当然黒字になる。
 原発の廃炉で会社が破たんするどころか、原発をいっさい動かしていなくても、
 電力会社は、必ず黒字になる。
 電力会社が再稼働にこだわっている最大の理由が、実はここにある。
 原発を廃炉にすると、毎年の減価償却が一括償却になり、会社は債務超過に陥る。
 総括原価方式のもとでは、 原発が停止をしていても維持費や減価償却費などは、
 すべて電気料金の中に含むことができる。
 停まっていても、金が入ってくるという仕組みが最初から出来上がっておる。
 電力会社が破綻しないための費用を、常に国民が払っているんだからな」


 「ずいぶん融通の利く便利な料金システムですねぇ。総括原価方式というやつは」



 「電気料金は、電気事業法に基づいて発電、送電、電力販売、設備投資などの費用に、
 固定資産の3%を上乗せすることができる。それが「総括原価方式」というシステムだ。
 経費が増えれば、自動的に電気料金を上げられるという仕組みになっておる。
 東京電力の家庭向け電気料金がこの夏、沖縄電力を抜いて全国でもっとも高くなる。
 離島の沖縄は発電や送電の費用がかさみ、原発もないことからこれまで本土より
 1~2割ほど高かった。
 しかし、福島第1原発事故後の値上げで、この差が縮まってきた。
 業界関係者は「本土と沖縄の料金が逆転するのは,聞いたことがない」と驚いておる」


 「東電の電気料が日本一高くなるのですか。初耳です。俺も、驚きです!」


 「集金人のお前が今頃驚ろいてどうする、この馬鹿者。
 電力10社が公表した一般モデル家庭の、1カ月分の料金比較はこうだ。
 東電の6月分は、前月より26円高い8567円。9円下がった沖縄電力の8558円を上回った。
 原発事故前の2011年1月をみると、発電の98%を火力で賄う沖縄が7270円と全国で最高だった。
 一方で原発の比率が約3割だった東電は,沖縄より14%安い6257円。
 10社の中では、3番目に安かった。
 1千円余りの差が縮まるきっかけになったのは、2011年3月に発生した原発事故だ。
 相次ぐ原発の停止を受け、東電は2012年9月から家庭向け料金を平均8.46%値上げした。
 原発の代わりに火力発電が増え、燃料費の変動を反映させる「燃料費調整制度」も
 料金の上昇に拍車をかけた」


 「そういえば、この3年間で集金額がじわじわと上昇してきたような気がしますねぇ。
 気のせいじゃなかったんだ。一軒当たりの集金額が増えていたのは・・・」



 「その通りじゃ。沖縄は価格が安定している石炭を多く使っておる。
 東電は、価格が急騰した液化天然ガス(LNG)の比率が高い。
 そのために、料金差縮小にさらに拍車がかかった。
 2011年1月から3年半の上昇率は、東電が全国最大の37%に対し、沖縄は18%にとどまっておる。
 同じ構図は、ほかの電力会社にもあてはまる。
 中部電力や関西、九州なども、家庭向け料金を約4~10%値上げした。
 3年半の上昇率は、関電が28%、中部27%、東北26%、九州は22%に達しておる」


 「東電の値上がり率だけが、ダントツの37%ですか・・・
 道理で集金総額が多いはずだ。気がつかないうちに上げっていたんですからねぇ」」


 「東京電力がべらぼうな費用が掛かる原発事故にもめげず、利益を上げられるのも、
 日本独特のこの、総括原価主義というやつのおかげじゃ。
 どうだ。わしの分かりやすい講義を聞いて、いくらかは勉強になったか。このうつけ者」



 「はい。おかげさまで。
 でも、どう説明したら黒字化した東電の、料金徴収がうまくいくでしょうか。
 そのへんのところも、教えていただけるとラッキーなんですけど。大先生!」


 「馬鹿もん。そのくらいは、自分の頭で考え出さんか、この単細胞」


 いい加減にせんかと睨んだ老助教授が、「まったく。よくそれで大学の単位が取れたもんじゃ。
わしのところの学生なら、今頃はとっくの昔に退学処分じゃよ、あっはっは!」と、
大きな声で、愉快そうに笑い始めた。


(53)へつづく


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東京電力集金人 (51)電気料金の決め方

2014-08-03 13:52:17 | 現代小説
東京電力集金人 (51)電気料金の決め方



 集金人たちの動揺を軽減するための所長の目論見は、見事なまでに失敗した。
本店からやって来た若い2人が、黒字を、自画自賛で自慢し過ぎたためだ。
無理もない。3年前に発生した福島第一原発の放射能漏れ事故で、さすがの巨大独占企業の
東電も前途は、ほぼ完璧なまでに絶望視されていた。
巨大企業に安泰していた社員たちの中に、激しい動揺が走った。
豪華な保養施設をあとことに持ち、自前の社員専用の巨大病院を持ち、高額の年金が
確約されていた人生があっというまに崩壊し、奈落の底へ転落をはじめたからだ。


 だが絶望をしたあの日から、わずか3年で、東電はものの見事に復活をした。
電力料金引き上げと言う消費者の重荷とひきかえに、業績を見事なまでに回復させた。
「してやったり」と東電の社員たちが、狂喜乱舞したのも無理はない。
高給取りとしての生活が復活し、保障された老後が前途にふたたびよみがえって来たからだ。
停止中の新潟県刈羽原発が再開されれば、まったくもって言うことなしの
絶好の展開になる。


 東電復活の道筋は、常に「原発有りき」の前提でものごとが進んでいる。
阿部政権が、「今後3年間をめどに、原発再稼働の可能性をさぐっていく」と国会で明言をした。
苦境に立っている東電にしてば、鬼に金棒の、まさにタイムリーと言える発言だ。
こうした背景のことを考えれば、本店からやってきた若い2人が、集金人たちの不安を
やわらげるどころか、黒字を手離しで自画自賛したのも無理はない。



 「どうじゃ。てこずっておるじゃろう、集金業務が」


 玄関に顔を出した老助教授が、俺の暗い顔を見て、にこっと笑う。
「え。分かりますか?」と答えると、「当たり前じゃ。国民感情は沸騰寸前じゃからな」
と、またまた、にたりと俺の顔を見て笑う。
「お前の頭じゃ説明がつかんじゃろう。教えてやるから、まずは上がれ」と手招きをする。
この爺さんときたら、原発の話をするのが、ことのほか大好きだ。
役目を終えたイギリスの原子力発電所が、時間をかけ安全に廃炉の作業をすすめているが、
その費用は天文学的な金額になると教えてくれたのも、実はこの爺さんだ。


 「公共料金は、すべて総括原価方式(そうかつげんかほうしき)と言って、
 供給原価に基づいて、その料金が決められる。
 安定した供給が求められる公共性の高いサービスには、すべて適用されておる。
 適用されているのは、電気料金、ガス料金、水道料金などじゃ。
 それぞれの料金は、電気事業法第19条、ガス事業法第17条、水道法第14条によって
 細かく規定されておる」


 「難しそうな話ですねぇ。なるべく、分かりやすく説明してくださいよ」



 「大学を出たくせに、相変わらずの呑み込みの悪いやつだな。お前は。
 明治から大正時代にかけて、日本には、700社を超える電力会社が誕生した。
 過当競争が進んだために、各地で設備の二重投資などが発生をした。
 その後、戦時体制の強化などもあり、国家が統制をすすめるもとで、発送電会社1社と、
 配電会社9社という体制になったが、電源開発などの供給責任の所在が曖昧だったので、
 常に、慢性的な電力の不足状態が続いた。
 戦後の経済復興に向けて、安定した電力供給が不可欠であったことから、
 昭和26年、全国を9地域に分けて、自主性と供給責任を持たせた発送配電一貫の
 現在の体制が生まれた。これが今日の、電気供給の原型じゃ。
 それに伴い電気料金も認可制で、総括原価方式による算定というしくみが整備された」


 「なるほど。本当に分かりやすいですねぇ・・・」


 「当たり前じゃ、これでも昔は大学の助教授だ。
 電気は貯蔵ができないため、最大の電力需要時に対応できるだけの発電設備と、
 電気を運ぶためのネットワークの設備や、送電線や配電線などの整備が必要となる。
 東京電力の配電設備は、実に膨大だ。
 3ヵ所の原子力発電所。25ヵ所の火力発電所。162ヵ所の水力発電所が有る。
 これらを1592ヵ所の変電所に集めたあと、それぞれ2万1096㎞の送電線を使って
 工場や各家庭へ電気を送る。
 安定供給を確保するため発電所や送電線などの建設を、先々の需要を見通しながら
 実行していくことになる。
 電気は、一般の商品などと同様に、まず原料(燃料)の調達。
 次に工場(発電所)での製造(発電)。
 届けるために(送配電)に必要な費用(総括原価)をもとに、販売価格(電気料金)が
 決められることになっておる」


 「ルールにのっとって料金が決められるのなら、別に問題もない話だと思いますが」


 「馬鹿者。何も分かっておらん男じゃな、お前さんも。
 この総括原価方式の中に、停止中の原発の維持管理費も含まれるから大問題なんじゃ!」

 「停止中の原発の維持費や、管理費も電気料金に含まれているということですか?」


 「全額とは言わんが、実行中の福島の廃炉費用も含まれておる。
 つまり電力会社と言うものは、全ての費用を、電気料金に転嫁できるということじゃ」

 「えっ!」はじめて聞く真実に、俺の耳が思わずダンボになった。



  ※注釈 ダンボ 1941年、ディズニー制作のアニメーション長編映画の主人公。
          大きな耳を持つ象の赤ちゃんのこと。
 

(52)へつづく


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東京電力集金人 (50)東電が3年ぶりの、黒字

2014-08-02 11:49:19 | 現代小説
東京電力集金人 (50)東電が3年ぶりの、黒字


 
 東京電力が、2014年3月期の連結純損益が4386億円の黒字(前の期は6853億円の赤字)
になったと、広瀬直己社長が記者会見で発表した。
市場は6743億円の黒字が出ると予想をしていたが、数字はそれを下回った。
電力料金の引き上げと、石炭などコストの安い燃料を増やしたことが奏を功したと説明した。


 東電の最終損益の黒字転換は、4期ぶりのことになる。
東電は14年3月期の連結最終損益が、6610億円の黒字になると値上げ当初から見通しを示していた。
だが、15年3月期にむけての連結業績予想の発表は、大方の予想を裏切り見送った。
理由として挙げたのは、柏崎刈羽原発の再稼働が明確にならないためだ。


 電力料金の値上げのおかげで、東電の売上高は6兆6314億円に膨らんだ。
前期の売り上げは、5兆9762億円。
営業損益は、1914億円の黒字(前期は2220億円の赤字)になった。
広瀬直己社長は記者会見で増収の理由について、「販売する電力量は減ったが、
単価の上昇と、値上げ要因がフルで入った影響が出た。
石炭火力の復旧で、燃料費の高い石油火力からのシフトが進んだ結果だ」
と会見で明らかにした。



 おいおい、東電はずいぶん儲かってるじゃないか、と誰もが一様に驚いた。


 2014年に入り、東京電力の中間決算が1900億円の黒字に転換。
そのほかの電力会社の業績も、軒並み急速に回復ぶりを見せている。これはいったいどういう事だ。
「原発の再稼働がなければ経営が成り立たない)と電力の各社が強調をしていたが、
すべての原発が停止中だというのに、実際は、黒字化が凄い勢いですすんでいる。


 集金業務の下請けに過ぎない俺たちの営業所にも、このニュースを聞いた瞬間から、
消費者たちから、抗議の電話が何本も立て続けにかかってきた。
その日のうちから、集金業務にも支障と影響が出てきた。
ある女性集金員は、「なにが黒字だ。納得できんうちは絶対に払わん」と門前払いの憂き目にあった。
ベテラン集金員は抗議の声にしつようなまでに食下がったが、
「原発の再稼働を絶対条件にする、東電の経営方針にはうんざりした。
黒字が出たというのに、新潟で停止中の刈羽原発の再稼働が認められない場合は、
年末にまた、電気料金の値上げを予定しているとは言語同断だ。理不尽な理屈は聞き飽きた。
納得できる回答を持って出直して来い。今日は気分が悪いから、電気代は払わん」と、
さんざんに威張られたあげく、結局、彼もまた玄関先で追い返された。


 似たような反応と苦情の話は、いたるところで爆発をした。
「このままでは集金の達成率が70%どころか、50%以下まで激減しちまう」と不満を胸に、
集金人たちが事務所へ、渋い顔で戻ってきた。
「所長はこの黒字化のことを事前に知っていたんですか」と、激しく詰め寄る集金員もいる。



 「知るもんか。東電が早期の黒字化を目指していることは知っていたが、
 こんなにも早く、黒字が達成できるとは思わなかった・・・俺も晴天の霹靂(へきれき)だ」
 

 「所長は机に座っているだけだから、わしら集金員の苦労なんか分からんでしょう。
 東電が不祥事を明らかにするたびに、わしら集金人への風当たりは強くなるばかりです。
 これじゃ仕事になりません。
 早急に対策の手を打ってください。でなきゃ、わしらは集金をボイコットしますから」

 「おいおい、穏やかじゃねぇなぁ。分かった、なんとかする。
 とりあえず本店に連絡を入れ、話の分かる連中を呼んで解決のための講習会をひらこう」



 本店というのは、東京電力本社のことだ。
所長が本店に電話を入れると、早速次の日、本店から2人の人間が営業所にやって来た。
広報担当と経理部に所属している若手の社員だという。
黒字についてのざっくりとした説明のあと、集金人との質疑応答になった。


 「人件費を183億円削ったものの、電気料金の値上げで1770億円も収入が増えた。
 東電だけではなく、電力各社が好調な業績結果を出したのは、昨年9月以降、
 次々と実施をされた、電気料金改定による値上げのおかげです」


 「電力会社がなぜ再稼働にこだわるのかといえば、すこぶる簡単な話です。
 廃炉にすると、原発の毎年の減価償却が一括償却になってしまい、債務超過に陥ります。
 総括原価方式のもとでは原発が停止をしていても、維持費や減価償却費などは
 すべて、国民が払う電気料金に含まれます。
 電力会社が破綻しないための費用を、国民が払ってくれることになるのです」


 「昨年から、猛暑になれば500億円ほどの黒字になるんじゃないかと言われていました。
 もちろん電気料金の値上げが最大の要因です。
 それが思った以上に、昨年の夏は暑くなりすぎて焦りました。
 黒字になりすぎたらどうするんだ、という声が、社内のあちこちで上がったほどです」

 「社内においては、これで原発が再稼働すれば、さらに黒字が大きくなると
 ホクホク顔で喜んでいる連中が、たくさんいます。
 これだけ黒字が出れば、正々堂々とボーナスをもらえ、忘年会もできる、
 冬も極寒になれば、さらに収入が増えるだろうと期待している不届き者もいます」


 黒字決算に勢いを得ているせいだろうか、本店から来た2人の若い社員はまったく悪びれず、
社内の有頂天ぶりを、次から次と事例を挙げて明らかにしていく。
(駄目だ、こりゃあ・・・)沈黙と絶望の空気が、会議室の中を一巡していく。

 特に、目論見に失敗した所長の落胆ぶりは半端じゃない。
本店からやって来たこの若い2人を「本物の阿呆だな、この若い2人は」と、心の底から嘆く。
絶望的なまなざしで見つめたまま、所長は、本店に人選を任せたことがそもそもの
失敗だったと、あらためて深い溜息をひとつ、そっと洩らす。


(51)へつづく

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