関とおるの鶴岡・山形県政通信

安心して住み続けられる山形県をめざして、住民の暮らし、県政の動き、そして私の考えと活動をお知らせします。

73回目の終戦記念日、暑い中で熱く訴える

2018年08月15日 | 平和と民主主義・外交

 今日は73回目の終戦記念日。朝から鶴岡市内各所で街頭演説をおこないました。

 山形県でも20万人が戦場にかり出され、38000人が生きて帰る事のできなかった戦争、中国・アジア諸国にとっては、国土・国民が蹂躙され尽くした、許しがたい侵略戦争でした。

 その痛苦の反省の上に、戦後進められてきた平和な国づくり、安倍政権はその歩みを覆そうとしています。

 過去最高を更新し続ける軍事費、自民党はさらに「GDPの2%」を求め首相は「しっかりと受け止めたい」と応える。 
 全国の米軍基地の4分の3が集中、飛行機・ヘリらの部品の落下や墜落、米兵犯罪などに苛まれてきた沖縄に、県民の意思を無視して進められる新たな米軍基地建設、
 秋田・山口に、同時に複数発のミサイルを撃たれたら落とせず、完成は5年後、1兆円以上かかるというミサイル迎撃システムを配備する、
 核兵器禁止条約の否定、中学・高校の教科書から過去の戦争の誤りの記述を削除、
 憲法9条を踏み躙る安保法制を制定し、更に今、憲法の条文そのものの改編をおこなおうとしているのです。

 しかし、21世紀の世界は、国家間の紛争を武力に拠らず解決する方向に大きく進んでいます。
 北朝鮮問題での南北首脳会談と板門店宣言、それに続く米朝首脳会談と宣言、日本も当事国とする歴史的な歩みが進められようとしています。

 世界の流れに取り残され、国民の平和の願いに敵対する安倍政権を退場させ、国際社会の先頭に立って平和外交を展開する新しい政府を作るために力を合わせようと力を込めて訴えました。

 先週の原爆投下の日から、終戦記念日の今週まで、山形新聞、TUY、YTSなどでも戦争体験などの特集を組む特別な期間。
 街頭で訴えていても、振り返る人多く、手を振り、声をかけてくれる方を絶えず、関心の高さを実感しました。

 それにしても今日は朝から暑かった!
 3時間半の行動で500mmのポカリスエット2本飲み、その分の汗をかいて水をかぶったかのようになりました。
 日焼け止めを怠ったので、両腕は茹でたタラバガニに(画像は自粛)。反省の夜を過ごしています。

 


撤去を求めるのは、慰安婦像より・・

2017年01月07日 | 平和と民主主義・外交

「撤去を求める」って、オスプレイの方じゃないの?!

アジア諸国に心からのお詫びもせず、国会議員がしょっちゅう「慰安婦なんてウソ」と発言しておいて、
「金をやったんだからもう言うな」?!

国際社会に於いて不名誉な地位を占めています。

山形県議会も、恥ずかしい事をやりました。(H27年9月議会で「慰安婦問題に関する適切な対応を求める意見書」採択)

自民党田澤伸一議員が提案、私が反対討論、自民党奥山誠治議員賛成討論、自民党の賛成多数で採択。

お寺からも「不戦」

2016年02月09日 | 平和と民主主義・外交
 先日、市内のお寺でおこなわれた親戚の法事の後に、十人ばかりの参列者でお茶を頂いていた時、宗派(真宗大谷派)が「不戦」を呼びかけて作成したポスターが皆の目に止まりました。

 すると、最長老の85才の男性が訥訥と語り始めました。「上の兄2人が先に召集され、自分にも招集礼状が届いた時に、母が『ウチではもういいんじゃないでしょうか』と言ったのには驚いたが、断れるハズもなく自分も出征した。鶴岡でも毎日(のように?)、駅に向かう出征の行進があった。長兄は海軍に行き硫黄島にやられた。『アメリカの艦砲射撃が来ると、海岸線に逃げた』と言っていたが、生きて帰ってきたのは奇跡だ(硫黄島の日本軍約2万人の95%以上が戦死)。次兄も帰ってきたが、父や叔父を亡くし、戦後大変な苦労をしてきた・・」と暫く言葉が続いた後、「あげだ事はあどあってはならね」と強く話されました。
 政治家でも何でも無い、鶴岡で慎ましく暮らしてきた方からあふれ出たお話に、一同、黙って聞き入りました。

 住職にも、「戦死者の弔いも多かったでしょうね」と尋ねると、「いや、先代が徴兵され、寺はその間、停止していました」と答えられました。
 当時の人々の一つの拠り所であったお寺さえも、戦争に押しつぶされた訳です。

 戦争法には、仏教界も挙げて反対し、鶴岡でも多くのお寺にその趣旨のポスター・チラシなどが見られます。
九条の会の呼びかけに加わった住職も少なくありません。

 鶴岡でも庶民の暮らしの中で数百年続いてきた仏教界が、明仁天皇も言うところの「彼の戦争」を経て、「不戦」を誓い、それを破ろうとする政権に対してキッパリと反対の声を挙げるというところに到達しています。
 安倍政権の暴挙が、日本社会の進歩の流れに逆らうものであるということをお寺でも再確認しました。

山形県議会でも自民党多数の横暴~戦争美化を図る「慰安婦意見書」~

2015年10月08日 | 平和と民主主義・外交
山形県議会最終日、自民党が従軍慰安婦問題を否定する意見書を提案、民主社民系の県政クラブが会派協議会(自民と県政のみで構成。非公開)で提案することに反対しましたが、採決は強行され、自民党と無所属の賛成で可決されました。
反対は共産党(2)と公明党(1)、県政クラブは採決を棄権しました。
私は反対討論を行いました。

 意見書は、「(従軍慰安婦の強制連行をおこなったという)吉田証言が嘘だったから、河野官房長官談話も間違ってる。吉田証言を報道した朝日新聞は謝罪したが、そのような中でクマラスワミ報告が採択され、世界に間違った情報が拡がった。真実を発信して日本の名誉を回復せよ」などと政府に求めるもので、些末なことを元にして、歴史の真実をねじ曲げ、日本の戦争犯罪を免罪しようとするものです。

 このような意見書が県民を代表する県議会の名で議決されたことは、議員として恥ずかしい限りであり、県民の名誉を毀損するものと考えます。
 加えて、最終日に上程し(文書配布は前日)、県民が知らないうちにすぐに多数決で決めるとは許せません。

 会派協議会では、自民党議員が県政クラブ高橋議員に、「あんた、クマラスワミ報告呼んだことあるのか?!」と問い詰められて、「ない・・」と答えたといいます。
 自分はクマラスワミ報告を読みもせず否定している訳です。
 ポツダム宣言を読まずに戦争美化を図る総理大臣と同じです。

 昨年、同趣旨の請願を採択した時に、アジアのマスコミは山形県議会を「戦争肯定の妄動」として報じました。
 自民党の皆さんも、意見書の内容が県民多数の声では無いことをわかっているはずですが、「そんなこと」は一顧だにせず、議会で数が多ければ何をやってもいいという姿勢は、国政でも県政でも、一貫しているということでしょうか。

 最期に、意見書案と、私の反対討論をご報告します。
 言いたいことは沢山あるのですが、県議会の討論は何と「3分程度」とされているのです。
 また、討論に先立って、意見書について「質疑をおこなう」という通告を出しましたが、「S50年からの先例(申し合わせ)で、質疑はおこなわないことになっている」と門前払いされました。

 できるだけしゃべらせないという姿勢です。
 県民の皆さんに、県議会に向かってどんどん発言されることを呼びかけます。
 皆さんと一緒に、県民の声を取り上げ、積極的に議論する県議会をめざしていきます。

/自民党の意見書案/
 

/私の討論/
  日本共産党県議団を代表して、発議第18号に反対の討論をおこないます。
本意見書案は、93年8月の「河野官房長官の談話発表時の発言が吉田証言の裏付けとなって、クマラスワミ報告が採択され、その結果、国際社会に誤った認識が広がった」と主張しているものと読み取れます。
 強制連行に関わったという吉田証言が嘘だったことをもって、従軍慰安婦問題の真実をゆがめようとする、今日の従軍慰安婦否定論の典型的な論立てです。
 しかし、河野談話と吉田証言の関係について言えば、
 当時、日本政府は吉田氏をヒアリングの対象にはしましたが、証言は採用していません。
(注:時間の関係で省略ー「河野氏本人、談話作成に直接関わった石原信雄官房副長官など、関係者の証言からも明確でます。談話がもともと吉田証言を根拠にしていないのですから、意見書の主張は、そもそも成り立つ余地がありません」)
 意見書の主張は、そもそも成り立つ余地がありませんし、吉田証言について朝日新聞が謝罪したことも、従軍慰安婦問題の真実性をいささかも削ぐものとはならないのであります。
 また、クマラスワミ報告について言えば、国連が真実を明らかにするためにおこなった詳細な調査であり、その中で様々な証言の一つとして記載されている3行の吉田証言を削除しても、その結論に些かの影響を受けるようなものではありません。
 一方、従軍慰安婦問題について河野談話は、5つの事実を認定しています。
 第一に、慰安所と慰安婦の存在、
 第二に、慰安所の設置、管理および慰安婦の移送は、軍が直接又は間接に関与したこと、
 第三に、慰安婦の募集は、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意志に反して集められた事例が数多くあり、官憲等が直接これに荷担したこともあっ」こと
 第四に、慰安所における強制性、強制使役、
 第五に、慰安婦の募集、移送、管理等も・・総じて本人たちの意志に反しておこなわれたことなどです。
これらの事実の全体が従軍慰安婦問題の存在を認定したものです。
 さらにこれらの事実は、91年から2001年まで提訴された10件の裁判のうち8件の判決で、「争いのない事実と証拠」と認定されているのであり、意見書が最後に言うところの「慰安婦についての客観的な事実に基づく認識の形成」は、加害国である日本の司法の場でも認定されているのであります。
 これらを通じて詳細に明らかにされた事実は、本当に悲惨極まりない被害であり、野蛮極まりない加害であり、日本人としてできれば目を伏せたくなるものであります。
 しかし、都合の悪い歴史に目を閉ざせば、偏狭なナショナリズムの国として、アジアと世界の国々から孤立していく他ありません。
 本県が掲げる、中国・アジア諸国との友好関係の構築、交流拡大の方針にもそぐわないものとなります。
 未来に正しい道を歩もうとするならば、過去と現在の真実を直視する勇気を持たなければなりません。
 日本共産党県議団は、過去の過ちに対して勇気ある態度をとることによってこそ、国際社会に名誉ある地位を占めることができる国、県民が日本人であることに胸を張れる国になっていくことができると確信するものであります。
 よって、そのことに逆行する本請願には反対します。


日本語を正しく解釈すれば・・。安倍首相70年談話

2015年08月17日 | 平和と民主主義・外交


 8月14日、安倍首相の「戦後70年談話」をテレビで観ました。
 この内容を「評価する」大手マスコミの報道が目につきます。
 NHKの直後のニュースが典型的でした。
 「侵略」、「植民地支配」、「痛切な反省」、「お詫び」。
村山談話のキーワードが入っていることをもって、「歴代内閣の立場を継承する姿勢を明確にした」「(積極的平和主義の下)世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献していく考えを表明した」などと報じたのを観て、のけぞりました。

 言葉は入っていても、文脈によって意味が変わるのが日本語です。
 これらのキーワードは、いずれも「歴代内閣が表明してきた」と、第三者のように「紹介」しているだけです。
 「日本が侵略し、植民地支配をおこなった」と認め、「そのことについて反省し、アジア諸国にお詫びする」などとは、一言も言っていない訳です。

 それどころか、日本が朝鮮の植民地化を始めた日露戦争を、「アジア・アフリカの人々に勇気を与えた」などと評価し、記者会見では、日本の戦争が侵略だったかどうかは「歴史家が判断すること」として、侵略と認めませんでした。

 従軍慰安婦問題について、「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません」やはり人ごとのように「触れた」ことは、被害者の心を益々傷つけるものでしょう。

 そして最後に、「『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります」と述べましたが、これが「安保法制を成立させる」ことを意味することは、日頃ニュースを読んでいる人には疑いようもないことです。
国民多数の反対を踏みにじる態度を改めて表明したものです。

 村山談話と比較して、何を言って何を言わなかったのか、そこから意図を読み取るのは、中学国語の読解程度の問題じゃないかと思われます。
 この談話を「歴代内閣の立場を継承する姿勢を明確にした」などと報じるの、国民に「こう思わせたい」というマスコミの政治宣伝です。

 共同通信社が14、15両日に実施した全国電話世論調査では、談話を「評価する」が44.2%、「評価しない」が37.0%だったといいいますが、マスコミの報道が影響を与えているということでしょうし、首相が話す様子を観た「印象」が反映しているのでしょう。

 しかし、談話の真の内容が赤旗新聞や、良識有る報道・ネット情報で広がるにつれて、文章を自分の目で読む人が増えるに連れて、正しい評価が多数となっていくに違いありません。

 欺瞞に満ちた話しを、美辞麗句をちりばめて22分間も語る(普通10分で読むでしょう)姿からは、「すばらしいことを語っている自分」に陶酔しているナルシストか、或いは、嘘を真実と思わせようとするファシストか、いずれにしても民主政治の担い手とは異なる影が伸びているように見えました。

戦争法案、国民の戦いが空前の高揚へ!

2015年07月19日 | 平和と民主主義・外交
先週、県議会が終わってからほぼ毎日、戦争法案の危険性を訴え、反対行動を呼びかける街頭宣伝をおこなっています(今日まで三日間は視察のため休み)。
衆議院安全保障特別委員会で採決が強行された15日(水)夕方は、朝の宣伝の時とは違った反応が行き交う車の中からググッと伝わってきました。
翌日は衆院で与党のみで採決、街頭宣伝への声援がさらに広がりました。

今回の政府・与党の暴挙は、九条の解釈を勝手に変えるということにとどまりません。
自ら「国民の理解を得ていない」といいながら、その日の内に数の力で強行する総理大臣は戦後初めてでしょう。
国民主権の否定であり、議会制民主主義というものを否定する暴挙です。

状況は極めて危険なものであり、日本の平和と民主主義は重大な局面にさしかかっています。
しかし暴走が進めば進むほど、国会前に詰めかける人々の数、全国各地でおこなわれる行動の数が増大していることが伝わってきます。
しかも、組織的な運動の外から、個人の思いを行動に移している人が次から次と広がっているようです。

今週日曜日の宣伝では、自転車を停めて聞きいる男性、道路の反対側から写メを取る方、さらには、菜々緒のお母さんのようなキリッとした女性が歩み寄ってきて、「頑張って下さいね」と握手を求めてこられました!? 
選挙の最中のようでした。

また、21日(火)の吉村知事定例記者会見では、「安全保障関連法案の強行採決について」記者側代表質問がおこなわれ、知事は「法案についての国民の理解が十分に得られているとは言い難い状況だ」と答えました。
首相自身がそう言っているのですから、首長がこう答えるのは当然ではありますが、大変重要な見解表明です。

日本共産党志位委員長は委員会採決の直後、「国民の運動の広さ、深さというのは、戦後70年の日本の国民運動史上でも、空前のもの」「こうした国民のたたかいに追い詰められて強行採決に逃げ込んだというのが事の真相」と指摘しました。

私は、これから二ヶ月の世論と運動の広がりで、暴走をやめさせることがキッとできると確信しています。
国民の声が政府の暴走を止め、政権から追放する、胸躍る戦いが始まっています。

まず、国立競技場のデザインが白紙撤回されたことは、政権批判の急激な高まりの成果でしょうね。
「国民の皆さまのご意見に耳を傾けて」見直すそうですから、戦争法案でもそうさせなくちゃ!





戦争立法反対! 県都街宣行動

2015年05月10日 | 平和と民主主義・外交
山形市内でおこなわれた、戦争立法反対の街頭宣伝行動に参加しました。
山形県九条連絡会の主催です。

山交ビル前の歩道に20人位で並んで署名とハンドマイク宣伝。七日町でも同時に行動がおこなわれました。

歩行者から、車の窓から、真剣に耳を傾ける人も多く、中々の注目でした。

一方で、キョトンとして眺めている人もあり、事の重大性を知らせていく取り組みを急がねばという思いを強くしました。

東京大空襲を体験したおばあさん

2015年03月24日 | 平和と民主主義・外交
夜に農村部で懇談会をおこなったら、参加者の中に「東京大空襲を体験した」というおばあさんが来ていました。

「当時13才、現在の江東区にあたる地域に住んでいた。3月9日の夜に焼夷弾で真っ赤になった空の下を逃げまどった。道路が黒こげになった死人でいっぱいで歩けなかった。浦安に架かる葛西橋で朝を待った。川も死体でいっぱいだった。数日後、貨物列車で両親の実家のある鶴岡に来た。あんなことは二度とあってはならない」。

今はにこやかで穏やかなおばあさんですが、地獄の体験を抱えて70年間生きて来られたのです。
そうした方々によって今日の日本が築かれたことに改めて思いを致しました。

もう少し詳しくお話しを伺い、市民に伝えていかなければなりません。
お会いできてよかった。

帰りは吹雪、ずんずん積もっていました。





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鶴岡から「戦争ノー、憲法守れ!」

2015年03月16日 | 平和と民主主義・外交
15日(日)午前、鶴岡駅前マリカ広場で、「秘密保護法廃止!戦争ノー、憲法改悪を許さない市民集会」がおこなわれました。

16団体の呼びかけによるもので、日本共産党と社民党、新社会党も加わる、平和擁護の一点での共闘です。

私は日本共産党の代表として開会挨拶、主催者挨拶、決意表明、決議採択の後、デモ行進をおこないました。

久しぶりの晴天に恵まれ、200人近い参加者も笑顔、メーデーもかくやと思われるような気持ちの良い行動となりました。

戦後70年の今年、戦争の悲惨さ、平和の大切さを改めて思い起こし、二度と戦争を起こさないという国民の決意を固める年にしなければなりません。
それは、平和への願いを踏みにじる安倍政権の暴走を阻止し、退陣を迫っていく年にするということです。

県議選告示まで今日から17日、決戦に向けて、益々気持ちも高まって参りました!




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鶴岡でも悲劇を繰り返さない~守ろう、活かそう憲法九条~

2015年03月07日 | 平和と民主主義・外交
今日は湯野浜の会合でお話させてもらいました。憲法守る話をしたところ、湯野浜空襲の話題で座が沸騰しました。

出席者のお兄さんの友人が終戦の5日ほど前に機銃掃射を受け、「痛い痛い」と泣きながら開業医の先生に運ばれて行ったが、冷たくなって出てきたこと、家族も足を撃たれたり指を失ったり惨かったということ等々、生々しいお話が胸に刺さりました。

こうした体験を決して忘れず、憲法9条しっかり守っていきましょう。


暖かな日差しに、穏やかな海


ぼんやりと眺めていると幸せな気持ちになってきます。

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