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JR上野駅公園口

2021年01月16日 | 

2020年11月に全米図書賞 (翻訳文学部門) を受賞。ニュースで知って図書館で予約を入れていましたが、既に文庫になっているのを本屋さんで見てその場で購入しました。2014年に出版された小説です。

柳美里「JR上野駅公園口」(Tokyo Ueno Station)

タイトルになっているJR上野駅公園口は、美術館によく行く私にはなじみ深い場所です。公園口を出てすぐ横断歩道を渡ると東京文化会館、その先には国立西洋美術館、さらに進むと東京都美術館。

広大な上野恩賜公園は、春の満開の桜並木、秋の紅葉や銀杏の黄葉など、四季折々の風景が美しく、適度な高低差もあって散策するのが楽しい場所です。

でもそうした晴れやかな表の顔とは別に、ここはさまざまな理由から住む場所を失った人たちが集まり寝泊まりする一大拠点でもあるのでした。昼間はほとんど目にすることはなく、意識したこともありませんでしたが、夜はまったく違う景色が広がっているのでしょうか。

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主人公となるのは福島出身の72歳の男性で、現在の上皇と同じ年に生まれました。息子は現在の天皇陛下と同じ日に生まれ、お名前から一字をとって浩一と名付けました。天皇家と何かと縁のある主人公ですが、その人生は苦難の連続でした。

地元で結婚して一男一女をもうけるも、長年家族と離れ、各地で出稼ぎをして生活を支えてきました。最初の悲劇は長男を若くして突然亡くしたこと。そして仕事をリタイアしてようやく故郷で夫婦水入らずの生活が始まると、今度は妻が突然の死を迎えます。

それでも彼にはいっしょに暮らす優しい孫娘がいたのに、なぜかこれ以上孫に迷惑をかけてはいけないと家を出ることを決断し、ひとり上野にたどりつくのでした。

う~ん、正直この心理が私にはよくわからなかった。家があり、年金もあったのに、どうして家を飛び出したのか。勝手に家を出て行方不明になったら、それこそ家族にとっては心配で、よっぽど迷惑だと思うのですが。。。

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誰とも話すことなく、目さえも合わせることなく、息を詰めるようにひっそりと生きていく日々。彼の耳には、道行く人々の会話が流れるように聞こえ、通り過ぎていきます。彼は自分の身の上を一切誰にも語らず、身柄を特定できるものを何一つ持ちません。

存在を消すかのように暮らしている彼らですが、上野に行幸啓 (天皇・皇后の外出) がある時には、前もって通達が出され、その間は自分の所持品をまとめ、居場所を移さなければなりません。

自分が住まうコヤが、片付けるとたちまちゴミにしか見えない時のみじめな気持ち。そして敬愛する天皇に、決して目に触れさせてはいけない自分の姿。

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終盤近くでは、ふるさとの福島が東日本大震災の津波に飲み込まれ、重なる不幸のとどめというべき描写もあります。救いのない小説ではあるのですが、戦後日本の高度経済成長の陰で置き去りにされてきた負の部分を、目の前に突き付けられた思いがしました。

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