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ザリガニの鳴くところ(小説)

2023年12月02日 | 

植物学者ディーリア・オーエンズの小説で世界的ベストセラー。映画「ザリガニの鳴くところ」(Where the Crawdads Sing) の原作です。映画の感想はこちら。

ザリガニの鳴くところ(映画)

ディーリア・オーエンズ 友廣純訳「ザリガニの鳴くところ」(Where the Crawdads Sing)

原作を読み始めたところで先に映画を見て、その後に続きを読み終えました。決して難しい小説ではありませんが、時系列が激しく前後する上に (でも年号が入っているのでわかりやすい) ミステリー、ロマンス、ネイチャー、法廷劇、貧困・差別等の社会問題と

アメリカ特有のいろいろな題材が盛り込まれているので、映画を先に見ておくと、小説の世界に入っていきやすいかもしれません。長編なので読み終えるのに時間がかかりましたが、ゆっくりじっくり味わいながら読みました。

映画の行間を味わう

映画もとてもよくできていましたが、2時間の作品に収めるために、どうしても速足になってしまうのは否めない。映画では、テイトが去ってカイアがすぐにチェイスに心移りをしたように見えてしまいましたが、小説を読んで、彼女の中にはこれまでの長年の孤独と決別したい

という強い想いがあったのだと理解しました。それに映画を見ると、マリアはカイアを捨てたひどい母親のように思えましたが、それまでの、そしてそれからのマリアの壮絶な人生を小説によって知り、誰もマリアを責めることはできないと納得しました。

映画を見た時に感じた、カイアがテイトからちょっと読み書きを教わったくらいで、生物学の本が書けるようになるの?という疑問も、小説を読むと、カイアの湿地への愛と、自然への興味、学ぶことへの情熱が全編にわたってあり、自然なこととして理解できました。

カイアの心の中、心の動きなど、映画では描ききれない行間の部分が、小説ではていねいに描かれていて、自然と感情移入できました。

父への思い、母への思い

私が衝撃とともに一気に心をつかまれたのは、カイアの兄ジョディが帰ってくる場面です。映画では描かれていませんでしたが、ジョディの顔には大きく目立つ傷跡がありました。その傷跡を見てカイアはジョディだとひと目で知るのです。

そのとたん、カイアが封印していた壮絶な過去が、一気に記憶から蘇る描写は、圧巻のひとことでした。それからジョディによって明かされる、母のその後の人生も衝撃的でした。

しかし、どんなにひどい父親であっても、カイアが「ボートの乗り方を教えてくれた」と完全には憎んでいないことが意外でした。親を憎むことは、自分の存在を否定することだからかもしれない、と思いました。

一方カイアは、あれほど愛していた母親に対し「それでも迎えに来ることはできたはずだ」と批判の姿勢をくずしませんでした。しかしその後、カイアは母と同じ恐怖を味わったことで、初めて母が逃げざるを得なかったことを理解したのです。

殺意の芽生え

私はミステリーで一番大事なのは「動機」だと思っています。どんなにストーリーがおもしろくても、動機が弱いと共感できないから。その点、この作品は動機の描写もみごとでした。

カイアは、チェイスに追われ、抵抗できないほどの暴力を受けて、初めて母が味わった恐怖を理解します。その後、交尾をしかけてきたオスのカマキリを受け入れつつ、頭から食いちぎるメスのカマキリを目にして、カイアに初めて殺意が生まれたのでした。

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もちろん、アメリカ南部の自然、ジャンピン夫婦との交流、人道的な弁護士トム・ミルトン、テイトの支えと愛情など、本作の魅力はたくさんあるのですが、ちょっと違った角度から感想を書いてみました。

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