@子供の時の記憶は生涯何らかの形で残る、それが特に悲しい出来事は鮮明に残っている事だ。大人は子供を叱るだけでも、子供にとってはその叱りが恐怖として記憶されるのか恨み的な残存として記憶されるのか分からない、が双方の立場を理解することは不可能だと思った方が良いかもしれない。だから大人は子供が何かに疑問を持って突っ走る前に、気軽に話し合うことを忘れてはならないと、そうこの小説を読んで思った。
『月と蟹』道尾秀介
あの夏、海辺の町で少年は大人になる涙を知った。孤独な子供達が始めた願い事遊びはやがて切実な思いを帯びた儀式めいたものに。
ー小学生3人の別々の思いと孤独感から、寂しい環境に育った3人は何かに頼ることを知った。それはお祈り。「ヤドカリ様」へのお願い事となった。
鳴海、女の子は幼児の時に母親を海の事故で亡くした。その船主が同級生の慎一の叔父だった。 母親を亡くし長年父親だけで育った。
慎一、父親は癌で少し前に亡くなり、母親と叔父の3人の生活だった。 その母親が鳴海の父親が好意を持って付き合い始めていた。
春也、父親がDVで始終 瘤、痣などを作り、食事も与えて貰えなかった日のあった。
ー3人とも個々の生活環境で親に対する不満と恨み、辛さ等の共通の感覚を持っていたが、最後まで打ち解けることなく「大人を知る事」を嫌っていた。
ー文中の言葉
「大人になるのって、ほんと難しいよ」
「何にでも、きっと理由ってのがあるんだ。世の中のこと全部にな。ちゃんと理由がある」
「結局は自分に返ってくるんだ」