四季の彩り

季節の移ろい。その四季折々の彩りを、
写真とエッセーでつづって参ります。
お立ち寄り頂ければ嬉しいです。

「干し柿」作り

2024年11月22日 13時36分43秒 | 日々の歩み
 果物の好き嫌いは人によりそれぞれですが、細君は「柿大好き」人間の一人です。
中でも、干し柿が大好きで、かなり前から渋柿をネットので購入し毎年作ってきました。
 今年は、ミカン狩りの際に購入した30個ほどの渋柿で、一度作り二週間ほどで出来上がり
既に食し始めていました。

 「咲き初める河津桜の帰り花」

 その後、既に注文してあった愛宕柿という渋柿が過日届きました。
細君は早速、早朝から皮を剥き熱湯に数秒くぐらせ、消毒してから晴天の天日に晒しました。
以前、ミカン園で購入した柿に比べると倍近い大きさで、重量もかなりありました。
ベランダの一角を使い、物干し竿に40個を超える柿を吊るした光景は結構圧巻です。

 農家の壁につるされた干柿は、晩秋の風物詩として懐かしい光景ですが、
ベランダにつるされた干柿の光景も、風情は無いもののそれなりに絵になると改めて感じました。
 二週間後には出来上がるとのことですが、今から楽しみです。
 なお、先頭の写真は、陽だまりに咲き初める河津桜の「帰り花」です。
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ノーベル平和賞

2024年10月13日 14時47分18秒 | 日々の歩み

 2024年のノーベル平和賞を、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)が
受賞しました。

     「未だ咲く 芙蓉」

 ノルウェーのノーベル賞委員会は10月11日、日本被団協に今年のノーベル
平和賞を授与すると発表しました。ノーベル委員会は受賞理由について、
 「核兵器のない世界を実現するための努力と、核兵器が二度と使用
  されてはならないことを証言によって示してきたと説明しました。
  その上で、被団協の活動について、「日本被団協は、数千件に
  及ぶ証言を収集し、決議や公開アピールを発表し、毎年代表団を
  国連やさまざまな平和会議に派遣し、核軍縮の緊急性を世界に訴え
  続けてきました。
  いつの日か、被爆者は歴史の証人ではなくなるでしょう。しかし、
  記憶を留めるという強い文化と継続的な取り組みにより、日本の若い
  世代は被爆者の経験とメッセージを継承しています。彼らは世界中の
  人々を鼓舞し、教育しています。このようにして、人類の平和な未来の
  前提条件である核兵器のタブーを維持する手助けをしているのです」
と評価しました。

     「秋の陽ざしの中で未だ咲く 夾竹桃」

 この受賞を聞き、このブログで前にも触れましたが・・・。
「夾竹桃は美しいけれど、たまらなく嫌いな花。なぜって、生きることを
強いるから・・・」と、 遥かな青春の日の友の呟きが甦ります。
長崎での体内被曝と言う重い十字架を背負いながらも、「はんなり」の趣き
そのままの楚々とした雰囲気をまとう女性であったその友。重い血液の病との
死闘の果てに、夾竹桃の咲く葉月のつごもりに身罷りました。
炎暑のもとで敢然と咲く夾竹桃は、つらい生を貫こうとする者へ、無言の
励ましを送っているようにも見えますが、時にはむごい鞭のようなしなやかさを
もって、生への希求を主張しているかに感じます。

 夾竹桃は、人類史上初めてもたらされた一発の原子爆弾によって焼野原と
なった広島で、「75年間は草木も生えない」と言われながらも、いち早く
咲いた花でもあります。それは、瀕死の傷を負い、生き残った広島市民に
復興への希望と勇気を与えてくれたと言われており、市の花にもなっています。
 重い血液の病を背負いながらも、「自分と同じ辛いめに合う者をこれ以上
作ってはならない。そして、ナガサキに続く原爆の被害を三度起こしては
ならない」との強い想いと祈りを秘めた、行動するキリスト者でもあった友。

 その時代、既にニューロコンピュータ(人工知能・AI)の新進の研究者の
一人で、その研究に打ち込む傍ら、核廃絶の運動に真摯に取り組んでいました。
 襲い来る激痛と、不安とによる死よりも惨い生をひたすらに、ひたむきに
生きた友。「十万を越える人々の死の代償として、この世に生を受けた私は、
その人達の分も一分でも長く生きなければ・・・。生きることが辛いなんて
言ったら、 天国へ行ったあの人達に申し訳ないわよね」との言葉と共に…。

 また、「怒りを祈りへ」と、祈ることの深淵を血気盛んな私に教え諭した
方でもありました。 青春の真っ只中、研究室の片隅で出会ったその友の印象は
あまりに鮮明で、その友によって教えられ、切り開かれた世界は未だ私の中に
鮮明な映像として残っています。その友が取り組んだ「ニューロコンピュータ」の
研究課題は今、生成AIとしてコンピュータ等ICTの新たな革新的な扉を開けようと
しています。さらに、その後の研究で今回のノーベル賞の対象にもなっています。

     「白い 百日紅」

 この友は、赤と白の夾竹桃の咲き乱れる、夏の日に短い生涯を閉じましたが、
この友の想いと仲間たちの取り組みは、今回のノーベル平和賞ということで一つの
結実を見ました。
これは天国の友にも届いていることと思いますが、今の世界の現状をみると決して
楽観は出来ません。この受賞を新たな出発点として文字通り「核廃絶」に向けての
取組みを加速し、その手前の「核兵器禁止条約」の締結を、私達の国でも現実の
ものとしていく必要があると思っています。

 この受賞は、核廃絶の運動に取り組みながら、その道半ばで逝った多くの方達、
そして生きたくても生きられなかった多くの方の想いと祈りも込められた賞で
あったと思っています。先ずは、手向けの花の一つとして「受賞の知らせ」を
天国の友に届けたいと思います。即興の一首と共に・・・。
  ☆祈りさえ無力に思える日々を経て 君が想いの結実を見る

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「よこすか開国花火大会2024」へ

2024年10月08日 13時38分35秒 | 日々の歩み

 三浦半島最大級と言われる「よこすか開国花火大会2024」が一昨日、10月6日
横須賀市うみかぜ公園・三笠公園で開催されました。
昨年は雨のため急遽中止になりましたので、久しぶりの花火大会となりました。
午後5:55からとのことでしたので、細君共々5:40過ぎに近くの海岸に出向き
見物しました。その時には既に岸壁は人波で埋まっていました。
午後6:30までという30分ほどの短い時間でしたが、1万発の花火が連続して打ち
揚げられ、空と海を染めて打ち上る色とりどりの華やかな花火を楽しむことが
できました。

今年は、令和5年(第46回)隅田川花火大会のコンクールで優勝実績のある
煙火店・株式会社マルゴーが打ち上げを担ったとのことです。
大迫力の尺玉花火や斜め打ちなど、従来とは趣の異なる華やかな花火が
夜空と、海を彩り尺玉のお腹に響く音とともに花火を堪能することが
出来ました。

ただ、花火の撮影は難しく、あの華やかさと空を覆うきらめきを撮ることは
出来ませんでした。
イメージとして見て頂ければと、拙い写真を掲載させて頂きます。

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「死をもって抗議」された方への想い

2024年09月29日 13時04分03秒 | 日々の歩み

 現在、マスコミは自民党総裁選挙の結果についての報道に埋め尽くされています。
この件が、マスコミにとっては喫緊の課題であり、それだけニュースバリューが
高いのは分かりますが・・・、元をただせば自民党の裏金問題が解明しつくされない
事に端を発しています。
この件の追及は、マスコミにおいても残された大きな課題と思っています。


     「未だ咲く 夾竹桃 白色」

 このニュースで陰に追いやられている問題に、兵庫県知事の失職に伴う出直し
選挙があります。
このブログでは、政治問題へのコメントは出来る限り触れないで参りましたが、
今回の前兵庫県知事・斎藤氏の在り方について、政治についての素人であり市井の
民の一人として率直な疑問を申し上げたいと思います。

 先ず、知事を告発し、公益通報した職員を「死をもって抗議」しなければならない
事態に追い込んだ、
前兵庫県知事、並びにその側近らによる「懲戒」に対するあり方への
疑問であります。
この点につき前知事は、私の知る限り何ら明確な説明と反省、当事者
への哀悼の意すら
表明していません。
 さらに、これらについて「知事の職を辞するほどの事か」とさえ述べています。
この点一つをとっても、県のリーダとしてより、人としてその資質すら持ち合わせて
いないと言わざるを得ません。さらに、彼は組織のリーダに成ってはいけないし、
その立場に立たせてはいけない人と考えます。


     「キバナコスモスと 揚羽蝶」

 県知事にとって県の職員は、自ら掲げた政策を実現するためのエンジンであり、
大切なメンバーであり、先ず守らねばならない仲間でもあります。
その仲間が、自らの在り方へ諫言してくれたことに感謝しこそすれ、公益通報者
保護法に違反し、無視し懲戒に、さらに死へ追い込むことは、決してあっては
ならない事と考えます。


     「未だ咲く 酔芙蓉 八重」

 現在、前知事は、失職し新たに県知事選に打って出るとのことですが、自ら違反した
公益通報者保護法への見解、責任と、自ら主導し死に追い込んだ職員への謝罪をまず、
明確にすべきと考えますがいかがでしょうか。
 県政の改革も大切ですが、県のリーダーは人を人と見る基本的な姿勢と、想いこそ
大切と考えます。しかるべき時に、兵庫県民の良識あるご判断を仰ぎたいと思います。

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ゆく夏の

2024年09月14日 14時02分52秒 | 日々の歩み

 「まだまだ暑いですね!」が、最近のあいさつ代わりになって、久しいですが、
暦の上で「白露」を過ぎても、未だ真夏日が続きます。
皆さんの所はいかがでしょうか。

 福岡県太宰府市では、40日間連続で猛暑日(最高気温35℃以上)が続き、
連続猛暑日日数の国内最長記録を更新しました。
東京では、これまでの真夏日月間最多記録は、2020年などの30日でしたが、
今年は、31日連続で真夏日は、観測史上初めてとのことです。


   ☆ゆく夏の哀しみあるや雲の峰 白露すぎても熱風はこぶ

 白露の「露」は、朝草木についた露が、日の光を受けて白く輝いて見える様子を
表しているようですが、ここ南関東の地では朝の景色として未だ見られません。
白露は本来なら、処暑のあと、秋分の前に位置し、秋の始まりを告げる節気の
一つですが、未だ真夏日の中にあります。

 この原因はエルニーニョ現象等、諸々あげられますが端的に申しますと地球温暖化
対策の遅れがあることは言うまでもありません。
CO2排出制限も含めて喫緊の課題として取り組まなければ、世界的に命の危機の
現出は言うに及ばす、経済活動も含めて重大な危機にさらされることは避けようが
無いと考えます。今回、ミャンマー、ベトナムを襲った大型台風11号もその一つの
現象と考えます。ロシアを始め、侵略戦争にうつつを抜かしている暇は、既にないと
感じます。

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酔芙蓉に寄せて

2024年09月08日 21時15分51秒 | 日々の歩み

 炎暑、酷暑という言葉で表現された、今年の夏も9月に入り依然として暑さはあるものの朝夕には、少し涼しさも感じる日々になってきました。
この季節になると、酔芙蓉が咲き乱れ色の変化に見とれることがあります。紫陽花のように梅雨をまといながら、淡い緑から濃い藍色へとじっくりと日にちをかけて変化する花に比べ、酔芙蓉は朝の白から、淡紅、さらに濃い紅へとわずか一日で変化し、夕べには散ってしまいます。


     「咲き競う 酔芙蓉 八重」

 数時間という短命の月下美人ほどではないにしても、ひと日花の定めを負う酔芙蓉の花の命も儚いと形容するには、あまりにも多くの物語を秘めているように感じます。
花の名前は、花色が変わる姿からお酒を飲んで酔ったように見えることが由来とのこと。花言葉には「心変わり」「しとやかな恋人」「繊細な美」「幸せの再来」などがあります。

 酔芙蓉の花と言えば、私達の現役時代に話題となった高橋治著「風の盆恋歌」があります。この著作については、かつて「水曜サロン」の歌友、夕庵さんも短歌に詠まれ、詞書で触れられておりました。
そこでは、物語を彩る重要な要素の一つとして、酔芙蓉が描かれています。越中八尾の風景の中に、酔芙蓉が咲き乱れる様子が描写されることで、その儚さ、美しさ、そして恋の情熱を象徴する花として、作品の世界観を深く豊かに表現しているかに感じました。

     「超然と咲く 酔芙蓉 八重」

 「あのね...幸せって、いいことなの?
  人間にとって、生きたって実感と、どっちが大事なの?」
 これは、20余年後の再開の際、主人公の一人えり子が都築に向かって発する言葉ですが…、心からの叫びとして感情移入してしまう、深い想いを秘めた言葉とも感じます。こんな言葉のやり取りも含めて、「死をともにしても良い」ほどの愛を知り確認し合った二人。ぼんぼりに灯がともり、胡弓の音が流れるとき、風の盆の夜がふけていきます。互いに心を通わせながら、離ればなれに20余年の歳月を生きた男と女。その二人が再開後にたどる、あやうい恋の道行きを金沢、パリ、八尾、さらに白峰を舞台に情感豊かに描き出しています。

 そんな物語を知ってか、知らぬか酔芙蓉は朝日を受けながら、超然として白い花を揺らしていました。

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お盆に集う

2024年08月18日 13時55分22秒 | 日々の歩み

 非常に強い台風7号は、当初関東直撃と予報されましたが、房総半島に接近したものの銚子市の東沖にずれ、私達の住む三浦半島は大きな被害とならずホッとしたところです。
ただ今回の台風は中心の気圧は950hPa、中心付近の最大風速は45m、最大瞬間風速は60mとかなりの大型のもので、このような規模の台風が今後も発生しやすい状況とのことで、今後一層の警戒が必要となります。今回の台風で被害にあわれた皆様にお見舞い申し上げます。

     「咲き盛る百日紅 薄紅」

 お盆休みの後半は、地震や、台風で落ち着きませんでしたが、そんな一日、お盆休みが取れたとのことで長男と次男家族が我が家に集合しました。正月や、五月連休では比較的休暇が一致し全家族が集まることがあるのですが、夏は、それぞれの休暇の調整が難しく三家族の集合は出来ないできました。今回も、全家族ではなく二家族でしたが、孫たちも含めて休暇の調整が出来たようで一緒に集まることができました。
 今まで、夏期は子供達と共に私と細君のふる里へ墓参を兼ねての旅行を計画してきましたが、今回は、炎暑と地震等への警戒から秋口へと変更しました。

     「咲き競う ブーゲンビリア」

 今回は、台風の影響で海はうねりも結構あり、さらに地震の警報等もあり海水浴は避け三浦半島の海辺のドライブと、依然として人気のあるポートマーケット等への買い物、食事等に出かけてきました。「いちご よこすかポートマーケット」は以前のblogでも触れましたが、今回は少し詳細に触れて見たいと思います。
 ここは、海に向かい合うようにして聳え立った、かつての巨大な冷凍倉庫に造られたマーケットで、さまざまな食材が行き交う拠点となっていたこの空間をリノベーションして生まれました。このマーケットの第一次立ち上げに経営企画の一員として関りを持った者として、現在の賑わいには感慨深いものがあります。
 フードエクスペリエンスは、ただ「食べる」だけではなく、横須賀や三浦半島の野菜や魚の旬を知り、生産者や料理人の知識と技術に触れ、心地いい環境に身を置いて頂くこと。さらに「いただきます」と心から言って頂ける場を提供することをコンセプトとしています。

 なお、廃棄される食材を無駄にせずに、循環させること、さらには自然への感謝がおのずと湧いてくるような、食の未来を描きだすことを目指しています。また、オーシャンビューのウッドデッキでは、いつでも誰でもお食事を楽しむことのできる工夫が随所に施されています。最近、この場所で横須賀出身のミュージシャンや地元のミュージシャンを中心に、ライブ演奏が週末に催され賑わいをよんでいます。このステージには私のかつての職場の同僚も、しばしば立っているようです。

     「いちご よこすかポートマーケット 内部一部」

 このマーケットでは、ビーカー入り手づくり焼きプリンで人気のマーロウ、横須賀ご当地グルメで有名な「ヨコスカネイビーバーガー」が、また「あがっとこ」とのお店では、三崎マグロや長井漁港で水揚げされた鮮魚など、三浦半島の海の幸がたっぷり詰まった海鮮丼を楽しめます。さらに、「長井水産」の直売店では、相模湾や東京湾で水揚げされた鮮魚をはじめとした魚介類だけでなく、三浦野菜など、生鮮食品を販売しています。

     「咲き競う 浜木綿」

 孫たちは、YOKOSUKA GELATO FACTORYのジェラートが大好きで、食事よりこちらがいいと言っており、細君は天然氷から作られたかき氷が美味しいと言っていました。道の駅とは少し趣を異にしていますが、食事のみでなく「食」を中心とした様々な情報に触れ、三浦半島をそして、東京湾唯一の無人島・猿島等の観光情報にも触れることができる「食のテーマパーク」的な役割を果たしていると感じました。

 折からの炎暑もあり外での行楽は控え気味としましたが、久しぶりに家族で集い長男、次男がシェフとなり、それぞれが得意料理で腕を振るった美味しい料理を味わうことができました。また、彼らも含めて孫ともゆったりと語らうひと時をもつことができ、短いながら「良きお盆」を過ごすことができました。

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「終戦記念日」に寄せて

2024年08月14日 11時07分56秒 | 日々の歩み

 8月15日が巡ってきます。この日には多くの方が深い感慨を持っておられることと思います。
もう10日早ければ、あのヒロシマも、ナガサキも無かったのに…、もう半年早かったら東京大空襲も、沖縄地上戦も無かったのに…、等々、諸々の想いと後悔、さらには悲しみ、苦悩、怒り、怨念・・・の想いが、それぞれの方の胸の内に渦巻いていることと思います。
 戦後に生を受けた私達ですら、その日に深い感慨を抱いていますが、私達より上の世代の方たちの感慨はさらに深いものがあろうかと想います。

     「むくげ 八重」

 ただ、誤解を恐れずに申し上げると、この日を境に私達庶民は「ゆえなく殺されることが無くなった」こと、そして命令により戦場に赴くことが無くなった事は事実と思っています。そしてその日から79年の歳月の中で、私達の国は戦争をすることなく今日に至っています。その戦争をしない、させない一翼を日本国憲法9条が担ってきたと改めて思っています。
 そしてこの条文を変えようとする数多の勢力と対峙し、条文の持つ意味を広く明らかにし、守り育ててきた多くの方たちの存在と、その粘り強い闘いがあったこと、そして今も続いていることを心に刻みたいと思っています。
 国の内外において、筆舌に尽くしがたい犠牲と、底の抜けるほどの苦悩と、哀しみの蓄積と引き換えに手を入れた日本国憲法。改めて申し上げることではないのですが、日頃交流のある若い世代の方達から少なからぬ質問もありましたので、くどい説明となりますが、少し触れたいと思います。
 私達の国の憲法は、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の三原則が貫かれています。
国民主権は、国の政治の決定権が国民にあるという考え方です。国民が選挙で代表を選んで、その代表が国を運営をすることを明示しています。そこには選ぶ見識と責任、その結果を監視する責任も伴うことを明記したいと思います。平和主義は戦争を放棄し、武力による威嚇や武力の行使をしないという考え方です。さらに、基本的人権の尊重は、人が生まれながらに持っている、生きる権利や自由を大切にする考え方を言います。

 なお、憲法は、国民を縛るものではなく、むしろこの国の為政者を縛るものと考えます。この点の誤解が為政者の方に未だあることを憂いたいと思います。具体的には、憲法は国の政治の基本を定め、国民の権利を明確にし、国家の統治に関する規定を含んでいることを付け加えたいと思います。

     「夾竹桃 白色」

 ここでいう平和主義の根幹をなすものに、日本国憲法9条があります。この条文では戦争の放棄と、武力による威嚇や武力の行使を禁止しています。自衛隊は、あくまでも自国の平和を守るための存在であり、海外への武力行使は認められていません。さらに、戦争の悲惨さを二度と繰り返さないために、平和な国づくりを目指すことを明確に示しています。これらは、私たち日本人の暮らしや社会のあり方に深く関わっており、ロシアのウクライナ侵略の惨状、さらにガザでの殺戮が未だ続く中で、今もなお重要な意味を持ち続けていると考えます。
 なお、戦争の悲惨さに触れる際に「大東亜共栄圏」の名のもとに、中国、東南アジア、太平洋諸島など、多くの地域を侵略し現地住民の方々に多大な犠牲をもたらした事実と加害責任を、私達は日本国民として忘れてはならないものと考えます。

 昨今、自衛隊とアメリカ軍は、共同訓練の頻度や規模を拡大しています。複雑化する国際情勢の中で、有事の際に迅速かつ効果的に対応するためにとのことですが、両国の連携強化が「指揮系統の統合」という実態に向かっています。これらに対して、日本国憲法は国民主権を原則としており、外国の軍隊の指揮下に入ることは、いかなる理由付けをしようと、この原則に反することを改めて申しげたいと思います。


     「高砂百合 鎮魂の思いを込めて」

 縷々申し上げてきましたが、敗戦記念日を前に二度と再び「今を戦前にしない」との想いを込めて纏まりの
ない文を認めました。
 私達は、戦後に生を受けながらも、戦争と、その戦争のもたらした悲劇を目の当たりにして育った世代の一人です。戦争の悲劇と惨状を身をもって味わった私たちの父母たち、また私たちが青春時代に接した生きたくも生きられなかった被爆二世や、体内被曝の十字架を背負った友たちの、言葉に表現と切れなかった悲しみに満ちた想いの数々。その想いのひとかけらでも拾い、咀嚼し次の世代に伝えていく使命を私たちには課せられているとの想いがあります。
 改めて戦争に向かういかなる流れにも「否」というささやかでも、きっぱりとした声を上げ続けて行きたいと思っています。その意味で、2024年長崎市長も「平和宣言」で述べていましたが「一人ひとりは微力であっても、無力ではありません」の言葉通り、草の根の一人として微力ながらも声を出し続けたいと思います。

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百合の花束

2024年07月01日 17時12分25秒 | 日々の歩み

 今日から7月。早いもので能登半島地震で始まった2024年も既に半年が経過しました。
この地震は1月1日16時10分に、石川県の能登半島地下16 kmで発生した内陸地殻内地震でしたが、気象庁マグニチュード(Mj)は7.6であり、内陸部で発生する地震としては日本でも稀な大きさの地震であったとのことです。

 現在、災害関連死を含めた犠牲者は299人となり、未だ2200人以上の方が避難生活を送っています。石川県によりますと6月27日の時点で能登半島地震で、全半壊した建物を自治体が取り壊す「公費解体」は、2万800頭余りの申請に対して、完了したのは911棟と申請に対しておよそ4%にとどまっている状況とのことです。復旧の最初の一歩とも言える「公費解体」の一日も早い進捗が必要と考えます。
 能登半島地震で犠牲となられた皆様に改めて哀悼の誠を捧げるとともに、未だ避難生活を余儀なくされている皆様にお見舞い申し上げます。

 話は変わりますが、先日近くに住む息子が「仕事先で頂いた」とのことで、百合の花束を抱えてやってきました。自宅では飾らないので「お母さんへの贈物」として細君に渡してくれました。
 最近、我が家も仏花を除いて、生花は余り飾ることが無くなりましたが、沢山の、しかも豪華な百合の花束を抱えて細君は嬉しそうでした。大輪の百合が、赤、白、黄色と10数輪もあり、どう飾ろうかと思案に暮れる状態のようでした。大きな備前の鉢もあるのでそれに飾ることも検討しましたが、水替えが大変とのことで持っている花瓶を総動員して分けて飾りました。

 置く場所も玄関、リビング、寝室と分けて飾ったのですが百合の花の甘く濃厚な香りが部屋中に漂い、香りに酔う状態でした。
 咲いている状態を切り花として即届けられたようで、夏の暑さの中でも花は結構長持ちし、また、蕾も次々開花し、しばらくは見惚れる状態で、細君も嬉しそうに眺めていました。なお、白色の大輪の百合は「八重咲カサブランカ」と呼ばれるとのことですが、豪華な花で私も初めて見る花でした。

     「八重咲きカサブランカ」

 細君は、好みから言うと都忘れ等の楚々とした可憐な花が好きですが、今回の見事な百合の
大輪の花は嬉しそうに眺めていました。自宅では飾らず、花好きの細君に届けさせた息子のお嫁さんの心遣いにも感謝した次第です。

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新種紫陽花「汐音」

2024年06月23日 09時10分16秒 | 日々の歩み

 今回は県立観音崎公園に咲いている紫陽花の新種「汐音(しおん)」に
ついて触れてみたいと思います。

     「新種紫陽花 汐音」

 この紫陽花は、先にブログでも触れましたが…、この公園で新たに
作出され、2017年7月に命名されました。新品種は、咲き始めは白色で、
徐々に濃い紫に変わるのが特徴です。
 名前はあらかじめ公園が選んだ5つの候補から投票で「汐音」が最多で
決まったとの事。投票した方は「潮の音を聞きながら育つアジサイなので
ぴったり。字も響きもすてき」と話していたとのことです。

     「紫陽花汐音が 紫色に変わる前」

 園内にはガクアジサイや西洋アジサイなど約1万株が咲いていますが、
さらに観音崎のアジサイをアピールしようと、同園パークセンター前に
70株ほどの新品種が植えられました。

 この公園では、自生種のガクアジサイを見つつ森林浴や、うみの子とりで、
花の広場、三軒家園地、横須賀美術館をめぐるコースが人気で、約約40分程で
散策出来ます。
 なお、アジサイを眺めながら園内を歩くと、今の季節ボランティアの方が
丹精を込めて育てている山百合の群生に出会い、レンガ造りの砲台跡を
見つけたり、木陰から海が見えたり…等々の発見もあって自分なりのコースを
見つけるのも楽しみの一つです。

     「観音崎公園 花の広場」

 また、横須賀美術館の山の広場ではいろいろなアジサイが咲き、来場者の
撮影スポットになっています。皆さんも機会を作り梅雨のこの時期、観音崎
公園を訪れて見られたらいかがでしょうか。

      「白色のガクアジサイ 慰霊の想いを込めて」

 今日、6月23日は沖縄戦から79年となる「慰霊の日」です。沖縄県民の4人に
1人が命を落とした凄惨な地上戦の戦闘が終わったとされる日。沖縄県内各地が
平和への祈りに包まれるこの日。
 私達も歴史に学び、語り部の方々の胸の内から紡ぎ出される悲痛な叫びに
想いを寄せ、さらに、諸々の資料に遺された戦争の実態と記憶を胸に刻み、
「再び戦前にしない」想いを、改めて受け継いで
行きたいと思います。

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