20年以上前出雲に何度か行った。当時は京都から鈍行の夜行列車が出ていて、茶色や青色の旧型の客車で山陰本線に揺られるのはまさに旅という言葉が一番似合っていた。
下の写真は多分一畑電鉄の川跡という駅から出雲大社前行きに乗り換えた時のものだと思うがメモもなく正確な事は思い出せない。何度か行った旅の思い出が交錯しルートも定かでは無くなっている。床が板敷きなのが懐かしい。
一番上の写真は、今では廃止されてしまった大社線大社駅。駅自体は今でも保存されているらしい。立派な駅だが当時は閑散としていて時が止まったような感じがしていた。
出雲の次には加悦鉄道に乗りに行った。客車を改造したというディーゼルカーに揺られ加悦駅に行った。加悦駅では駅構内に古い車両を展示していたが雪が深い時期だったので駅で長靴を借りて構内を歩いた。廃車になった木造車両が駅構内で朽ちつつあり不思議な気分でシャッターを切った。
駅前の街を歩くと丹後縮緬を織る機械の音があちこちで聞こえていた。旅に出ている事を実感する一瞬だ。
今でも保存施設で車両が保存されているという。いつまでも残して欲しいものだ。
下の写真は多分一畑電鉄の川跡という駅から出雲大社前行きに乗り換えた時のものだと思うがメモもなく正確な事は思い出せない。何度か行った旅の思い出が交錯しルートも定かでは無くなっている。床が板敷きなのが懐かしい。
一番上の写真は、今では廃止されてしまった大社線大社駅。駅自体は今でも保存されているらしい。立派な駅だが当時は閑散としていて時が止まったような感じがしていた。
出雲の次には加悦鉄道に乗りに行った。客車を改造したというディーゼルカーに揺られ加悦駅に行った。加悦駅では駅構内に古い車両を展示していたが雪が深い時期だったので駅で長靴を借りて構内を歩いた。廃車になった木造車両が駅構内で朽ちつつあり不思議な気分でシャッターを切った。
駅前の街を歩くと丹後縮緬を織る機械の音があちこちで聞こえていた。旅に出ている事を実感する一瞬だ。
今でも保存施設で車両が保存されているという。いつまでも残して欲しいものだ。