
今は千葉で暮らしているけど、出身は川崎の工業地帯。小さい頃や高校時代には鶴見線沿線に訪れたことも多く、懐かしい気分にさせてくれるエリア。
川崎の寺に墓参りに行ったついでにちょいと足を伸ばして京急鶴見へ、駅近くの場末感漂う中華の店でサンマーメンを食べ「地元」の味を堪能した後、ぶらぶらと鶴見線に沿って歩き始めた。
まずは、横須賀線、京浜東北線、東海道線、貨物線の上を跨ぐ跨線橋でしばし撮影。

ゴトゴトという音がして鶴見線の電車が跨線橋の前を通り過ぎた。

逆光でよく見えないが、鶴見線の電車はこの先で大きくカーブして海方面へと進路を変える。

柵がない場所がちょっとだけある。跨線橋を歩く人が結構多くてカメラを構えていると通行人の視線が結構痛い…。

鶴見線の線路の下には商店が連なっている。

今度は鶴見行きの電車が鉄橋を渡ってやってきた。

昭和のはじめこの辺りには「本山」という駅があったそうだ、バスの車庫に今でも階段のような遺構が残っている。
次回に続きます。
川崎の寺に墓参りに行ったついでにちょいと足を伸ばして京急鶴見へ、駅近くの場末感漂う中華の店でサンマーメンを食べ「地元」の味を堪能した後、ぶらぶらと鶴見線に沿って歩き始めた。
まずは、横須賀線、京浜東北線、東海道線、貨物線の上を跨ぐ跨線橋でしばし撮影。

ゴトゴトという音がして鶴見線の電車が跨線橋の前を通り過ぎた。

逆光でよく見えないが、鶴見線の電車はこの先で大きくカーブして海方面へと進路を変える。

柵がない場所がちょっとだけある。跨線橋を歩く人が結構多くてカメラを構えていると通行人の視線が結構痛い…。

鶴見線の線路の下には商店が連なっている。

今度は鶴見行きの電車が鉄橋を渡ってやってきた。

昭和のはじめこの辺りには「本山」という駅があったそうだ、バスの車庫に今でも階段のような遺構が残っている。
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