名古屋の絞りマン

城、神社 鉄道旅 政治 経済 家庭菜園 音楽 (辛口の社会批判記事)

     

桜田門外の変の謎

2013-01-06 05:32:22 | 歴史

春とは思えない大雪の朝、彦根藩邸から江戸城へ向かう直弼一行に水戸脱藩浪士の一人が直訴状を持って駆け寄り、止めようとする者をいきなりきりつけた。これを契機に関鉄之助が合図代わりの鉄砲を井伊直弼の籠をめがけて、打ち込むと同時に刺客たちが襲いかかる。一方の直弼方は雪のため刀に柄袋をかけていたため、防御もままならず、死者8人、負傷者13人をだした。直弼は籠を刀で刺され、引きずりだされ、首を切られた。


〇暗殺の実態ー「桜田事変絵巻」の籠から引きずりだされて、首をはねられるイメージが定着しているが、遺体検分を行った彦根藩の岡島玄達によれば、致命傷はピストルの弾で、すでに絶命していたと述べている。銃によって、天誅を遂げたのではイメージが悪いので脚色が加えられたのではないでしょうか。

〇銃の出所ー関鉄之助が使った銃は、銃収集家の徳川斉昭が与えたのではないかといわれている。少なくとも5丁あった暗殺団の銃は、徳川斉昭の命令で,中居家重兵衛という豪商は水戸藩の親派であり、一連の事件に協力したのではないかといわれている。事件後消息不明となる。

〇直弼は事件を予知していたのではー事件当日、邸宅に危険を知らせる書状が投げ込まれたが、これを無視して、登城した。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« もち | トップ | 弁当の塩分表示 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史」カテゴリの最新記事