そんな訳で
セガR&D1サポーターズサイト登録受理記念として、
ちょっとした小説を書いてみました。
COJのとある1キャラを主人公として取り上げたものですが、
一体誰なのかは読んでからのお楽しみといったところです。
尚、「その1」となっていますが「その2」が出来るかどうかはまだ未定です。
反響があったら少しずつ作ってゆく感じになるでしょう。
<<<クエスト・フォー・ザ・ムーン その1>>>
作:Nissa(;-;)IKU
午前0時。
川沿いに延びる産業道路は周りに目立った建物も少なく、節電対策で街灯の点灯も3つおきに減らされ、殆どが暗闇の中にあった。
車の通りもまばらで、スーパーの輸送用トラックが制限速度20キロオーバーで駆け抜ける程度だ。
そんな人気の無い道路の路側帯を、早足で進む人影があった。純白のラインの入った漆黒のセーラー、街灯を浴びて銀色に輝く長い髪、それを頭の左右で短く束ねるリボン――この殺風景には余りにも場違いな出で立ちだったが、その表情からは冷たい緊張感が漂っていた。
これだけを切り出せば、「良家の令嬢が親と喧嘩別れの末に家出少女となった」と考える者達も多いだろう。しかし右手に抱えた菊の花束と、ポーチから覗く経本の表紙が、事態がより複雑であることを物語っていた――彼女はとある「目的」があって、敢えて「危険」を冒してこの時間に出歩いているのだ。
やがて彼女はひとまずの目的地に辿り着いた。消灯している街灯の下に並ぶ花束と線香の山、そして地元警察が急ごしらえで作ったと思われる「死亡事故現場」の立て看板。ほんの数日前に起きた惨事を思い起こさせる、生々しい光景だ。
恐らく多くの人々が犠牲者を悼む為、街灯に花束と祈りを捧げていたことだろう。しかしながら彼女の視線は道路の外側に広がる暗闇――昼ならば草むらに覆われた河原が見えていることだろう――に向けられていた。暫くして河原へと降りる階段を見出した彼女は、花束を抱えたまま、階段へと歩みを進めたのだった。
――――
道路から10歩も離れると、最早街灯の光も届かない暗黒の世界だ。腰の近くまで伸びた葉や茎の突き刺すような感触が、厚手のタイツ越しにも伝わってくる。懐中電灯が無ければ、遭難してもおかしくないだろう。
しかし彼女の左手に握られていたのは懐中電灯ではなく、小さなぬいぐるみであった。21世紀初頭のアートアニメに詳しい人ならば、それが「ミイラくん」と呼ばれているものだと気づいた筈だ。この日の様な「探索」の際には必ずミイラくんを連れて行くのが、彼女の中での決まり事であった。
そしてこのような暗闇の中、彼女の歩みには全く迷いが無かった。決して手探りや音に頼ってのことではない。昼間に川釣りや虫取りを楽しむ少年少女達の如く、彼女はこの暗闇の中で「見える」のだ。
川辺りに近づいたことで、彼女の耳には川の流れる音と草花が風でこすれる音しか届かない。やがてそれらすらも消え去り、自身の乱れの無い呼吸音だけが届く様になった時、彼女の視界に青白い光が飛び込んで来た。瞬間的に数えただけでも十数個はあるだろうか。ミイラくんを握る手に少しだけ震えが走った。
――――
発端はほんの少し前の日曜日に、ここの道路で起きた交通事故であった。川釣り遊びから帰ろうという一人の小学生の少年の前に、一台の乗用車が制限速度50キロオーバーで飛び込んだのだ。その車輪は無慈悲にも少年の体を踏み潰し、首を引きちぎったのだという。
当然の如く、少年は即死した。一方乗用車は勢いのままに街灯の支柱に激突、爆発炎上した。警察が駆けつけ、調査を行ったが、衝撃の圧力で押し潰された車内には運転手の姿は無かった。
警察は運転手がひき逃げの末に車を乗り捨てて逃亡したものとして処理した。5日経った今でも被疑者――あるいはその遺体――の手がかりは未だに見つかっていない。
警察の捜索のお陰で、鞄や帽子や靴といった遺品は殆どが遺族の許に戻った。しかし一つだけ見つからないものがあった――母親が手縫いで作り、腰にいつも吊り下げていたという「ぬいぐるみ」であった。親子の絆ともいうべき、このぬいぐるみの喪失は、母親を落胆させるには十分であった。
諦めるように説得する父親に対し、母親はどうしても引き下がることが出来なかった。父親は迷った末、とある小さな寺院を案内した。そこに住まう僧侶が高い霊感を以って、探し物を見つけ出してくれるという噂を聞きつけたからだった。母親は最後の望みとして寺院へと駆け込んだ。
母親にとって予想外だったのは、紹介されたのが住職の孫娘と思われる少女であることだった。銀色に輝く髪を持つ彼女は歳で言えば中学生ぐらいの筈だが、住職の影響であろう、その佇まいは同年代の少女に比べると大分大人びたものであった。そして彼女は母親とのいくつかの会話の後、この困難な探し物の捜索を受け持つことを快諾したのだった。
――――
母親にとっては探し物が見つかることよりも、「これで見つからなければきっぱりと諦めきれる」という、気持ちの切り替えの方が大事だった筈だ。だがその少女はまだ希望を持っていた。根拠は無い。しかし希望を持てなければ、この様な暗闇の中で一歩も進むことが出来ないだろう。
目の前に映る「光」達はやがて輪郭を得、人の姿を取った。彼らはどれも異様な姿で、河原や川の上を彷徨っていた。顔と腹をフグの様に膨らませた男は川釣りで溺れたせいだろうか。その横では台風の時に川を見に行ったせいであろう、初老の男が流木を腹に突き刺したままその場で回転し続けていた。
手足を縛られて川底でのたうつ若い女、首に巻いた荒縄を連獅子の様に振り回す詰め襟の若者――気の弱い者が見れば忽ち気を失い、最悪「彼ら」の仲間入りをしていたことだろう。
勿論彼女にとっても危険な存在であることには変わりはない。いつ彼らに「引き抜かれる」か分からないからだ。それ故に彼女にとっての「護符」であるミイラくんは、この様な「探索」には欠かせないものであった。
幸運なことに、かの「少年」はすぐに見つかった。首から上を失い、全身にタイヤの跡を刻まれたそれは、茂みの中で屈みこんで泣く仕草をしていたからだった。そしてその足元からは、羽のような耳を持つ「犬」が顔を出していたのだった。
恐らく跳ね飛ばされた際に逆方向に吹き飛ばされたのだろう、遺体が見つかった場所とは全く逆の方向に転がり落ちていたのだ。警察が現場検証で駆けまわる中、「彼」はずっと誰かがそれを見つけてくれるのを待っていたのだった。
少女は慎重に「犬」――そう、母親が探し求めていたあのぬいぐるみだ――を掘り起こし、ハンカチでそれを拭いてやった。それをポーチにしまった後、花束と読経を捧げた。やがて「彼」の体からタイヤの跡が消え、失われた筈の顔が蘇った。「彼」は少女に一礼した後、風のように去っていった。
――
明日の朝にはこのぬいぐるみを渡すべく、遺族の家へ向かうことになる。その為には一旦家に戻り、十分な睡眠を取る必要がある。夜は長い。まだ「彼ら」の時間は終わってはいないのだ。
彼女は「護符」を手にしたまま、来た道を引き返した。川と草花の音が蘇り、遠くに見える街灯が、彼女の「帰還」を待ちわびる様に照らし続けていた。
<<<その1おわり、その2につづく>>>