前章も、掉尾の写真の関係で、FC2で読んでもらった方が良いと思う。
僕は、この文章と写真を、A君とO君に…♪桔梗♪の大歌手にも捧げたい。
前章も、掉尾の写真の関係で、FC2で読んでもらった方が良いと思う。
僕は、この文章と写真を、A君とO君に…♪桔梗♪の大歌手にも捧げたい。
人には言えない家庭的な不幸を抱えていたO君と僕は、正に、貧乏学生だったのですが…或る日、O君が…愈々、A君の机の引き出し全部でもはいらなくなった件のベンソン&ヘッジを、全部、バッグに入れて、「芥川よ、ちょっと付き合ってくれないか」と言って、彼の親戚が住むという駅に向かった。
僕は駅の近所で待っていたのだと思う…待つ事しばし、暗い顔をして、彼は、戻って来た。
「おじさんに、こっぴどく怒られた…最高学府に進まねばならぬ道にいるはずの、甥が、煙草を売りつけに来るとは!…二度と来ないでくれ…」
僕らは、無言で、電車に乗って帰って来たのでした。
最後の…写真の関係で、「文明のターンテーブル」とたたいて頂いて、FC2で読んでもらった方が良いと思う。
この、2010年、12月5日の、芥川の写真だけで、僕が、本の中で、ついでに書こうとしている…三島由紀夫の死についての…芥川の仮説に到達できる人がいたら(それは、全く無理な話ですが)、芥川級の、Giftedです。
これまでに書いた文章を厳選しただけでも、優に、一冊の本になっているはずですが。
僕は、「文明のターンテーブル」第一章であれ、第二章であれ、三島由紀夫が、何故、あのような死に方をしたのか、と言う事についての、芥川にしか思いつかない、前代未聞の仮説を書くことにも成ると思う。
勿論、芥川の使命とは、私たちの国に、いまだに存在している本質的な病…それこそが、「失われた20年」、及び、今の、すべての原因なのですが…を、明らかにすることであって、一人、ひとりの作家や、偉人の伝記を書く様な事では、全くない。
三島由紀夫の死について書くのは…芥川には、現実的に、奇妙な接点があったからだけのこと。
僕の同級生の中に、裕福な家庭に育った友人A君がいたのです…今は、本当に、立派な経営者として、人生の掉尾を飾る時点にいますが。
彼は、当時の、普通の学生にはとても借りれない高級賃貸マンションに住んでいたのですが、そこに、僕と友人O君(彼も人には言えない家庭的な悩みを抱えていた)は、転がり込んでいたのです。
当時、このマンションの前には、江上トミさんの料理学校が在ったり、市ヶ谷駅に向かう坂道の途中には、日本一入らないと評判のパチンコ屋があった…玉入れも何もかも手で行っていた時代のこと…O君は、プロ並みの腕で、毎日、このパチンコ屋から、山ほどの洋モク(当時の舶来煙草は高かったのです)…しかも当時の高級品であるベンソン&ヘッジズ…を毎日、取って来た。
A君の机の引き出しは、この煙草で満杯状態…煙草を飲む気は全くなかった…人生逃亡中だった芥川が、スモーカーになったのは…或る日、一人で、居た時に、何気なく、この煙草を吸って見たのですね…こんなものの何が良いいんだろう、と思いながら…予想もしていなかった美味さにクラッと来た。
この坂の、ちょっと上に、自衛隊の市ヶ谷駐屯地が在ったのです。
三島由紀夫が、あの事件を起こしたのは、解決されない苦しみを抱えたままの芥川が、この地を離れて、ほどなくの事だったのです。
芥川は、全く、彼の読者ではありませんし(幾つかの作品…「午後の曳航」「金閣寺」等は、芥川の集中で読んでいますが)ましてや崇拝者でもありませんが、彼の文章だけは、認めている。
芥川の人生とは、上記の、使命としての本を書くために在ったことは、何度か、書いて来た通りです。
芥川が、使命としての本を書くために必要だった最後の作業=芥川の文体の完成=は、7年前に、突然、達成された。
人生の舞台として選択した大阪を総括するための文章を書いて、折込意見広告として、世に出した時に、それは為されたのです。
僕は、使命としての本を、かつて誰も発想し得なかった構成と、戦後、日本語で書かれたもっとも美しい文章…小学生でも読める平易な…一切の衒学的な言葉を使わない…芥川の文体として、世に出す。
この芥川の文体には、どこか三島由紀夫の文章に…僕は…彼の文章は、極めて、平易で、流れる水のようだと思っているのです…似ているものがあるのです。
全く、違う思索、全く違う人生を生きた芥川と三島なのに…だからこそ、芥川は、三島の死についての、前代未聞の答えに、突然気が付いたのだと思う。
僕は通勤の地下鉄の中で…2人に1人は携帯を眺めているが…実に数多くの、老若男女が、本を読んでいるのを、毎日、目にしているのです。
芥川が、週末に、京都散策に行く車中で、本や言及してきた週刊誌を読んでいる様に、少なからぬ人が、本を読んでいるのも、いつも見ている。
散策の荷物は出来るだけ軽いほうが良い訳だし…今の重さでは、ipadを持って散策に向かう人は、稀だろう。
僕が、「梅棹語る」や、斎藤文一さんの本、三井環さんの本、等を読みながら、訪れ、より実相に到達し易くなった様に、芥川もまた、多くの方が、…目が覚める…役を果たしたいと思っているのである。
彼らの、今は、ただの今ではない…温故知新の今なのである…真正な学者や技術者etc. と同じレベルで思索しているのだ。
一方の彼ら…日本の政治家やマスメディア、世界の独裁者や狂信的な人々etc. は、野心や、自己保身、出世、己の英達etc. の中で生きていて…もっともらしいことを言っているが、実は、最も、温故知新から…知性から遠いひとたち…餓鬼のようなひとたちなのである。
芥川は…たった一度きりの人生…残り少ない(^v^)…後半生は、できるだけ、前者のひとたちとともに、生きたいと切に思う。
できるだけはやく…後者の様な人間たちから、もたらされる苦しみから、遠く離れて…芥川の場合は…芥川の言葉を書き続ける人生に、一刻も早く入りたいと切望している。
まことの花を、老木から始めようとしている訳だが…こんな破れ鍋に綴蓋顔の、おっさんに…だが、いまでも良い男らしい(大笑い)…かつての西洋の様に、モーツアルトよ、ベートーベンよ、書きなさい、…私が出版させてあげましょう…本の中でしか書けない事もあるのだから…真実を顕にして表現し続けなさい…と、現れる貴族は…21世紀にはいないか(笑)
心は…一番美しかった時の、後藤久美子に負けないのだが(呵々大笑)
先日、思うところあって、西暦800年代の、日本の偉人たちのことを、ネットで検索して読んでいたのだが、しまいに自分が抹香臭くなって来るような気がした。
僕は、今は亡き大人と同じ深さで、彼が本当の偉人であったことに、京都散策を続けていて、気が付いたのだが…それでも、今は、21世紀であることは厳然たる事実。
僕は…既述して来た…21世紀の響きを奏でている音楽…彼らは間違いなく進歩している…先達の名曲の全てを聴いたうえで、音楽を作っているのである…を、聴いて、自分の後半生を一緒に送りたいと思う。
彼らは、自己満足や、売れたい、テレビに出たいなんぞのレベルでは、音楽を作っていない…売れることすら、その動機においては、考えていない…ただ前に進んでいるのである。
今の時代で、最も素晴らしい人間たちであると芥川は考えている。
エリートの、インテリだと勘違いしている人間たちのエゴイズムという名の悪…それが常に災厄や戦争をもたらして来たのだ…言及して来た様な政治家たちや、それを相手にしているマスメディアの、おびただしい偽善と、出鱈目等…とは、無縁の、
生きて在ること、死すること…誰にも、何者にも属さない、真の、自由な魂を持って…人間の真実を…21世紀に生きている人間の真実を歌っている彼らに、芥川は軍配を上げる。
今まで全く行こうと思ったことはなかったのだが…嵐山花灯路とは、渡月橋のライトアップと、竹林の小路の所だけの事と思いこんでいたのだ…おまけに、僕は、京都に住んでいた頃、勝手に、東宝映画館に押しかけて、全ての新着映画がただで観れるという結構なバイトをしていたのだが…この頃、夏になったら、必ず、松尾橋のたもとや、渡月橋のたもとで泳いでいたので、尚更。
早めに行って早めに帰ろうと…4時半頃に、嵐山に着くように…四条河原町から阪急電車に乗った…芥川の地道を通って到着。
こんなに良いものだったとは!…京都は素晴らしいなぁ…Mはしょうもないが、京都という街は、本当に頭が良いなぁ、と、心から思った。
驚いたのなんの…おまけに大河内山荘等まで、ライトアップしているではないか…僕は、昼より良いなぁ、とさえ思った。
結構な人出なのだが、暗いから、気にならない…灯りが、こんなに人の心を豊かにするとは…イサム・ノグチが生きていたら、「我が意を得たり」、と、素晴らしい作品を、提供してくれただろうなぁ。
とにかく、京都に比べれば、江戸なんぞは屁の様なものなのである。
フラッシュを忘れて行ったので、投光器や灯りをフラッシュ代わりに。
そこはご容赦を。