【日本保守党百田代表「暴動おこさへんかなあ」「革命が必要」?!】危険!百田王朝化するニチホ!!
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2024/7/26 in Osaka
小学校の5年生の時に、全国一斉学力テストがあった。私は校長室に呼ばれて告げられた。「君は、既にして高校2年生の能力が在る…」
そう、私は神様が、このようにして、いつか必ず、世界を正させるために、与えてくれた頭脳を授かった。
でも、そのために、みんなが、全く気が付かなかった苦しみも味わった。
私が、中学生の時に読んでいた本を、ざっと上げれば、「滝口入道」「ポールとヴィルジニー」、「赤と黒」、「カラマーゾフの兄弟」、「戦争と平和」、そして、何よりも、今なお世界一の小説である「アンナ・カレーニナ」
「幸福な家庭はすべてよく似たものであるが、不幸な家庭は皆それぞれに不幸である」との書き出しから始まるのだが。
世界中のどこにも在る事が、神様から授かった頭脳と感受性のゆえに、誰にも言えない苦しみになることも在る。
私が、故郷の人たちの素晴らしさを再認識したのは、そんな私が、正に、ルクレジオの「逃亡の書」そのもののように、閖上中学校という最高の、繭で保護されていた世界から、
神様は、私を試練の世界に突き落とした。
私は、すっかり忘れていたのだが、数年後、一足先に社会に出ていた、S君は、最初の給料の中から、私が故郷を離れる費用を貸してくれた。
浦島太郎のように出現した私を、左の方のテーブルから、ずっとにらんでいた。
私は断言しても良いが、あれほど見事な顔には滅多に会えるものではない。
片岡知恵蔵にそっくりな風貌で、見事なゲジゲジ眉で、じっと私を睨んでいる。
長い事、ご無沙汰していた事を怒っているのかな、それにしても見事な顔だな、そう思っていた私に、「S君が、なんで私のところに来ない、と怒っているよ」、と、告げに来てくれた。
私は驚いた。おう、あれはS君だったか。そうだS君だ。掛け値なしに親分肌のS君。12人兄弟という、今じゃ日本記録の様な、とても良い家に末っ子として育ったS君だった。
私は、彼の偉さを本当に思った。
それから、真っ先にハグをしてくれた、近所の旅館の息子だったH君。体格が良くて肩が強く、軟式の球がナチュラルにシュートした。
皆に、以下の曲を贈る。
Otis Redding - I Got Dreams To Remember
瞬間の意味は、撮影する場合は一瞬、桜ならば満開の時、紅葉ならば最盛期、これらは全て瞬間なのである。
2016年05月15日
私は花鳥風月に勝る美はないと確信している。
同時に美は瞬間に在る、とも確信している。
瞬間の意味は、撮影する場合は一瞬、桜ならば満開の時、紅葉ならば最盛期、これらは全て瞬間なのである。
一時期、私がとても熱中していた黒揚羽なら、わずかに数か月。
鳥たちにしても人間に比べれば一瞬の命である。
だから私は鳥たちに惹かれているのだろう。
先日、NHKが伊藤若冲の特集をしていたから録画しておいた。
素晴らしかった事は言うまでもないのだが、観ていて私は思ったのである。若冲と私は同じ眼差しで花鳥風月を見ている。と
同時に先日知って驚いたことを思い出した。
不幸と言うのは人間の数だけ様々なのだとトルストイが世界最高の小説であるアンナ・カレーニナの冒頭に書いたことは何度か書いたとおり。
子供の時から、私は、私だけのつらい不幸の中にいた。
私が小学校の5年生にして高校2年、3年の頭脳を授かっていた事は既述のとおり。
国を運営すべきエリートとしての約束された人生を、私は、自分の不幸から逃れるために、捨てた人間だが。
捨てる事も、自然の流れだったと思う。
京都に着いた私が、僕には大学は必要ないな、と思った事も既述のとおり。そうして様々な職業について、生きる糧を稼いでいた20歳前後の私は、何と京都の錦市場で、伊藤若冲の生家が在る一画の東角、数軒をはさんだ飲食店で、住み込みで働いていたことがあったのである。
ごく短期間だったが。
先日、本当に久しぶりに錦市場に寄ったら、天井から若冲生誕300年記念と題して、彼の絵をプリントした様々な幟がさがり、ずっと続いていた。
彼の生家が錦市場の西端(京都大丸のそば)に在った事に本当に驚いた。
何故なら、私は、その数軒先の並びの店で住み込みの店員としてバイトして暮らしていたからだ。
もう7年も経過していたから、当然ながら、私もすっかり忘却していた。
2023年09月07日
今日、思うことがあって、朝早くから、ある項目についての論文を、Hatenaブログに移し替えている作業をしていて、以下の章を発見した。
この2016年は、本サイトのアクセス解析欄を改ざんし続けている件の犯罪者が、詐欺罪で実刑が確定し刑務所に収監されていた時期である。
この犯罪者が犯罪行為を冒しだすまでの、本欄の実態が、そこに在った。
もう7年も経過していたから、当然ながら、私もすっかり忘却していた。
この結果は、当然なのである。
何故なら、この犯罪者に甚だしい検索妨害を受けるまでは、2011年の段階でも、the turntable of civilization、と検索すると、検索数は2,000万件超。
1ページから70ページ超まで、私が発信した各国語の章で埋められていたからである。
また、twitterでのフォロワーは世界各国から猛烈な量で舞い込み、あっという間に、フォロワー数は1万人を超えようとしていたのだから。
世界が知るべき重要な発見の一つを世界に知らせるのに、必要以上の時間がかかってしまったが、
2016年05月22日
日本にはかつて造船疑獄事件と言うのがあった。
私は宮城県名取市閖上に、神様から、いわゆる天賦の才能を授かって生まれた。
英語では神に愛された者には数々の試練が与えられるという。
私は、そのとおりの人生を歩んだ。
その結果の一つとして、極めて残念なことに未だに独身で在る。
先日、5年ぶりに電話をした、日本を代表する大企業でバリバリ働いている親友には、未だにという歳でも…という、彼等ならではのウイットで返され、大笑いしたのだが。
私は最近、つくづく思うのである。
人生は人それぞれに様々なのだ、と。
何が幸せで不幸せなのかなどとは言えない。
すべては人生なのである。
*先日、この箇所が浮かんできた。
私は、「アンナ・カレーニナ」の冒頭が、私の中で血肉になっていたと思った。
冒頭と、この続きはいずれ書くとして。
神様から、そのために授かった頭脳が考え続けていた事に対する答えが、約30年前、ローマに8日間滞在していた時に見つかった。
それが、文明のターンテーブルである。
実業家としての人生を選択せざるを得なかった私は、日本の失われた20年に直面して大きな苦難に見舞われた。
この大きすぎた苦難を日本にもたらしたのもまた、朝日新聞だった事を思えば、それだけでも怒り心頭に達する。
そんな朝日のために、世界が知るべき重要な発見の一つである「文明のターンテーブル」を、世界に知らせるのに必要以上の時間がかかってしまったが。
私は2010年7月に、冒頭の続きとなる、大阪梅田北ヤード問題を契機としてこうしてネットに登場した。
さて、私は、日本を代表する高校の一つである仙台二高に在学中に、英和辞書を赤鉛筆で真っ赤にしていたような人間だから、英語はなんとか出来る。
普段は当然ながら全く英語は使わないから、英語国民の中でしばらく暮らさないとしゃべる事は流暢にはならないが。
私の論説の大意を無償で伝えるのにはほぼ100%問題はないだろう。
或る日グーグル翻訳に気が付いた。
グーグルの社員の大半はスタンフォード大学の出身者である。
日本で言えば、東大、京大、阪大、東北大などと同等といっても過言ではないだろう。
これは優秀な道具に決まっているぞ、と思うと同時に、英語の語源はラテン語だから、ラテン語を語源とする欧州各国の言語は、英語さえちゃんとしていればまず大意は外れない。
問題は、男性名詞、女性名詞等だけだろうと直感した。
フィリピン語(タガログ語)が英語と極めて相性が良いのは、タガログ語は、かつて宗主国である米国の言葉である英語を元に作られているからだろう。
同様に、韓国語が日本語と相性が良いのもその理由のはずだ。
最初の頃、アラビア語の翻訳が殆ど完璧だったことに驚いたが、直ぐになるほどと思った。
戦後、米国が最も重要としていた地域が、(日本では全くなかった事は、日本語から英語への翻訳を見れば、一目瞭然)、石油を算出するアラブ諸国だった事に直ぐ気が付いたのである。
本当は、もっとずっと多いはずだと確信しているのだが。
以下は、昨日、検索数が1,000回以上だった「昨日の人気のページ」である。
私は、コメントやトラックバックは受け付けない仕様にしているから、これらの項目は無い。
順位
ページ名
閲覧数
1
It designed in order that it is possible to move to the consumer electronics in all the ones from
82,662 PV
2
日本に対し、小中学校で使うパソコンの規格をトロンに決めるなと迫ってきたのである。
47,675 PV
3
before he speaks as if he knew everything, it is the paper which gives a pep talk after
17,296 PV
4
Le péché qui cela et aussi Asahi Shimbun a provoqué à l'origine
10,376 PV
5
Il peccato che questo e anche Asahi Shimbun ha portato
8,955 PV
6
In Japan, wie die Vorsehung Gottes, dass die Drehscheibe
8,763 PV
7
在日本,作为上帝的旨意,那文明的转盘转动,因此,
8,747 PV
8
ระเทศญี่ปุ่น
7,770 PV
9
Au Japon, comme la providence de Dieu, que le plateau tournant
7,109 PV
10
Die Sünde, die diese und auch über die ursprünglich Asahi Shimbun
6,859 PV
11
Ang kasalanang ito at din Asahi Shimbun nagdala tungkol
6,858 PV
12
まともな論文を掲載するスペースが更に無いのだから、真実を伝えている訳はないのである。
1,760 PV
2024/7/26 in Osaka
人間とは十人十色である事、問題を抱えている人は無数にいる事は大人になると明瞭に分かるわけだが、家がねぐらである子供の時分には、事はそうではない。
大人になってから考えてみれば、何という事もない家庭の問題であっても、子供には致命的な苦しみになることは、これまた大人になれば理解できる事も言うまでもない。
家庭的な不幸に直面した場合、どんな子供であっても無傷でいることは出来ない。
逃げる手段を持った人間ならば、殆ど全ての者が逃げようとすることも言うまでもない。
私が中学生時分にドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読破していた事は既述のとおり。
この小説の中で、長兄、ドミトリーの弁護人に語らせた大演説にあった…
「すべての父親が、子供にとって良い父親ならば、人間の問題は解決される」
というくだりが、私の心に一番深く残ったのは、当然だったのである。
神様が私に与えた頭脳と引き換えに、私に与えた苦しみの中でも、最も大きく辛いものだった家庭的な不幸(これについては、トルストイの世界最高の小説である「アンナ・カレーニナ」の冒頭から何度か言及した通り)から逃れるために、
文字通り、ル・クレジオの「逃亡の書」の様な、青年時代を送った事も既述のとおり。
その過程で、京都の商家で、住み込みでアルバイトをして糊口を凌いでいた事があった。
先日、その商家が伊藤若冲の生家の3件隣だった事を知って感慨したことも既述のとおり。
やがて、もはや恩師が私に命じた事『お前は京都大学に残って京都大学をその肩に背負って立て』
つまり、学問の世界に生きよ、には、もはや戻れない事を悟った私は、
以降、10年間、観たい映画も読みたい本も読まずに、ビジネスに専念することに決め、
馬車馬の様に働いたことも既述のとおり。
大阪を人生の舞台として裸一貫から実業家の道を歩んだ私は学者でも作家でもなかった事は言うまでもない。
この稿続く。
2023/11/26 in Kyoto