文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

村田夏帆 with my shots on 2020/11/18 in Kyoto

2024年11月20日 23時43分10秒 | 全般


村田夏帆「2024年8月に行われた第20回クロスター・シェーンタール国際ヴァイオリンコンクール」サンサーンス ヴァイオリン協奏曲第三番第三楽章


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村田夏帆 with my shot on 2022/11/18 in Kyoto

2024年11月20日 23時30分33秒 | 全般


村田夏帆「2024年8月に行われた第20回クロスター・シェーンタール国際ヴァイオリンコンクール」サンサーンス ヴァイオリン協奏曲第三番第三楽章


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These are the top 10 real-time search numbers as of 22:53 on 2024/11/20.

2024年11月20日 22時53分37秒 | 全般
 


2022/11/18 in Kyoto
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『人道支援』『ライフワーク』『ボランティア』って左巻きボキャブラリーで鳥肌立つわ。

2024年11月20日 22時40分17秒 | 全般
世評とは違い、寄付者に対する高市さんの心が行き届いた対応には感動しました

 高市さんは立派な人ですね。 

日本保守党の名古屋市長選挙があるのに、どこ行ってんだ?? LGBTどうなった??もう飽きた?めんどくさくなった?? 呆れる国政政党。保守を名乗らないでほしい!恥ずかしい!! 

寄付に対しての領収書と御礼状は常識です 

15区の補選の時 まさにクラブ活動的な本気モード0の有本氏でしたね。後半になって やっと熱が入ってきてました。その時あかりちゃんが 有本さんのギアが一段上がりましたね と言われたのが印象に残ってます。あかりちゃんは最初から本気で頑張ってましたからね。 あの頑張りを私は忘れません️ 

広沢さんに聞いてみたいことがあります。カレーの事件の時、百田さんの後ろで笑っていたけど、飯山さん抜きで一緒にカレーを食べたんですか?飯山さんだけカレーを食べていないことを知っていて、みんなで一緒に笑っていたんですか?もしそうなら政治家になる資格は無いように感じてしまいます一人ひとりに哀れみの心を持つことが政治家で大事じゃないでしょうか? 

領収書と控除証明書を何回かメールで請求してますが、連絡ありません  
電話掛けようにも電話が有りません  
何故電話が無いのでしょうか?  
連絡出来ない様にするって人をバカにしてますよね

議員バッチをつけられる可能性がなくなったからつまらなくなったんじゃないかなー 東京比例1位で大恥かいちゃったし 参議院でもないな、もう 

今日の配信も参考になりました。高市氏は寄付金への対応が良心的ですね!流石は総理候補です。道理を重んじる人を応援します! 

本気で日本や日本人の事考えてるなら投げ出さずに間違いがあったらごまかさず素直に認めて誠心誠意謝るだろうし、つまり謝りたくないってことは日本や日本人のためよりちっぽけな自分のプライドの方が大事だってことだよね、 ビジネス確定なんじゃ 

高市さんがニチホに来るなら、雑巾がけからとか言ってませんでしたかね。 恥ずかしい発言ですね。国を背負う覚悟の人と、ビジネス保守の差ですね。 

日保が政治を少しでも良くしてくればと期待を込めて6千円の党費をクレジットカード決済にて昨年から党員になっていましたが、その後に送られてくるだろうと思っていた、領収証や挨拶状などは一切届きませんでした。 私は寄附金を捧げられるほどの経済的余裕はないけど、Aさんのように高額寄附金を受けておきながら、領収書を出さないってのは常識では考えられませんね。 いや寄附金じゃなくても たとえ党費であっても領収書ぐらいは出すのが当たり前じゃないのかと、あらためて日保のずさんさを感じたり、百有の人間性にも嫌気がさして先月 日保から退会しました。 本当に憤懣やるせない! 

東京15区補選の時、小柄な飯山博士が、大きなリュックを背負って、もう一人の大きな荷物を引っ張っていた女性と、朝立ちの準備のために二人っきりで『のぼり旗』を組み立てている動画がアップされていました。本当に命がけだったのですね。 まだ電車で通っていた頃のことだと思います。あの時、すでに飯山博士は酷い仕打ちを受けていたと思うと胸が痛みます。私心からではなく、公益のためにこれだけの情報・資料を集めた配信、本当にありがとうございます。YouTubeさんにも、素晴らしい番組への感謝のフィートバックをいたしました。 

高市さんのお礼のお手紙に感動です。 Aさんのおかげで本物と偽物の違いがよく理解できました。 そんな高市さんを偉そうに批判してた百有、いったい何さま? 逃げ道を用意したり、百有のやることなすこと…軽蔑しかないです。 今日も内容濃かったーー有の物まねw最高でしたーー

飯山さん、素晴らしいです、まったく同感です。 補選の、あかりさんに感動して入党したが、すこしの間でも党員だった己が情けない。百有の日保の掲げる政策の反対が、この2人の本音なのでは、 紹介した知人にお詫び行脚してます。 党員ましては国民を舐めてる。情けない。 飯山さん頑張って下さいね

「領収書の日付はどうしましょうか」って、ある意味 百田暴言。 

高市さんは やっぱり 立派な方ですね! 早く総理になって 日本を 強く豊かに 守っていってほしいですね。 飯山さん 素晴らしい お話をありがとうございます。 口ばっかりの いい加減な人は  政治家に なってほしくないですね! コメントを飯山さんに 読んでもらいたくて コメント書いてても  先日 知らない他人に なんだかんだコメント繋げられてて 初めてネットで恐怖を 感じました。 飯山さんの気持ちが すごくわかりました。 そして  言葉にも気をつけなければと 学びました。 

だいたい、政党立ち上げ寄付集めた時点で 顧問税理士入れない発想が異常。 これは、アリが自分でうまくやってやろう感が満載。 領収書出して、それが控除対象にならない可能性がある。 その時の責任問題は甚大。 このまま逃げ切って中央突破するつもりだろうが、飯山さん は許さないだろう。 

『人道支援』『ライフワーク』『ボランティア』って左巻きボキャブラリーで鳥肌立つわ。 

初めてコメントさせて頂きます。 あかりさんのお話を聞いて、日本保守党の有と百の薄汚い腹が見えました。私も騙されました。 飯山あかりさん他真面目な人達を食い物にする人達であることがハッキリしました。  東大の池内某のスラップ訴訟にも断固反撃してください。頑張ってください。 

政党がクラブ活動?! ふざけんなって言いたいです 

高市さんの評価が上がり 高市さんに寄付する人、増えるでは 高市さん すごいです 百と、えらい違いですな 

2年間党費を支払いましたが一切領収書はありません。ちなみに地元の自民党議員に党費をお支払いした際はちゃんと書類が出ました。正直騙された感が強いです。 
*特別党員だった私もまったく同様でした。初めて政党の党員になったからこの方のポストを拝見するまで、気づかなかった。*

有本事務総長の「やり切った感」には流石に笑わせてもらった確かに東京ブロック比例一位で落選だし、やり切った感はあるよね

Aさんの心からの応援の寄附に 高市さんは直筆にて感謝の意。 それに比べて百有の失礼の数々 これでやり切ったとか片腹痛い! 

寄附金はどこに行ったのか?口座に入ったのは、事実なんですよね。それをしらばっくれる理由って、何なんでしょうか? 

島田洋一は日保党をバックに選挙に出るという、人生で最大の間違った判断をしてしまいました。人生の終盤での大きな間違いは一生を台無しにします。比例で当選して議員になったわけですが、日保党が実質的な解党状態になったならば、どのように身を処すのか注目し続けます。独立した個人として、世の中に対して責任を果たしてもらいたい思います。 

百有は逃げる準備を始めたが絶対に逃してはいけない。全ての悪事を白日の下に晒さないと!! 

思ったとうり ただの思いつきの政治ごっこだったか あとはどうやって逃げ出すかだな

ご寄付された人、「当時は日保党を応援していたから100万円を返して欲しい訳では無い」って言えるのが凄いですね!自分は一年分の党員費6000円を返して欲しいです

百田氏、有本氏の、…やり切った感あるから、もういつ辞めてもいい…発言。この発言を、小野寺氏、小坂氏、伊藤氏等は、どんな気持ちで聞いてるのだろう。来年の参院選では、この3人を国会に送らなければ死んでも死にきれない…と、百田代表は衆院選後の街頭演説でおっしゃった…次期参院選の候補予定者たちの落胆のため息が聞こえて来そう。結局は政党立ち上げも、百有二人の自己満足のクラブ活動だった。残るのは立ち上げ前からの百田信者だけ。理念や政策に感銘を受けた新たな支持者たちの落胆も大きい。罪な事だ…… 

領収書問題はフライング募集だけなら、解決しようと思えば手段があるのにやらない。 そこに悪事の発覚が絡むからとしか考えられない。ワクワクして待っていよう。 

本日も、素晴らしい切れ味でした。私も、最近の言動から、追い詰められているな、と思っていました。ご指摘の他に、政治資金収支報告書の提出も、かなりの負担になっていると思います。

どんな理由があったにせよ組織全員で飯山さんに嫌がらせをしたことが全ての間違いの始まりでしたね。 

有のやり切った発言 むっちゃ分かりやすいですね
単純に言って 「集金出来るだけはもう集金した」 って事ですよね
だって政治的には何一つやってないのに やり切ったですからw
初めから金儲けだけが目的だったって丸分かりですねw

保守党のツートップの高市早苗氏に対するディスりには心底呆れた。掲げる政策に多少の違いはあっても「保守」として大きな方向性は同じはずなのに。本当に狭量な器の小さな人たちだ。 総裁選で高市さんが敗北して全国の保守派が意気消沈しているときに、ニチホの党員が増えていると喜んだことも許せない。 島田洋一氏の高市批判も酷かった。政策批判ならまだしも、高市さんの容姿を揶揄したり、関西弁が気に入らないとか言ったり聞くに堪えなかった。 他人に厳しく自分に甘い連中ゆえの傲慢さが、今回、仇になったのでしょう。 
 
引退匂わし発言と広沢氏の選挙スケジュールポストからの分析には「流石飯山さん凄い」と感嘆の声が出ました。 応援しております。 

失敗を正論で指摘されたのがしんどくなって引退って無責任すぎる。なぜ素直に謝らないのか。謝罪して返金すればよいでしょうに。 

高市早苗さんを以前から「心で応援」していました。 あかりちゃんを通して早苗ちゃんの人柄が手に取るように伝わりました。 ヒャクアリ日保とは大違い。人間性人格が違いますね。 何としても日本国のてっぺんに押し上げたいです

顔マネが面白すぎて頭に話が入って来ないww。 寄付金領収書問題で更に新資料出されて問題指摘。ニチホはもう逃げられない。 これからも飯山さんを応援しております! 

連中の不正、詐欺、悪徳、ホラ、ハッタリ、アサ8百を徹底的に追求し、全国民に知らせて下さい。決して追求の手を緩めることのないように頑張ってください。悪を懲らしめるための有効な手段は、まず第一に悪を白日のもとに晒すことだと考えます。飯山氏の勇気に敬意を表します。 

百田さんは「強いワシ」有本さんは「セレブなワタクシ」をアピールすることが大好きで そんな自分をカッコいいと思ってるようですが、それが強烈にダサいですよね。 その時点で信者以外の世間一般の人たちとは感覚がズレまくってると思います。 

すみません、純粋に面白いです。彼奴らの愚鈍さが伝わってきます。

この稿続く。 
【日本保守党百田代表、引退?「領収書出してます」?!】ズルくあざとい有、バンコクに高飛び?!


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百有は逃げる準備を始めたが絶対に逃してはいけない。全ての悪事を白日の下に晒さないと!!

2024年11月20日 22時35分31秒 | 全般
世評とは違い、寄付者に対する高市さんの心が行き届いた対応には感動しました

 高市さんは立派な人ですね。 

日本保守党の名古屋市長選挙があるのに、どこ行ってんだ?? LGBTどうなった??もう飽きた?めんどくさくなった?? 呆れる国政政党。保守を名乗らないでほしい!恥ずかしい!! 

寄付に対しての領収書と御礼状は常識です 

15区の補選の時 まさにクラブ活動的な本気モード0の有本氏でしたね。後半になって やっと熱が入ってきてました。その時あかりちゃんが 有本さんのギアが一段上がりましたね と言われたのが印象に残ってます。あかりちゃんは最初から本気で頑張ってましたからね。 あの頑張りを私は忘れません️ 

広沢さんに聞いてみたいことがあります。カレーの事件の時、百田さんの後ろで笑っていたけど、飯山さん抜きで一緒にカレーを食べたんですか?飯山さんだけカレーを食べていないことを知っていて、みんなで一緒に笑っていたんですか?もしそうなら政治家になる資格は無いように感じてしまいます一人ひとりに哀れみの心を持つことが政治家で大事じゃないでしょうか? 

領収書と控除証明書を何回かメールで請求してますが、連絡ありません  
電話掛けようにも電話が有りません  
何故電話が無いのでしょうか?  
連絡出来ない様にするって人をバカにしてますよね

議員バッチをつけられる可能性がなくなったからつまらなくなったんじゃないかなー 東京比例1位で大恥かいちゃったし 参議院でもないな、もう 

今日の配信も参考になりました。高市氏は寄付金への対応が良心的ですね!流石は総理候補です。道理を重んじる人を応援します! 

本気で日本や日本人の事考えてるなら投げ出さずに間違いがあったらごまかさず素直に認めて誠心誠意謝るだろうし、つまり謝りたくないってことは日本や日本人のためよりちっぽけな自分のプライドの方が大事だってことだよね、 ビジネス確定なんじゃ 

高市さんがニチホに来るなら、雑巾がけからとか言ってませんでしたかね。 恥ずかしい発言ですね。国を背負う覚悟の人と、ビジネス保守の差ですね。 

日保が政治を少しでも良くしてくればと期待を込めて6千円の党費をクレジットカード決済にて昨年から党員になっていましたが、その後に送られてくるだろうと思っていた、領収証や挨拶状などは一切届きませんでした。 私は寄附金を捧げられるほどの経済的余裕はないけど、Aさんのように高額寄附金を受けておきながら、領収書を出さないってのは常識では考えられませんね。 いや寄附金じゃなくても たとえ党費であっても領収書ぐらいは出すのが当たり前じゃないのかと、あらためて日保のずさんさを感じたり、百有の人間性にも嫌気がさして先月 日保から退会しました。 本当に憤懣やるせない! 

東京15区補選の時、小柄な飯山博士が、大きなリュックを背負って、もう一人の大きな荷物を引っ張っていた女性と、朝立ちの準備のために二人っきりで『のぼり旗』を組み立てている動画がアップされていました。本当に命がけだったのですね。 まだ電車で通っていた頃のことだと思います。あの時、すでに飯山博士は酷い仕打ちを受けていたと思うと胸が痛みます。私心からではなく、公益のためにこれだけの情報・資料を集めた配信、本当にありがとうございます。YouTubeさんにも、素晴らしい番組への感謝のフィートバックをいたしました。 

高市さんのお礼のお手紙に感動です。 Aさんのおかげで本物と偽物の違いがよく理解できました。 そんな高市さんを偉そうに批判してた百有、いったい何さま? 逃げ道を用意したり、百有のやることなすこと…軽蔑しかないです。 今日も内容濃かったーー有の物まねw最高でしたーー

飯山さん、素晴らしいです、まったく同感です。 補選の、あかりさんに感動して入党したが、すこしの間でも党員だった己が情けない。百有の日保の掲げる政策の反対が、この2人の本音なのでは、 紹介した知人にお詫び行脚してます。 党員ましては国民を舐めてる。情けない。 飯山さん頑張って下さいね

「領収書の日付はどうしましょうか」って、ある意味 百田暴言。 

高市さんは やっぱり 立派な方ですね! 早く総理になって 日本を 強く豊かに 守っていってほしいですね。 飯山さん 素晴らしい お話をありがとうございます。 口ばっかりの いい加減な人は  政治家に なってほしくないですね! コメントを飯山さんに 読んでもらいたくて コメント書いてても  先日 知らない他人に なんだかんだコメント繋げられてて 初めてネットで恐怖を 感じました。 飯山さんの気持ちが すごくわかりました。 そして  言葉にも気をつけなければと 学びました。 

だいたい、政党立ち上げ寄付集めた時点で 顧問税理士入れない発想が異常。 これは、アリが自分でうまくやってやろう感が満載。 領収書出して、それが控除対象にならない可能性がある。 その時の責任問題は甚大。 このまま逃げ切って中央突破するつもりだろうが、飯山さん は許さないだろう。 

『人道支援』『ライフワーク』『ボランティア』って左巻きボキャブラリーで鳥肌立つわ。 

初めてコメントさせて頂きます。 あかりさんのお話を聞いて、日本保守党の有と百の薄汚い腹が見えました。私も騙されました。 飯山あかりさん他真面目な人達を食い物にする人達であることがハッキリしました。  東大の池内某のスラップ訴訟にも断固反撃してください。頑張ってください。 

政党がクラブ活動?! ふざけんなって言いたいです 

高市さんの評価が上がり 高市さんに寄付する人、増えるでは 高市さん すごいです 百と、えらい違いですな 

2年間党費を支払いましたが一切領収書はありません。ちなみに地元の自民党議員に党費をお支払いした際はちゃんと書類が出ました。正直騙された感が強いです。 
*特別党員だった私もまったく同様でした。初めて政党の党員になったからこの方のポストを拝見するまで、気づかなかった。*

有本事務総長の「やり切った感」には流石に笑わせてもらった確かに東京ブロック比例一位で落選だし、やり切った感はあるよね

Aさんの心からの応援の寄附に 高市さんは直筆にて感謝の意。 それに比べて百有の失礼の数々 これでやり切ったとか片腹痛い! 

寄附金はどこに行ったのか?口座に入ったのは、事実なんですよね。それをしらばっくれる理由って、何なんでしょうか? 

島田洋一は日保党をバックに選挙に出るという、人生で最大の間違った判断をしてしまいました。人生の終盤での大きな間違いは一生を台無しにします。比例で当選して議員になったわけですが、日保党が実質的な解党状態になったならば、どのように身を処すのか注目し続けます。独立した個人として、世の中に対して責任を果たしてもらいたい思います。 

百有は逃げる準備を始めたが絶対に逃してはいけない。全ての悪事を白日の下に晒さないと!! 

思ったとうり ただの思いつきの政治ごっこだったか あとはどうやって逃げ出すかだな

ご寄付された人、「当時は日保党を応援していたから100万円を返して欲しい訳では無い」って言えるのが凄いですね!自分は一年分の党員費6000円を返して欲しいです

百田氏、有本氏の、…やり切った感あるから、もういつ辞めてもいい…発言。この発言を、小野寺氏、小坂氏、伊藤氏等は、どんな気持ちで聞いてるのだろう。来年の参院選では、この3人を国会に送らなければ死んでも死にきれない…と、百田代表は衆院選後の街頭演説でおっしゃった…次期参院選の候補予定者たちの落胆のため息が聞こえて来そう。結局は政党立ち上げも、百有二人の自己満足のクラブ活動だった。残るのは立ち上げ前からの百田信者だけ。理念や政策に感銘を受けた新たな支持者たちの落胆も大きい。罪な事だ…… 

領収書問題はフライング募集だけなら、解決しようと思えば手段があるのにやらない。 そこに悪事の発覚が絡むからとしか考えられない。ワクワクして待っていよう。 

本日も、素晴らしい切れ味でした。私も、最近の言動から、追い詰められているな、と思っていました。ご指摘の他に、政治資金収支報告書の提出も、かなりの負担になっていると思います。

どんな理由があったにせよ組織全員で飯山さんに嫌がらせをしたことが全ての間違いの始まりでしたね。 

有のやり切った発言 むっちゃ分かりやすいですね
単純に言って 「集金出来るだけはもう集金した」 って事ですよね
だって政治的には何一つやってないのに やり切ったですからw
初めから金儲けだけが目的だったって丸分かりですねw

保守党のツートップの高市早苗氏に対するディスりには心底呆れた。掲げる政策に多少の違いはあっても「保守」として大きな方向性は同じはずなのに。本当に狭量な器の小さな人たちだ。 総裁選で高市さんが敗北して全国の保守派が意気消沈しているときに、ニチホの党員が増えていると喜んだことも許せない。 島田洋一氏の高市批判も酷かった。政策批判ならまだしも、高市さんの容姿を揶揄したり、関西弁が気に入らないとか言ったり聞くに堪えなかった。 他人に厳しく自分に甘い連中ゆえの傲慢さが、今回、仇になったのでしょう。 
 
引退匂わし発言と広沢氏の選挙スケジュールポストからの分析には「流石飯山さん凄い」と感嘆の声が出ました。 応援しております。 

失敗を正論で指摘されたのがしんどくなって引退って無責任すぎる。なぜ素直に謝らないのか。謝罪して返金すればよいでしょうに。 

高市早苗さんを以前から「心で応援」していました。 あかりちゃんを通して早苗ちゃんの人柄が手に取るように伝わりました。 ヒャクアリ日保とは大違い。人間性人格が違いますね。 何としても日本国のてっぺんに押し上げたいです

顔マネが面白すぎて頭に話が入って来ないww。 寄付金領収書問題で更に新資料出されて問題指摘。ニチホはもう逃げられない。 これからも飯山さんを応援しております! 

連中の不正、詐欺、悪徳、ホラ、ハッタリ、アサ8百を徹底的に追求し、全国民に知らせて下さい。決して追求の手を緩めることのないように頑張ってください。悪を懲らしめるための有効な手段は、まず第一に悪を白日のもとに晒すことだと考えます。飯山氏の勇気に敬意を表します。 

百田さんは「強いワシ」有本さんは「セレブなワタクシ」をアピールすることが大好きで そんな自分をカッコいいと思ってるようですが、それが強烈にダサいですよね。 その時点で信者以外の世間一般の人たちとは感覚がズレまくってると思います。 

すみません、純粋に面白いです。彼奴らの愚鈍さが伝わってきます。

この稿続く。 
【日本保守党百田代表、引退?「領収書出してます」?!】ズルくあざとい有、バンコクに高飛び?!
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再読。日本は、戦後ずっと国際社会において、実は、「政治的囚人」、だったのだという私の発見は、「文明のターンテーブル」、の発見と共に、

2024年11月20日 21時01分34秒 | 全般
2024年09月17日
中国とは、中華圏の国とは、「底知れぬ悪」、「まことしやかな嘘」の国である、との彼の結論は、今、その正しさを世界に証明し続けている。
2019年09月28日
 
日本は、戦後ずっと国際社会において、実は、「政治的囚人」、だったのだという私の発見は、「文明のターンテーブル」、の発見と共に、ノーベル賞に価する発見である。
世界中の慧眼の持ち主たちは瞬時に私の発見の凄さに気づいたはずだ。
何故なら、私が発見した真実からなら、従軍慰安婦問題や、強制連行の問題、南京大虐殺などの問題が何故起きているか、なぜ、このような嘘が、あろうことか国際社会においてまかり通っているのかが、瞬時に理解できるからである。
これらの信じがたい捏造に拠って日本が国際社会から簡単に批判され続けて来た理由が瞬時に理解できるからである。

同時に、日本こそが国際社会から差別され続けて来た国であることも知らず、日本は差別国家だだとか、ヘイトスピーチが横行している国だとか、わざわざ国連にまで出向いて、日本に対する非難決議を国連から勧告させるなどという活動を行い続けている日弁連や、いわゆる市民団体が、どれほど愚かで、どれほど「ゲスの極み」であるかも瞬時に理解できるはずだ。

そして、これを支援する報道を繰り返している朝日や毎日などの、愚かさは極まっている事も瞬時に理解できる。

日本を国際社会において「政治的囚人」にして置く必要があったのは、米国の理由だったのである。

朝日を筆頭にしたメディアに拠って、全く違う戦局報道…日本は勝利しているとの報道を読まされ続けていた日本国民以外の…
世界中の誰の目にも日本の敗戦は明らかだった戦争末期に、
127都市を無差別爆撃しただけではなく、焼夷弾と言う人道に反する武器を使い、ごく短期間に、数百万人の市民を殺戮しただけではあきたらず、
人類史上最大の罪である原爆を2発も投下して、広島、長崎という美しい都市と、そこに住む無辜の市民を一瞬にして、地上から消滅させた米国の罪を隠すためである。

この原罪が在り、この原罪に対して抗議も莫大な損害賠償もしない、人類史上、唯一の類いまれな国民性を持つ日本国民が存在しているから、米国は世界の警察官で在り続けなければならないのである。

だが、オバマにノーベル賞を与えた、見せかけのモラリズムが世界を支配しているように、オバマには、この絶対に忘れてはいけない真実が、全く見えていなかった。
似非モラリズムで彼の目は完全に曇っていたのである。
あるいは、中国の巧妙な戦略にまんまと嵌って、そうしたか。

彼はこれ以上ない愚かさで、米国は世界の警察官ではない、と、宣言した。
その途端に、共産党の一党独裁国家である中国と、プーチンの独裁国家と言っても過言ではないロシアが一気に増長し、横暴を開始した。
戦後の世界の秩序を改変、乱し出したのである。

中国に至っては、世界の覇権を目論みだしたのだから、これこそ神をも恐れぬ暴挙なのである。

この中国に対してドイツを筆頭にした欧州は批判するどころか、経済的な理由、ただそれだけでなびいたのである。

この中国が、事あるごとに、日本に対してはこう言い続けて来た事は、記憶力をお持ちの世界中の人たちは知っているはずだ。
「日本は戦後の秩序を改変しようとしている、歴史修正主義者だ」とか言い続け、日本を国際社会で非難し続けて来たのである。

日本が生んだ偉大にして数少ない本物の学者である梅棹忠夫のフィールドワークの結果は、さらに、金字塔の様に輝いているのだ。
中国とは、中華圏の国とは、「底知れぬ悪」、「まことしやかな嘘」の国である、との彼の結論は、今、その正しさを世界に証明し続けている。

戦争の世紀に、米国などの戦略のために追い込まれて、当時も世界最強の国だった米国を相手に日本は戦争を開始した。
ナチスドイツですら事を構えようとはしなかった国を相手にしてである。

それは日本が古今東西、どこにもなかった武士の国だったからである。

だが、この無謀な戦争を開始させた大きな張本人が実は朝日新聞を筆頭にした当時の日本のマスメディアだった事も明白な事実である。
「鬼畜米英」、だとか、「欲しがりません。勝つまでは。」、「一億総玉砕」だとかのスローガンが当時の日本のマスメディアの一面に大きく踊らせて日本人を鼓舞し続け、戦争を開始させ、戦局が敗戦に向かっている時にも、全く、その実態を国民に知らせず…

知らせた事は、その反対に、日本が勝ち続けているような報道を行い続け、
その結果として、それまでの人類の戦争では存在しなかった未曾有の惨事を引き起こしたのも、実は、日本のマスメディアだったことを知らない日本人を、今のマスメディアは増やして来たのである。

彼等は全ての責任を軍部に押し付けただけではなく、GHQの占領政策を受け入れた優等生と成って存命し、自分たちの責任回避のために、
今なお、軍部にすべての責任を押し付け、日本は悪い国で、日本人は悪い事をしたのだなどという、本当に幼稚園児以下の、似非モラリズムを振り回している。
この稿続く。
 

2024/9/13 in Miyajima, Hiroshima
 
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再発信!以下は昨日のgooにおいて人気ナンバーワンだった中国語に翻訳した章である。

2024年11月20日 20時58分01秒 | 全般
以下は昨日のgooにおいて人気ナンバーワンだった中国語に翻訳した章である。
2018年04月01日

以下は昨日のgooにおいて人気ナンバーワンだった中国語に翻訳した章である。
数個所の翻訳が全く駄目だったので、その箇所は訂正して掲載する。
その他にも一部おかしなところがあるが、それはgoogle翻訳ソフトが未だ全く完全ではない事を理解して頂くしかない。その箇所は大意は損なわれてはいないので。
我会在这里随机写一些备忘录。
当然,世界上几乎所有的国家都将过去的总理列为安倍首相作为政治家的能力的最高等级。
但是,这里有一个罕见的现象。
只有与朝日新闻,每日新闻,东京都报等等媒体同步,与中国和朝鲜半岛等媒体保持同步的所谓文化人士,才会继续说出完全不同的东西,离谱的东西。
简而言之,他们诽谤了安倍首相,试图为人民群众煽动对安倍首相的仇恨。
与此同时,在岚山/渡月桥下游的公交车站前制作的纪念品中心,有一栋很好的建筑,二楼有一家大餐厅,一楼有一家意大利餐厅。不用说,它一直很忙。
例如,去年,在一年中超过100次访问岚山的时候,我经常访问这个地方。
一名年轻的中国女性是一名兼职文员。由于询问她来自哪里,开始了一次谈话。
她说'我喜欢除安倍首相以外的所有日本人......'
有趣的是...因为大多数日本人选择安倍,你的逻辑很奇怪......我指出的正如上面提到的。
不用说,这是他们宣传的实际情况,它的巨大影响......它是极权国家广告战略恐怖的产物。
已故的Umesao Tadao发表了中国和朝鲜半岛是一个邪恶和不可信的谎言的国家的结论。
他是世界上最好的民族学家之一,他的才华在京都大学盛行。
在中国几乎有几年,他作为一个实地工作,并得出了上述结论。
我是世界上最优秀的人类学家和民俗学家Umesao Tadao所传达的真理的第一人。
近年来,我最好的朋友,一位领先的读者,借给我的是中国邻居们传播的大量民间故事等书籍。
邻国东,西,中国邻国明确继承了我们在与这个人口大国,地域国家对应的阴谋策略中尽量做到的事情。
他们中的一些人是从邪恶的中国的皇帝的出口,礼物中出来的,引用这个国家困扰的是什么来回报这件事。
其中,我感到惊讶的是,在所有的故事中,他们......他们在中国的人和他们的邻居都是直截了当的说谎。
这与日本人完全相反,没有什么内疚感,有尊严地说谎。
我确信这些民间故事证明了Umesao Tadao正在阅读关于谎言故事的另一个令人震惊的结论的正确性。
也就是说,'日本不是亚洲......而应该与英国人相比...'
每个看过京都奥哈拉的英国女性Venetia Stanley-Smith片威尼斯·斯坦利 - 史密斯的人都应该赞同Tadao Umesao的结论。
这份草案继续。


2022/11/18 in Kyoto


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再発信!百はやることが幼稚 百も有もそうだけど、島田も口先だけの人間なんだね。

2024年11月20日 20時54分27秒 | 全般
百はやることが幼稚  百も有もそうだけど、島田も口先だけの人間なんだね。
2024年11月16日 23時07分21秒 | 全般

百田は、終に、朝日の社説でも批判されたみたいですね。
前述の、飯山あかりさんのYouTube番組に寄せられているコメントは、今日も、日本人の民度の高さ、素晴らしさを再認識させてくれるもので溢れています。
本日も、出来るだけ、紹介します。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読です。

あかりちゃん余りにも、正論です️。凄いです️。フィードバックさせて頂きます。

48歳、去年、全く未練がない子宮を摘出した私ですが、術後は、地獄でした。 口、腕、尿道3方に管繋がれて、痛みとの闘い、動けない、食べれない、寝れない。 傷口は、一年以上経っても、まだまだしっかり残ってます。 ビキニなんて、一生着ないので、私は全く傷跡は気にしませんが、これをまだまだ若い30歳女性に、、、だなんて、 SFでも、ジョーダンでも許せません

百田さんって自分だけは浮気もしないし奥さん一筋で清廉潔白ですとご自身のことをずっと話されていましたよね。
今回、添田さん飯山さんにデート誘っていたり、気持ち悪いメッセージをしていたことを知って、私の人の見る目のなさに情けない気持ちになりました。 百田さんの偽善を教えてくださって飯山さんに感謝しています。

私は子宮筋腫で1年で10センチ以上大きくなってしまい、48歳の時全摘しました。
そこから腰痛が酷くなったり腸が癒着したり。辛かったです。
娘も30代です。
子宮摘出の発言は色んな人の心を傷つけてることを分かっていただきたい。

日本保守党党員規約第8条(倫理規範)を見ると「日本の国益を損すると認められる行為、品位を汚す行為」を行なってはならないとされ、これに反するものは解任や離党勧告等の措置または処分を行なう(第9条)となっています。 百田氏はこれに該当するのでは?

飯山さんいつもありがとうございます。
私は元々百蟻のファンで日本保守党を立ち上げた時は政治家には向かないと思いながらも応援の意味で党員になりました。
政党を立ち上げ時は散々党員勧誘をしておきながら「たかだか月500円くらいでワシを自由に出来ると思うな!」発言で党員解除しました。
飯山さんの内部告発のお陰で改めて ヤバい人物を頂点にヤバい集団なんだと思い知りました。
来年は参議院選挙があります。
これからも日本の公益の為に発信を 宜しくお願いします。

いつも変わらず全うなご指摘ありがとうございます。
その姿勢を貫く限り、応援する人は必ず増えていきます。
残念ながら、恥知らずの百有は助成金も歳費も公約通りには実践致しません。ただただ選挙に通るための方便に過ぎないと思っています。
有権者を騙すことくらい平気、支援してくれた人ですら平然と裏切った輩ですから。

そうなんですよね。
子宮は、子どもを授かるだけでなく、女性が健康に過ごせれるように働いてくれている臓器です。
おばが病気で子宮摘出してから亡くなるまで、あらゆる体調不良に苦しみました。
百有さんたちは自分たちを何でも知ってる知識人のように勘違いされているようですが、根っから無知です。
自分のことも理解できてない。

権威主義的な学者だと、何かと難しい言葉を並べ立てて説明しがちだが、飯山氏は、本年4月の衆院東京15区補選時における「保守とは?」とか、今日の同氏とフェミニストのものの考え方や立場の違いについてなど、抽象的な概念や、我々が分かっていそうでいてうまく説明できない事柄を誰にも分かり易い言葉で説明できる素晴らしい能力の持ち主。
ただただ敬服するばかりである。

飯山さんは天才だと思う。
長時間のライブでも表情、表現豊かで、まったく時間を感じさせない。

飯山さんは本当にすごい。
たとえ1対100万でも戦う姿勢にはいつも感服しております。
日保は今がピークです。
飯山さんに賛同する人達も日に日に増えています。
日保解党まて頑張りましょう。応援しております。
がんばれー

百は許したくない。
摘出した人の心をえぐる発言は…謝罪しても…あの発言は忘れない

飯山さん。
きょうもジムで筋トレをしながら聴いていますが、回を追うごとにあなたの発言にハッとすることが増えています。
笑いを誘いながら、これまで何か変だなと感じてきたことを、くっきりと指摘してくれます。
私よりはるかにお若いのに、物事を深く、正確に捉えていることに、感心する次第です。
小柄ながらも、正々堂々、正面から相手に打ち込む美しい女剣士を彷彿とさせます。

日本保守党の選挙公報見たときLGBT理解増進法のことが記載されていませんでしたね。
これって党立ち上げの一番の理由じゃなかったの?
彼らへ不信感が込み上げました。

改めて島田が使いものにならない単なるYESマンのビジネス議員だと分かりました。

百はやることが幼稚
百も有もそうだけど、島田も口先だけの人間なんだね。
何せ稲田朋美から敵前逃亡した男だから。

この稿続く。








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A sabedoria japonesa mudou três vezes a forma das batalhas navais

2024年11月20日 20時51分24秒 | 全般
A glória do Japão, que reescreveu duas vezes a história das batalhas navais, parecia
2024/1/22
O texto a seguir é do último livro de Masayuki Takayama, "Henken Jizai: Quem enterrou Shinzo Abe?
Este livro é o mais recente de uma série de edições encadernadas de suas famosas colunas no semanário Shincho, mas o texto original foi polido para torná-lo ainda mais fácil de ler.
Ele merece o Prêmio Nobel de Literatura apenas por este livro.
É uma leitura obrigatória não apenas para o povo japonês, mas para pessoas de todo o mundo.

A sabedoria japonesa mudou três vezes a forma das batalhas navais
O clímax da Guerra Russo-Japonesa foi a Batalha do Mar do Japão entre a Frota Unida liderada por Heihachiro Togo e a Frota do Báltico, que era três vezes maior que a Frota Unida.
Toru Hashimoto teria dito: "Sabíamos que perderíamos. Togo deveria ter fugido."
O New York Times também pensava assim.
Por ser uma cópia do produto padrão europeu de ambos os lados, o diâmetro da boca do canhão principal e a espessura da armadura eram quase iguais.
Nesse caso, a vitória ou a derrota seriam decididas pelo número de navios de guerra.
A Frota do Báltico, que tinha três vezes mais navios que os japoneses, parecia ter uma vantagem tripla.
Além disso, o lado mais pobre era uma nação não-branca, não acostumada a batalhas navais.
No entanto, o primeiro relatório que chegou à redação foi que “12 grandes navios, incluindo navios de guerra da Frota do Báltico, foram afundados”, enquanto a frota do Togo saiu completamente ilesa.
É uma história impossível.
Assim, o primeiro relatório foi acompanhado da seguinte declaração: “Há relatos de que um motim de marinheiros eclodiu na frota russa e que eles próprios puxaram o chefão e afundaram o navio”.
A primeira reportagem foi tão inacreditável para o NYT que eles ficaram tentados a tentar escapar impunes.
O relatório detalhado logo chegou e descobriu-se que a Frota do Báltico havia de fato desaparecido.
Mais do que isso, as nações ocidentais ficaram chocadas com a estratégia do Togo.
Desde a Grécia antiga, as batalhas navais eram travadas mergulhando a cabeça de um navio no flanco do navio adversário e afundando-o.
Por esta razão, a proa de todos os navios de guerra, incluindo o Mikasa de fabricação britânica e o Swarov de fabricação alemã, projetava-se como o queixo de Antonio Inoki e tinha uma projeção abaixo da linha d'água para arrancar a barriga do oponente.
No entanto, o Togo continuou a disparar armas precisas a vários quilómetros de distância, sem fazer contacto uma única vez com a frota russa.
Ele usou cartuchos de ácido pícrico, que tinham três vezes o poder destrutivo da munição usada pelo Ocidente, para primeiro engolfar o Oslavia, que estava revestido com uma espessa armadura de ferro, em chamas e depois afundá-lo.
O Ocidente não tinha tecnologia para embalar ácido pícrico, que explodia imediatamente ao entrar em contato com o ferro, em projéteis de artilharia.
Pakenham, um oficial de guerra britânico, testemunhou isso do encouraçado Asahi.
Depois de receber seu relatório detalhado, os britânicos criaram o encouraçado Dreadnought, que tinha dois níveis de três canhões principais para rivalizar com o método de guerra do Togo.
A era das lutas com os Rams acabou.
O nascimento do Dreadnought anunciou o início de uma nova era de grandes navios de guerra e armas.
A Grã-Bretanha colocou em risco a honra de sua nação naval.
Lançou o Super Dreadnoughts, que superou o Dreadnoughts e até o Super Super Dreadnoughts Prince of Wales, com o objetivo de se tornarem encouraçados ainda mais poderosos.
O Príncipe de Gales foi levado às pressas do Atlântico para Cingapura a pedido de Franklin Roosevelt no meio da última guerra.
Faltavam seis dias para o ataque a Pearl Harbor.
De acordo com o código decifrado, os japoneses planejavam atacar Pearl Harbor e a Península Malaia ao mesmo tempo.
A missão era vencer o inimigo com o soco.
Os japoneses deram o exemplo do poder de seus grandes canhões em um grande navio, e nós íamos mostrar a eles o poder dos nossos.
Exultante, Philips, comandante da Frota Oriental Britânica, fez uma surtida na costa da Malásia. O que apareceu diante dele não foi um navio de guerra japonês, mas um grupo de aeronaves de ataque terrestre Tipo 96.
O navio supostamente invencível e seu companheiro, o cruzador blindado Repulse, foram logo afundados por raios e bombardeios horizontais da aeronave.
Os japoneses, que foram pioneiros em grandes armas em batalhas navais, mostraram que esta não era mais a era dos grandes navios e grandes armas.
O Japão mudou mais uma vez o formato da guerra naval.
Os Estados Unidos mal haviam alcançado o sistema de guerra naval atualizado do Japão e tiveram a sorte de esmagar o grupo de porta-aviões japoneses em Midway.
O Japão, tendo perdido a sua posição no poder aéreo, dobrou os joelhos quando se tratou da libertação da Ásia.
A glória do Japão, que reescreveu duas vezes a história das batalhas navais, parecia ter acabado, mas logo após o fim da guerra, a Marinha dos EUA descobriu e capturou o vasto submarino I-401 ao largo de Sanriku.
Era do mesmo tamanho do submarino de ataque da classe Virginia, agora em construção pelos Estados Unidos.
No hangar abaixo do posto de comando, três bombardeiros Aichi M6A foram armazenados.
O subma japonêsrine pude chegar à Costa Leste dos Estados Unidos por causa de seu desempenho.
Nas profundezas das águas territoriais dos EUA, os Aichi M6As foram lançados e foram capazes de bombardear e destruir até mesmo o Pentágono.
Os EUA ficaram três vezes maravilhados e daí nasceu o conceito do moderno submarino nuclear estratégico, no qual um submarino nuclear fica submerso em águas profundas e lança mísseis.
Só agora eles estão alcançando a sabedoria dos japoneses.
Outro dia, Tenseijingo ridicularizou "o Japão apegado ao velho princípio dos grandes navios e das armas grandes" com uma história sobre o encouraçado Yamato, que partiu para Okinawa com passagem só de ida.
Eles não sabem nada sobre a situação e deixam seus filhos rabiscarem essas mentiras ignorantes.
É um jornal tolo.
(edição de 14 de julho de 2022)


2022/11/18 in kyoto
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Reposte! A glória do Japão, que reescreveu duas vezes a história das batalhas navais, parecia

2024年11月20日 20時44分56秒 | 全般
A glória do Japão, que reescreveu duas vezes a história das batalhas navais, parecia
2024/1/22

O texto a seguir é do último livro de Masayuki Takayama, "Henken Jizai: Quem enterrou Shinzo Abe?
Este livro é o mais recente de uma série de edições encadernadas de suas famosas colunas no semanário Shincho, mas o texto original foi polido para torná-lo ainda mais fácil de ler.
Ele merece o Prêmio Nobel de Literatura apenas por este livro.
É uma leitura obrigatória não apenas para o povo japonês, mas para pessoas de todo o mundo.
A sabedoria japonesa mudou três vezes a forma das batalhas navais
O clímax da Guerra Russo-Japonesa foi a Batalha do Mar do Japão entre a Frota Unida liderada por Heihachiro Togo e a Frota do Báltico, que era três vezes maior que a Frota Unida.
Toru Hashimoto teria dito: "Sabíamos que perderíamos. Togo deveria ter fugido."
O New York Times também pensava assim.
Por ser uma cópia do produto padrão europeu de ambos os lados, o diâmetro da boca do canhão principal e a espessura da armadura eram quase iguais.
Nesse caso, a vitória ou a derrota seriam decididas pelo número de navios de guerra.
A Frota do Báltico, que tinha três vezes mais navios que os japoneses, parecia ter uma vantagem tripla.
Além disso, o lado mais pobre era uma nação não-branca, não acostumada a batalhas navais.
No entanto, o primeiro relatório que chegou à redação foi que “12 grandes navios, incluindo navios de guerra da Frota do Báltico, foram afundados”, enquanto a frota do Togo saiu completamente ilesa.
É uma história impossível.
Assim, o primeiro relatório foi acompanhado da seguinte declaração: “Há relatos de que um motim de marinheiros eclodiu na frota russa e que eles próprios puxaram o chefão e afundaram o navio”.
A primeira reportagem foi tão inacreditável para o NYT que eles ficaram tentados a tentar escapar impunes.
O relatório detalhado logo chegou e descobriu-se que a Frota do Báltico havia de fato desaparecido.
Mais do que isso, as nações ocidentais ficaram chocadas com a estratégia do Togo.
Desde a Grécia antiga, as batalhas navais eram travadas mergulhando a cabeça de um navio no flanco do navio adversário e afundando-o.
Por esta razão, a proa de todos os navios de guerra, incluindo o Mikasa de fabricação britânica e o Swarov de fabricação alemã, projetava-se como o queixo de Antonio Inoki e tinha uma projeção abaixo da linha d'água para arrancar a barriga do oponente.
No entanto, o Togo continuou a disparar armas precisas a vários quilómetros de distância, sem fazer contacto uma única vez com a frota russa.
Ele usou cartuchos de ácido pícrico, que tinham três vezes o poder destrutivo da munição usada pelo Ocidente, para primeiro engolfar o Oslavia, que estava revestido com uma espessa armadura de ferro, em chamas e depois afundá-lo.
O Ocidente não tinha tecnologia para embalar ácido pícrico, que explodia imediatamente ao entrar em contato com o ferro, em projéteis de artilharia.
Pakenham, um oficial de guerra britânico, testemunhou isso do encouraçado Asahi.
Depois de receber seu relatório detalhado, os britânicos criaram o encouraçado Dreadnought, que tinha dois níveis de três canhões principais para rivalizar com o método de guerra do Togo.
A era das lutas com os Rams acabou.
O nascimento do Dreadnought anunciou o início de uma nova era de grandes navios de guerra e armas.
A Grã-Bretanha colocou em risco a honra de sua nação naval.
Lançou o Super Dreadnoughts, que superou o Dreadnoughts e até o Super Super Dreadnoughts Prince of Wales, com o objetivo de se tornarem encouraçados ainda mais poderosos.
O Príncipe de Gales foi levado às pressas do Atlântico para Cingapura a pedido de Franklin Roosevelt no meio da última guerra.
Faltavam seis dias para o ataque a Pearl Harbor.
De acordo com o código decifrado, os japoneses planejavam atacar Pearl Harbor e a Península Malaia ao mesmo tempo.
A missão era vencer o inimigo com o soco.
Os japoneses deram o exemplo do poder de seus grandes canhões em um grande navio, e nós íamos mostrar a eles o poder dos nossos.
Exultante, Philips, comandante da Frota Oriental Britânica, fez uma surtida na costa da Malásia. O que apareceu diante dele não foi um navio de guerra japonês, mas um grupo de aeronaves de ataque terrestre Tipo 96.
O navio supostamente invencível e seu companheiro, o cruzador blindado Repulse, foram logo afundados por raios e bombardeios horizontais da aeronave.
Os japoneses, que foram pioneiros em grandes armas em batalhas navais, mostraram que esta não era mais a era dos grandes navios e grandes armas.
O Japão mudou mais uma vez o formato da guerra naval.
Os Estados Unidos mal haviam alcançado o sistema de guerra naval atualizado do Japão e tiveram a sorte de esmagar o grupo de porta-aviões japoneses em Midway.
O Japão, tendo perdido a sua posição no poder aéreo, dobrou os joelhos quando se tratou da libertação da Ásia.
A glória do Japão, que reescreveu duas vezes a história das batalhas navais, parecia ter acabado, mas logo após o fim da guerra, a Marinha dos EUA descobriu e capturou o vasto submarino I-401 ao largo de Sanriku.
Era do mesmo tamanho do submarino de ataque da classe Virginia, agora em construção pelos Estados Unidos.
No hangar abaixo do posto de comando, três bombardeiros Aichi M6A foram armazenados.
O subma japonêsrine pude chegar à Costa Leste dos Estados Unidos por causa de seu desempenho.
Nas profundezas das águas territoriais dos EUA, os Aichi M6As foram lançados e foram capazes de bombardear e destruir até mesmo o Pentágono.
Os EUA ficaram três vezes maravilhados e daí nasceu o conceito do moderno submarino nuclear estratégico, no qual um submarino nuclear fica submerso em águas profundas e lança mísseis.
Só agora eles estão alcançando a sabedoria dos japoneses.
Outro dia, Tenseijingo ridicularizou "o Japão apegado ao velho princípio dos grandes navios e das armas grandes" com uma história sobre o encouraçado Yamato, que partiu para Okinawa com passagem só de ida.
Eles não sabem nada sobre a situação e deixam seus filhos rabiscarem essas mentiras ignorantes.
É um jornal tolo.
(edição de 14 de julho de 2022)

2022/11/18 in kyoto
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Republier ! Les universitaires de gauche américains soutiennent le rapporteur spécial Kaya

2024年11月20日 20時39分29秒 | 全般
Ce qui suit est la suite de l'article de Jason Morgan et Michael Yong intitulé "Les universitaires américains de gauche soutiennent le rapporteur spécial Kaya", paru dans le numéro d'hier du magazine mensuel Seiryon.
Le numéro de Shoron de ce mois-ci démontre que le fait de s'abonner à l'Asahi Shimbun et de regarder la NHK ne permet pas de découvrir la vérité.
Tous les citoyens japonais devraient immédiatement se rendre à la librairie la plus proche avec 900 yens pour s'abonner.
Un rapport de l'ONU avec de nombreux points à soulever 
Le rapport sur le Japon que Kaya a soumis au Conseil des droits de l'homme des Nations unies en juin révèle une stratégie de premier plan dans son format.
Le Japon a reçu de l'attention au même titre que le Honduras et la Turquie en Amérique du Sud et la Côte d'Ivoire en Afrique de l'Ouest.
En plaçant le Japon dans le même groupe que ces pays, le rapport tente clairement de donner l'impression que le Japon est le dernier au monde en matière de liberté d'expression et de liberté de la presse. 
Il est évident pour quiconque examine le rapport qu'il contient des erreurs.
Par exemple, le paragraphe 2 du rapport indique que "le rapporteur spécial (omis) a demandé publiquement à la société civile et à d'autres parties intéressées de contribuer à l'élaboration du rapport".
Ce qui n'est pas mentionné, cependant, c'est que Kaya, avec l'aide de Dudden et Wasserstrom et d'autres universitaires anti-américains d'extrême gauche, a ignoré les opinions qui ne correspondaient pas aux résultats prescrits en tant que rapporteur spécial de l'ONU. 
En outre, le rapport est truffé d'hypocrisie et de contradictions.
Par exemple, au paragraphe 5, M. Kay déplore "l'impact de la loi sur la protection des secrets spécifiés sur l'accès à l'information".
Cependant, l'employeur de M. Kaye - peut-être même M. Kaye en était-il conscient - bafoue la loi américaine pour protéger le secret spécifique du rapport de M. Kaye à l'ONU.
Au paragraphe 6, M. Kaya se plaint de "l'accès à l'information". Au paragraphe 8, "les États (en l'occurrence le Japon) doivent, en tout état de cause, éviter de condamner les journalistes, même si le contenu de leurs reportages est sévère ou sensible". 
Malheureusement, M. Kaya et ses amis d'extrême gauche ne nous ont pas accordé "l'accès à l'information". Lorsque nous et d'autres journalistes avons enquêté sur M. Kaya et ses contacts, nous avons été "condamnés" par leurs contacts.
M. Kaya aurait dû mentionner ce point. 
Le paragraphe 10 concerne les "femmes de réconfort" et les "crimes historiques" du Japon.
Sans surprise, ce paragraphe est principalement un rapport de Mme Dudden, une activiste sur la question des femmes de réconfort.
Il est très pratique pour Dudden de s'associer à Kaya, ce qui lui permet d'avoir accès aux documents de l'ONU et de rédiger une propagande sur les femmes de réconfort approuvée par les principales organisations internationales.
Lorsque des journalistes tentent de dénoncer cette manœuvre, M. Kaya ne respecte pas les normes d'ouverture journalistique qu'il préconise. 
Enfin, la plupart des critiques de M. Kaya concernant "l'intervention du Japon dans l'enseignement de l'histoire" au paragraphe 6 et dans le document 1 sont basées sur des "fake news", tout comme la propagande sur la question des femmes de réconfort.
Selon plusieurs ouvrages sur les relations nippo-coréennes écrits par le professeur Kan Kimura de l'université de Kobe sur la base de recherches approfondies, par exemple, la "controverse sur les manuels d'histoire" dans les années 1980 (que beaucoup au Japon, en Corée du Sud et aux États-Unis ont considérée comme une preuve du "virage à droite" du Japon) n'était pas statistiquement fondée.
L'Asahi Shimbun a publié un rapport erroné sur l'absence de problème le 19 septembre 1982.
Depuis lors, et jusqu'à aujourd'hui, l'Asahi Shimbun et la communauté universitaire américaine ont été des partenaires de danse virtuels dans la "valse des fausses nouvelles".
Et maintenant, c'est Kaya qui donne le ton.
La couverture de l'ONU 
L'image globale qui en ressort est très problématique.
David Kaya, un membre de la faculté de droit partial, récemment fondé et peu connu, a été utilisé par des agents politiques au sein de la communauté universitaire américaine pour rédiger un rapport dénigrant le Japon, sous couvert de l'ONU, selon lequel le gouvernement japonais restreint la liberté d'expression. 
Plus précisément, ce rapport est un camouflage hypocrite de la "sale guerre" politique menée par la gauche antijaponaise depuis la salle des professeurs contre les alliés des États-Unis.
En outre, la coïncidence entre le rapport de l'ONU et la publication de son livre n'est pas fortuite, puisque Kaya vient de publier un nouveau livre aux États-Unis.
Son fil Twitter est rempli de messages sur son nouveau livre et de photos de lui avec des lecteurs. 
Les surprises ne s'arrêtent pas là.
La conspiration autour de Kaya était bien plus importante.
Dans un courriel dans lequel Dudden demandait à Kaya d'ignorer les conservateurs au Japon, Dudden promettait de contacter Nancy Pelosi, membre démocrate du Congrès de Californie et aujourd'hui présidente de la Chambre des représentants, sur la question des femmes de réconfort.
Mme Dudden semble avoir un passé d'association avec le camp de gauche à Washington.
On pense qu'elle a utilisé sa position politique pour accroître son pouvoir politique dans le monde universitaire américain et qu'elle a fourni à Kaya les informations qu'elle avait obtenues. 
Il ne faut pas oublier que Mme Dudden est une disciple de Norma Field, professeur émérite à l'université de Chicago, l'un des professeurs d'extrême gauche aux États-Unis.
Mme Dudden n'est liée qu'à des communistes comme Margaret Mead, Ruth Benedict et E. Herbert Norman, partisans du "War Guilt Information Program (WGIP)", qui a instillé un sentiment de culpabilité chez les Japonais. 
Ainsi, le réseau antijaponais qui entoure Kaya ne connaît pas de limites.
Nous continuerons à élargir le champ de notre enquête pour en savoir plus sur les antécédents antijaponais. Après tout, Kaya croit fermement en la liberté d'expression, nous divulguerons donc toutes les informations cachées au public et donnerons l'exemple de la liberté d'expression.
 



2022/11/18 in kyoto
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These are the top 10 real-time search numbers as of 8:47 on 2023/7/10.

2024年11月20日 20時36分32秒 | 全般


 
 

2022/11/18 in Kyoto
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Repost! It was a popular page yesterday, 2021/7/7.

2024年11月20日 20時31分53秒 | 全般
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中国に「よくない印象を持つ」と答えた人はドイツで71%フランスで70%に達した。 

2024年11月20日 20時27分27秒 | 全般
先月発表の世論調査では中国に「よくない印象を持つ」と答えた人はドイツで71%フランスで70%に達した。 
2020年11月22日

以下は昨日の産経新聞からである。
三井美奈 パリ支局長
*彼女は現役の女性記者としては希少な本物のジャーナリストである*
EUの対中政策 再考の時
欧州結束、米新政権の「求心力」カギ
米国の政権交代を前に、中国の動きが活発だ。
日中韓など15ヵ国が15日、地域的な包括的経済連携(RCEP)の協定に署名したニュースは、欧州でも「バイデン氏が中国と対峙する初の関門」(仏紙 ルモンド社説)と強い関心を集めた。 
習近平国家主席は、これに先立つ12日、フランスが主催する国際会議「パリ平和フォーラム」にオンライン出席した。
「多国間主義を守り、一国主義に対抗せねばならない」と米国へのライバル心をむき出しにした。
地球温暖化や新型コロナウイルスヘの対策など、欧州で関心が高い問題をあげて、「一緒にやろう」と呼びかけた。
ほんの少し前なら、習氏の熱弁はもっと注目されたかもしれない。
だが、新型コロナの「第2波」にあえぐ欧州で、中国に対する視線は冷ややかだ。
今春の第1波襲来峙、中国は医療品を欧州に送り、「中国への感謝」を強要した。
中国批判を封じ込めるような、高圧的な世論工作は反感を招いた。
先月発表の世論調査では中国に「よくない印象を持つ」と答えた人はドイツで71%フランスで70%に達した。  
中国の焦り  
EUは、トランプ米政権の中国たたきとは一線を画した。
中国を「競争相手」と位置付けながら、協力の道を探った。  
トランプ政権は温暖化対策「パリ協定」やイラン核合意を一方的に離脱し、EUを貿易の「敵」と位置付けた。
EUは大きな衝撃を受け、中国を頼りにせざるを得なくなった。
そこへ、パリ協定復帰を公約に掲げたバイデン氏が現れ、多国間主義を掲げた。
習氏が慌てるのも当然だろう。 
一方で、EU経済にとって中国市場は欠かせない。
独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)は新車販売の4割を中国に頼る、フランスのブランド産業でも、中国は大事な顧客。
経済規模の小さい東欧諸国は、中国の気前のよいインフラ投資を歓迎する。 
メルケル独首相は2005年の就任以来、12回中国を訪問した。
日本は6回だから、思い入れの強さは明らかだ。
昨秋の北京訪問は、香港で民主化デモが高まるさなかだった。
メルケル氏は記者会見で 「暴力はよくない。対話による政治解決を」と述べるにとどめ、中国批判を避けた。
対中関係への配慮から、新彊ウイグル自治区の人権侵害で米国が制裁をかけても、EUは及び腰だった。 
技術力競合 
ところが、経済でも中国への懐疑論が強まっている。
中国は市場開放に動くどころか、国内企業を保護し、技術力で欧州と競合するようになったからだ。 
04年以降、中国の高速鉄道事業に参入した独シーメンスや仏アルストムは、中国側への技術移転を迫られた。
中国は欧州の技術を吸収し、国産化を進めた。
15年に発足した国営企業「中国中車」は世界最大の鉄道車両メーカーとなり、いまでは中国の国内案件をほぼ独占する。 
EUは「中国第一」の商慣行、閉鎖市場を何とか改善しようと、中国との投資協定締結を目指した。
交渉は7年に及ぶのに、中国は全く譲歩しない。
それどころか、事態は悪化している。
北京にある欧州商工会議所は今年の報告書で、「公共入札では外資規制が強まった。欧州企業に商機があるのは、地元企業と技術競合しない分野だけ」と指摘した。
欧州が先行した環境関連技術でも、中国は猛追した。
人工知能(AI)やデジタル産業では、欧州を凌駕する。
欧中の力関係は過去10年で逆転した。 
勢いを得た中国企業は、欧州インフラ市場に攻勢をかける。
スウェーデンやポルトガルの地下鉄建設入札で、次々と競り勝った。
EU企業からは「普通ではありえない低価格だ」という不満が出た。 
外交の迷い
中国への視線は厳しくなったものの、EUには確固たる対中政策がない。
EUの27加盟国中、少なくとも15ヵ国は、中国と巨大経済圏構想「一帯一路」の覚書を結んでいる。
「米国とともに中国と正面対決せよ」という国は目下皆無だ。  
ドイツ機械工業連盟(VDMA)で東アジア政策を担当するオリバー・バック氏は、「EUが中国と対等な投資協定を結べるとは、正直言って期待してはいない。欧州市場でも中国はライバル。それでも、中国市場の魅力は、とてつもなく大きい」と話す。 
こうした迷いは、外交に反映されている。
EUではフランスに続き、ドイツが9月、「インド太平洋戦略」を発表した。
ドイツの戦略は中国だけでなく、日本や東南アジア諸国とも関係を深める、という方針にとどまる。
「台湾」「香港」の文字は皆無だ。
対中警戒感が高まるインド太平洋諸国とは当然、意識のズレがある。
今月5日、オーストラリア、ドイツの両国防相がオンライン対談を行った。  
レイノルズ豪国防相は、中国の海洋進出を念頭に、「軍事力による現状変更があってはならない。将来はドイツとも国防で協力したい」と呼びかけた。
これに対し、クランプカレンバウアー独国防相は「中国は野心的な目標のため、だれかを犠牲にしてはいけない。法の支配は重要」と、原則を述べるにとどまった。
「ドイツは中国と関係が深いが、価値観は米国と共有している」と、悩ましい心情も吐露した。 
抗議や警鐘 
欧州の優柔不断な姿勢が変わるとすれば、米新政権のリーダーシップ次第だろう。
バイデン陣営の発言からは、北大西洋条約機構(NATO)やアジアの同盟国とともに、中国を封じ込めようとしていることが分かる。 
欧州側にも米国に呼応する素地ができ始めた。
中国の影響が今や庶民生活でも顕著だからだ。
欧州では、スマートフォン市場の3割を苹為技術(ファーウェイ)、小米科技(シャオミ)の中国勢が占める。 
米国は今夏、監視カメラの世界最大手、杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)を 「共産主義中国の軍事企業」と認定し、制裁対象リストに載せた。
EU本部では、同社製品が入り口警備に使われている。
ぼんやりしているうちに、EU中枢まで中国の監視技術が入り込んだ。
EU職員組合は今月、「新彊ウイグル自治区の人権侵害に加担している疑惑企業。その製品を使ってよいのか」と抗議し、個人データの保護を欧州委員会に求めた。 
EU欧州議会で中国部会代表を務めるラインハルト・ビューティコファー議員(独出身)は、「中国は国際秩序を覆し、自国中心の世界につくり変えようとしている」と警鐘を鵈らす。
中国の人権侵害だけでなく、共産党による独裁政治、経済支配への危機感が、地理的に離れた欧州でもようやく論じられるようになった。
バイデン氏の大統領就任で、同議員の「米国やほかの民主主義国と連携して立ち向かうべきだ」という訴えが、支持を伸ばすのは間違いない。


2022/11/18 in kyoto
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再発信!韓国は独自核武装を」59→71%…「日本の核武装も賛成」17→35%[韓国安保、国民に尋ねる]…中央日報

2024年11月20日 20時24分57秒 | 全般

「韓国は独自核武装を」59→71%…「日本の核武装も賛成」17→35%[韓国安保、国民に尋ねる]

「韓国は独自核武装を」59→71%…「日本の核武装も賛成」17→35%[韓国安保、国民に尋ねる](中央日報日本語版) - Yahoo!ニュース

中央日報と東アジア研究院(EAI)の共同企画世論調査の結果、一般国民の10人に7人は韓国が独自に核武装することに対して賛成していることが明らかになった。
米国が提供する拡大抑止に対する信頼度は過去1年間で大きく落ちた反面、核武装に対する世論の声は一層高まっている格好だ。
あわせて日本の核武装を賛成する世論も相対的に高まった。

◇韓国国民の10人に7人「核武装を」
今回の調査で、回答者の71.4%は「北朝鮮が核を放棄しない場合、韓国は核武装しなければならない」と回答した。
以前からも核武装支持世論は半分以上あったが、傾向に変化が生じた。
「核武装賛成」と回答した比率は、2022年69.6%だったが昨年韓米両国の北朝鮮に対する拡大抑止強化方案を盛り込んだ「ワシントン宣言」が出されて58.5%に低くなった。だが今年再び2年前の水準まで反騰した。
これは、この1年間で米国が提供する拡大抑止に対する不信が急増(26.2%→47.4%)したこととも一因となっている結果だと解釈することができるとEAIは指摘した。
韓米がワシントン宣言以降、「核協議グループ(NCG)」の発足や「韓半島(朝鮮半島)核抑制核作戦指針」への署名など顕著な成果をあげたものの、世論はこれを十分に信じることができず、自らの核武装に徐々に傾斜している格好だ。

◇「日本も核武装すべき」
2年間で4倍に
注目されるのは日本の核武装を支持する世論も共に高まる傾向にある点だ。
「北朝鮮が核を放棄しない場合、日本は核武装するべき」と回答した比率は、2022年には9.1%にすぎなかったが、昨年17.2%まで高まった。
今年は34.8%まで上昇した。
2年間で4倍近く増加した。
これは日本の軍事力強化を警戒する一般的な認識とはやや相反する結果として見ることができる。
国民大多数の認識が、北朝鮮の核・ミサイル脅威が徐々に高度化する中で→米大統領選挙の結果によって「核の傘」が弱まる場合もあることから→韓日が「同伴核武装」を通じて、自らの抑制力を強化しなければならないという結論に至るわけだ。
今回の調査で、回答者の72%は「北朝鮮は核を放棄しないだろう」と悲観したが、その一方で82.9%が相変らず「北朝鮮非核化という目標を維持しなければならない」と答えたのもこのような脈絡と見ることができる。
不安と不信の中でも非核化という目標は揺らぐことなく追求していかなくてはならないという認識が、結局韓日が手を携えて自己防衛しなくてはならないという判断につながったという解釈が可能だ。
ここには韓国と日本が同じような脅威に直面しているという現実認識が根底にあるとみられるが、同時に日本との安保協力の必要性に共感する国民が相当いるという傍証だと見ることができる。

◇「韓日安保協力」
安定的支持
実際「北朝鮮の核・ミサイル脅威に対応して韓日の安保協力が必要」という回答は昨年72%、今年70.8%と、70%台以上を維持した。
安保協力の程度に関して、今年は回答者の35.6%が「情報共有が必要」、21.6%は「情報共有だけでなく、共同対応のための政策協議体を新設すべき」と回答した。
回答者の5人に1人は、現在の韓日軍事情報包括保護協定(GSOMIA)以上の協力が必要だと考えている。



2024/10/6 in Umeda

 
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