文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

その結果、生涯を一時も寝ないで泳ぎ続けなければならない。もし一たび休んだら呼吸ができずに死んでしまう。

2023年04月07日 10時49分17秒 | 全般

「マグロ学 一生泳ぎ続ける理由とそれを可能にする体の仕組み」中村 泉著
2011年08月07日に発信した章である。
検索妨害(検索除外)の犯罪に遭っていた。
再発信する。

半生をマグロにかけた研究ノート
文芸ジャーナリスト重金敦之
…週刊朝日8月5日号
なかむら・いずみ=一九三八年、愛知県生まれ。京都大学助教授での退官までに十五回の調査航海に参加して、世界の海でマクロ、カジキの調査に従事。
今やマグロの美味しさは日本だけでなく、世界中に知れ渡っている。天然クロマグロ(ホンマグロ)のトロともなれば、生でも冷凍であっても、きわめて「高価な」魚だ。天然と断つたからには、養殖もあるが、値段も決して劣らない。
したがって、現在は世界中のマグロが日本を目指して、航空便で運ばれる。「成田漁港」とまで揶揄されるほど、まさに「空飛ぶマグロ」だ。
しかし、その生態となるとほとんど知られていない。マグロは口を開けたまま泳ぎ、入ってきた海水を鰓の上に通して海水から酸素を得る。
持続的に高速で回遊できるように魚体は紡錘形となり、強力な尾びれが発達した。
内部の血管や筋肉の組織も進化し、曲線美を誇る完璧な「流体抵抗減少マシン」を作り上げた。
その結果、生涯を一時も寝ないで泳ぎ続けなければならない。もし一たび休んだら呼吸ができずに死んでしまう。
水族館のマグロを観察すると、二十四時間止まらない。
夜間は泳ぐスピードが遅く日中は速い。代謝を控えめにして、ゆっくりと回遊する夜間が睡眠に当たるのだろう。
高速で回遊を続けるには、エネルギー源となる餌を食べなくてはならない。大きなマイワシの群れに遭遇すると、弧を描いて海面近くに押し上げる。
マイワシが大きな球になると、海面にジャンプして上から襲う派と下から追いつめる派に分かれ、効率的な食事ができる。
マグロの群れでは、サル山のボスのようなリーダーは存在しない。
同じ程度の遊泳能力を持つマグロが集まって群れを作り回遊するのが、何かにつけて有効なのだろう。
著者は、マグロの分類を研究しているうちに、マグロの魅力に取りつかれた。
北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』で知られる水産庁の調査船「照洋丸」などにも乗船し、七つの海でマグロの群れを追いかけてきた。
著者が研究に取り組み始めた一九六〇年代前半は、まだ分類も正確にはできていなかった。
デパートやスーパーに並ぶマグロに「養殖」という品質表示を見ることがある。これは幼魚を大きな生け簑の中で餌を与えて肥育させたものだ。
正確にいうなら、「蓄養」という言葉がふさわしい。
オーストラリアのミナミマグロが最初といわれ、今では、日本、メキシコ、アメリカ、カナダなどのほか、地中海諸国がクロマグロの蓄養に積極的だ。
それに対して「完全養殖」という言葉がある。天然幼魚を育てた成魚から卵を採取、ふ化させて育った親魚から、さらに「二代目」の稚魚を得て成魚になるまで育てるのだ。
近畿大学水産研究所大島分室が三十二年の長い歳月を掛けて成功させ、商品として流通するまでになった。まだ世界中でどこの国も試みていない。
著者の筆は食文化の領域にまで及び、マグロのおいしさは醤油なしには考えられない、と説く。
江戸時代後期から、マグロを醤油に漬けて保存する「ヅケ」なる技法が生まれた。
しかし昭和初期までトロは好まれなかったと言い切るのには、いささか疑問が残る。
大正九年に志賀直哉が発表した「小僧の神様」には、すし屋で「好きな鮪の脂身が食べられる頃」という表現がすでにある。
近ごろ第二次大戦前はトロが好まれず戦後にもてはやされたという意見が多いのは、納得できない。ネット情報の増幅作用ではあるまいか。

本書は「マグロ大好き民族」の日本人なら、当然に知っておきたいマグロの分類、漁法、流通、旬などの濫蓄を得ることができる。
食べ物についての濫蓄はひけらかすと折角の美味を損ねることにもなるが、節度を持って食卓の話題とすれば、食べ物の旨味も層倍に増すはずだ。
著者は、眠りに就くとき、「君たちマグロは寝ないで、泳ぎ続けているのだね。申し訳ない」と考えることもあるそうだ。
まさに半生をマグロ研究にかけた「マグロ学者」の貴重な研究ノートである。

2023/4/4, in Kyoto


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