写楽爺の独り言

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紹介をメインにしています

信州ドライブ旅行-5 最終回

2011年09月05日 | 旅行など
夏休み信州ドライブ旅行、宿泊は野尻湖ホテル エルボスコに一泊でした。
旧野尻湖プリンスホテルだったホテルで、野尻湖の妙高高原よりの湖畔にあり
車のすれ違いがギリギリの細い山道をを行きます。
シティーホテルとも観光地のホテルとも違う緑に包まれたホテルです。


 (1)ホテル内エレベータホールから窓越しに見る野尻湖


 (2)客室からの野尻湖


 (3)朝目覚めた時対岸が朝陽に輝いていました


 (4)朝食後のホテル前 青空が見えていましたが・・。



2日目は孫のたっての希望だった「忍者からくり屋敷」「チビッ子忍者村」が目的です。
天気予報は雨、青空があるうちにと早めにチェックアウトしたのですが、
戸隠高原に向かい高度が上がるにつれ青空は見えなくなり空は黒い雲に覆れ
「戸隠民族資料館」「戸隠忍者からくり屋敷」に着いた時は完全な雨でした。
私と妻は車で待機することにしました。
 (写真は孫にコンデジを持たせました)

 (5)忍者資料館の展示


 (6)忍者資料館の展示



 (7)民俗資料館の展示


 (8)民俗資料館の展示


 (9)民俗資料館の展示


 (10)「チビッ子忍者村」は"チビッ子"の名の通りチビッ子が喜びそうな施設でした。
       雨のためここでも私と妻は休憩所で待機していて写真はほとんど有りません。



          今回で「信州ドライブ旅行記」の最終回となります。

信州ドライブ旅行-4 小布施

2011年09月02日 | 旅行など
松代の散策を終え国道403号須坂経由で小布施え向かいました。
『小布施町』「栗と北斎と花のまち」と言われています。
栗は栗の木の栗、北斎とは浮世絵の葛飾北斎の事で、花のまちとは「フローラルガーデンおぶせ」や個人が手入れした庭を公開している「オープンガーデン」等です。
豪農商高井家に生まれた高井鴻山は江戸・京都で学問芸術を学び豪商でありながら庶民のリーダーとして幕末の変革にも関わってきました。
佐久間象山や北斎など思想家や文化人との交流も深く、天保の改革での取り締まりから北斎を守るため呼び寄せたとも言われています。

  小布施では「日本のあかり博物館」や「北斎館」も見学しましたが館内撮影禁止のため写真は有りません。

 (1)小布施「栗の小道」


 (2)「栗の小道」の栗の木 と 屋根瓦の上に落ちた栗



 (3)「高井鴻山記念館」東門付近


 (4)「高井鴻山記念館」敷地内の歩道


 (5)「高井鴻山記念館」庭にて


曹洞宗梅洞山『岩松院」 
開創は1472年と言われ、「北斎・正則・一茶ゆかりの古寺」として有名です。
本堂の天井には北斎が晩年に描いた「八方睨み鳳凰図」があります。
本堂裏手の墓地には豊臣秀吉の重臣で天下分け目の関ヶ原の合戦では徳川方に
つき広島城の大名となった、福島正則の霊廟があります。この地に埋葬されたのは幕府の陰謀により信越地方に国替えとなったからです。
小林一茶がこの地で詠んだ「やせ蛙 まけるな一茶 ここにあり」の句碑もあります。

 (6)岩松院 仁王門 


 (7)本堂 この本堂の天井に21畳の「八方睨み鳳凰図」が描かれています


 (8)


 (9)福島正則の霊廟 正則は没後荼毘に付され霊廟には遺骨が埋葬されているそうです。



 (10)墓地脇に並ぶお地蔵さま