12月10日は新聞休刊日なので昨日のコラムの一部を紹介します。
毎日新聞
・ 皇后美智子さまは各地のハンセン病療養所を訪れ、歌を詠まれている。<めしひつつ住む人多きこの園に風運びこよ木の香花の香>。目の見えない患者を思う優しさがにじむ。弱い立場の人へのまなざしは今も変わらない
▲美智子さまは公式行事以外にも、ご自身の思いから、さまざまな場所に出向き、多くの人と会ってきた。皇室の歴史を踏まえつつ、新しい皇后像を模索してきたのだ。来年5月に皇后となる雅子さまがきょう、55歳の誕生日を迎えられた。美智子さまならどうするのか、と悩むこともあるだろう
▲美智子さまがそうであったように、雅子さまらしさが次第に国民に伝わっていくはずである。もちろん、国民は体調を気づかっている。適応障害と診断されて以降、海外訪問などの負担に配慮した日程の調整が続く
▲雅子さまは誕生日に際して公表した文書の中で、皇后になることへの不安も示しつつ、「国民の幸せのために力を尽くしていくことができますよう、研鑽(けんさん)を積みながら務めてまいりたいと思っております」と述べている。強い決意が伝わってくる
▲昨年末、障害者週間にちなんだ式典に出席した時には、女子児童が障害のある弟を大切にする作文を読むと、目をうるませたという。女児の優しさに心を打たれたのだろう。美智子さまがハンセン病患者を思って詠んだ歌にも通じる。<いたみつつなほ優しくも人ら住むゆうな咲く島の坂のぼりゆく>
▲雅子さまもゆっくりと歩んでいくに違いない。ご自身の坂道を。
日本経済新聞
・ 彼女は生涯で最高のガールフレンド――。ドキュメンタリー映画「人生フルーツ」に、建築家で90歳の夫が87歳の妻をこう語る場面がある。大都市郊外の雑木林に囲まれた家で、なかば自給自足の生活。穏やかな暮らしが共感を呼び、公開から2年近い今も上映が続く。
▼人生とフルーツ。ちょっと不思議な取り合わせの題が、静かで実り豊かな夫婦の数十年を巧みに伝えた。●(歌記号)やると思えばどこまでやるさ、と歌う「人生劇場」では重さと粋。有名な玩具の「人生ゲーム」ならジェットコースターのような激しさ。下につく言葉次第で表情を変えるのが人生の2文字か。いずれもヒットした。
▼これは人々に広まるだろうか。先日、厚生労働省が打ち出した「人生会議」だ。命の終わりが近づいたときに、どんな医療をどこまで受けたいか。ふだんから家族や医師と話し合っておこうと呼びかけ、公募作品から愛称を選んだ。「わが家も一度、人生会議を開こうか」。子が両親にそう語りかける場面などを想定する。
▼発案者は現役の看護師だそうだ。お年寄りが意識を失い、不本意な延命を施されたり、子の意見が割れたり。そうした事態を避ける願いを込めた。大事なのは本人の考えを周りが知ること。結論を焦る必要はないという。なるほど結論不在の会議は世に多い。選考結果に戸惑いの声もあるが、案外うまい命名かもしれない。
中日新聞
・ かばんに入れたブローチがない。壁にあった絵が消えた。誰も入れない屋根裏部屋からは足音が聞こえてくる…。米映画の「ガス燈」である
▼度重なる怪現象にイングリッド・バーグマン演じる女性はついに自分がおかしくなったと信じ込むようになる。裏があった。すべては、夫の仕業。妻を混乱に追い込み、思うがままに操ろうというのである。衰弱していくバーグマンの演技が見どころである
▼英オックスフォード辞典の「今年の言葉」。「毒性のある」という意味の「TOXIC」が選ばれたが、候補にはこの映画からきた言葉も挙がった。「GASLIGHTING(ガスライティング)」
▼あの夫のようにウソや工作で追い込み、やがては自分の正気まで疑わせることをいう。都合の悪い話を「偽ニュース」と決めつける米トランプ政権の手口にたとえられ、候補に挙がった
▼外国人を数十万規模で受け入れるという国の転換点になるであろうに制度の詳細も示されず、十分な審議もないまま、改正入管難民法などが成立した
▼さては非常識で不可解な国会の「怪現象」によって国民の心を混乱させる「ガスライティング」かと言いたくなるが、これは当たらぬ。中身の見えぬ法も空虚な審議も強行採決もすべては覆らぬ事実なのである。ガスライティングなんぞ比べものにならぬほど政権与党のそのやり方が恐ろしい。
※ 限られた文字数の中で、主題を入れて、オチも入れて、ちょっとユーモアもある、そんなコラムニストの文章力、表現力、そして哲学はすばらしい。
これだけで、大学入試はできそうです。
審査はたいへんですが。
毎日新聞
・ 皇后美智子さまは各地のハンセン病療養所を訪れ、歌を詠まれている。<めしひつつ住む人多きこの園に風運びこよ木の香花の香>。目の見えない患者を思う優しさがにじむ。弱い立場の人へのまなざしは今も変わらない
▲美智子さまは公式行事以外にも、ご自身の思いから、さまざまな場所に出向き、多くの人と会ってきた。皇室の歴史を踏まえつつ、新しい皇后像を模索してきたのだ。来年5月に皇后となる雅子さまがきょう、55歳の誕生日を迎えられた。美智子さまならどうするのか、と悩むこともあるだろう
▲美智子さまがそうであったように、雅子さまらしさが次第に国民に伝わっていくはずである。もちろん、国民は体調を気づかっている。適応障害と診断されて以降、海外訪問などの負担に配慮した日程の調整が続く
▲雅子さまは誕生日に際して公表した文書の中で、皇后になることへの不安も示しつつ、「国民の幸せのために力を尽くしていくことができますよう、研鑽(けんさん)を積みながら務めてまいりたいと思っております」と述べている。強い決意が伝わってくる
▲昨年末、障害者週間にちなんだ式典に出席した時には、女子児童が障害のある弟を大切にする作文を読むと、目をうるませたという。女児の優しさに心を打たれたのだろう。美智子さまがハンセン病患者を思って詠んだ歌にも通じる。<いたみつつなほ優しくも人ら住むゆうな咲く島の坂のぼりゆく>
▲雅子さまもゆっくりと歩んでいくに違いない。ご自身の坂道を。
日本経済新聞
・ 彼女は生涯で最高のガールフレンド――。ドキュメンタリー映画「人生フルーツ」に、建築家で90歳の夫が87歳の妻をこう語る場面がある。大都市郊外の雑木林に囲まれた家で、なかば自給自足の生活。穏やかな暮らしが共感を呼び、公開から2年近い今も上映が続く。
▼人生とフルーツ。ちょっと不思議な取り合わせの題が、静かで実り豊かな夫婦の数十年を巧みに伝えた。●(歌記号)やると思えばどこまでやるさ、と歌う「人生劇場」では重さと粋。有名な玩具の「人生ゲーム」ならジェットコースターのような激しさ。下につく言葉次第で表情を変えるのが人生の2文字か。いずれもヒットした。
▼これは人々に広まるだろうか。先日、厚生労働省が打ち出した「人生会議」だ。命の終わりが近づいたときに、どんな医療をどこまで受けたいか。ふだんから家族や医師と話し合っておこうと呼びかけ、公募作品から愛称を選んだ。「わが家も一度、人生会議を開こうか」。子が両親にそう語りかける場面などを想定する。
▼発案者は現役の看護師だそうだ。お年寄りが意識を失い、不本意な延命を施されたり、子の意見が割れたり。そうした事態を避ける願いを込めた。大事なのは本人の考えを周りが知ること。結論を焦る必要はないという。なるほど結論不在の会議は世に多い。選考結果に戸惑いの声もあるが、案外うまい命名かもしれない。
中日新聞
・ かばんに入れたブローチがない。壁にあった絵が消えた。誰も入れない屋根裏部屋からは足音が聞こえてくる…。米映画の「ガス燈」である
▼度重なる怪現象にイングリッド・バーグマン演じる女性はついに自分がおかしくなったと信じ込むようになる。裏があった。すべては、夫の仕業。妻を混乱に追い込み、思うがままに操ろうというのである。衰弱していくバーグマンの演技が見どころである
▼英オックスフォード辞典の「今年の言葉」。「毒性のある」という意味の「TOXIC」が選ばれたが、候補にはこの映画からきた言葉も挙がった。「GASLIGHTING(ガスライティング)」
▼あの夫のようにウソや工作で追い込み、やがては自分の正気まで疑わせることをいう。都合の悪い話を「偽ニュース」と決めつける米トランプ政権の手口にたとえられ、候補に挙がった
▼外国人を数十万規模で受け入れるという国の転換点になるであろうに制度の詳細も示されず、十分な審議もないまま、改正入管難民法などが成立した
▼さては非常識で不可解な国会の「怪現象」によって国民の心を混乱させる「ガスライティング」かと言いたくなるが、これは当たらぬ。中身の見えぬ法も空虚な審議も強行採決もすべては覆らぬ事実なのである。ガスライティングなんぞ比べものにならぬほど政権与党のそのやり方が恐ろしい。
※ 限られた文字数の中で、主題を入れて、オチも入れて、ちょっとユーモアもある、そんなコラムニストの文章力、表現力、そして哲学はすばらしい。
これだけで、大学入試はできそうです。
審査はたいへんですが。