第7章 【オサビシ峠とマダカ道】
関門を過ぎてすぐ、手を振っている人がいる。
トライアスロンをやっている畑中さんだ!
去年もこの辺りでラン友達の応援をしていた。
「去年より、早いよ~」と声援をもらった。
知り合いに応援してもらうと、嬉しくて力が出てくる。
が、さすがにここまで来るとそのパワーも長持ちしない。
脚にもかなり痛みが出てきている。
ヘロヘロになりながら走っていると後ろから
「イチゴちゃんにやっと追いついた」と声が…。
第4関門で気分が悪くなり、ちょっと休むと言っていた福留さんだった。
何とか回復し、驚異的な頑張りでここまで来たようだ。
まだ気分は悪そうだが、足取りはしっかりしている。
走り去る後姿を見ながら、そういえば他のラン友達はどうなったのか気になった。
私はほぼ最後尾を走っている。
すぐ後ろに来ていればいいのだが…。
しかし、後ろを振り返る余裕はない。
私もギリギリなのだ。
狭いコンクリート道をひたすら走った。
やがて、最後の難関、象ヶ鼻に来た。
景色は最高だ。
残念ながら、曇っていてイマイチだが、その代り緑の色がより鮮やかに映える。
ここまで、ほとんど写真は撮らずに来たが、少しだけシャッターを切った。
87.5kmのエイドに着いたが、なぜか撤収作業をしていた。
水がなくなったのだろうか?
幸い、のどの渇きは無いが、ちょっとガッカリした。
90kmのエイドまで我慢だ。
ここからは一気に下る。
既に脚はボロボロに近い。
着地するたびに膝と足首付近に激痛が走る。
声には出さないが、苦痛に顔がゆがむ。
傾斜の強いところは歩くがそれでも脚が悲鳴を上げる。
しかし、時間が無い。
歩みを止めるわけにはいかないのだ。
どうにか、激坂を抜け、少しゆるやかになったので
再び、走り始めた。
90kmのエイドが見えてきた。
さっきの分まで給水。
ずいぶん冷え込んできているが、脚と首へのかけ水もする。
エイドを出たがここはまだ90km地点ではない、去年の経験で知っているから気を緩めずに走る。
昼なお暗い林の中を走る。
オサビシ峠だ。
曇っているので暗さが一層増している。
夜は不気味だろうなぁ~と思いながら走っていると
前方に白っぽいウエアを着た女性ランナーの姿が見えてきた。
暗がりにボウッと浮かぶその姿は白百合のようでもあるが、ちょっと怖い感じもする。
もっとも、むこうも巨大なイチゴが付いてくるのに恐怖を覚えているかもだが。
ナンバーに見覚えがある。
開会式で選手宣誓をしたご夫婦の奥さんだ。
このご夫婦とはレース中、大体同じペースで常に前後しながら走っていた。
御主人がサポート役に徹しているようで、エイドのフードを袋に入れて奥さんに手渡したりして
なんとも微笑ましい姿を何度も見かけた。
素晴らしい夫婦愛だ!
羨ましい…。
しかし、ご主人の姿は見当たらない。
今、ここを走ってるということは関門ギリギリ。
おそらく、一緒にいると二人とも関門リタイアの危険があるので、ご主人だけでも完走できるように
奥さんが先に行くように言ったのだろう。
ご主人は最後までサポートする気持ちだったが、奥さんの想いを受けて後ろ髪引かれる思いで
先へと行ったに違いない。
これも夫婦愛だ!素晴らしい!!
などと、妄想を広げている場合ではない。
このままのペースでも関門には間に合うが、ギリギリなので少しも時間を稼ぎたい。
白百合さんを追い抜く。
黙って抜くのも何なので、「ギリギリ間に合いそうですね」と一声かけた。
「はい」と笑顔で応えてくれたので、ちょっと安心。
つづら折りの坂をドンドン下る。
下からはスピーカーの音が響いてくる。
ランナーを応援しているようだ。
やがて前方が明るくなった。
県道213号だ。
係員が手を大きく振っている。
「関門、間に合うよ~」
私も手を振り応える。
そして最後の関門通過!
閉鎖2分前だった。
今年も危なかった。
ゴールまで残すところ8km。
しかし、ここにきて雲行きが怪しくなってきた。
空を真っ黒な雲が覆い、ポツポツと雨が落ちてきた。
去年に引き続き、雨のラストランになってしまった。
地元の魚屋さんだろうか?トラックのスピーカーから音楽を流し
移動しながら大音量で声援を送ってくれている。
ここから先は平坦だが、脚は完全に逝っているのでスピードは出ない。
時間的には間に合うはずだが油断はならない。
この先に阿蘇カルデラ最後の落とし穴が待っているのを私は知っている。
95kmのエイドに着いた。
ここにも色々と珍しいフードがあった。
もう食べる必要はないのだが、エイドのスタッフに勧められチョコバナナを頂いた。
う~ん、美味い!
かき氷もあったが、雨も降って寒くなってきたし、ここでまたお腹が痛くなると困るので
それは遠慮してエイドをでた。
さあ、あと5kmと誰しも思うのだが、実はここはまだ95kmではない。
まだかなり手前なのだ。
エイドの人はあと5kmと言うが信じてはならない。
もちろんエイドの人がわざとウソを言っているわけではない。
彼らは95kmのエイドだからそう言っているだけだ。
悪気があるわけではないが、ランナーにとっては大きな問題だ。
特に私のようなギリギリで走っているランナーは数百mの違いでも影響を受ける。
去年、経験しているので私は大丈夫だが、初めて走るランナーはこのあと衝撃を覚えることだろう。
しかし、そんな私でさえもこの先の道はとても長く感じる。
この先、残り距離の看板が1kmごとに表示されるが、全然進まない感じがする。
本当にこの距離表示は合っているのだろうかと疑問を抱きながら走り続けることになる。
心の中で「まだか、まだか」とつぶやきながら走る。
辺りはすっかり薄暗くなり、雨もひどくなってきた。
水たまりがあろうとお構いなしに進む。
前方を黒っぽいウエアの女性ランナーが走っている。
去年、園児のコスプレで走っていたバナナパイさんだ。
途中何度かお会いしたが、ペースがだいぶ落ちてきているようだ。
この雨と寒さにやられたのだろうか?
「かなりギリギリですね」と声を掛けた。
きつそうだ。
私も限界に近い。
やっと内牧の温泉街が見えてきた。
国道212号線に出たところで信号ストップ。
ここにきて、このロスタイムは痛いが仕方がない。
ガードレールに手を付きストレッチをしながら信号が変わるのを待った。
信号変わり再スタート。
残りはあと1kmちょっと。
もうすぐゴールだ!
(次回、第8章【勝利者たち】へ つづく)
注:文中、私以外の方の氏名は仮名です。
ほぼ事実ですが、一部脚色、記憶のあいまいさから事実と違ったり、
場面が前後している場合があります。なので、つっこまないでねw
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関門を過ぎてすぐ、手を振っている人がいる。
トライアスロンをやっている畑中さんだ!
去年もこの辺りでラン友達の応援をしていた。
「去年より、早いよ~」と声援をもらった。
知り合いに応援してもらうと、嬉しくて力が出てくる。
が、さすがにここまで来るとそのパワーも長持ちしない。
脚にもかなり痛みが出てきている。
ヘロヘロになりながら走っていると後ろから
「イチゴちゃんにやっと追いついた」と声が…。
第4関門で気分が悪くなり、ちょっと休むと言っていた福留さんだった。
何とか回復し、驚異的な頑張りでここまで来たようだ。
まだ気分は悪そうだが、足取りはしっかりしている。
走り去る後姿を見ながら、そういえば他のラン友達はどうなったのか気になった。
私はほぼ最後尾を走っている。
すぐ後ろに来ていればいいのだが…。
しかし、後ろを振り返る余裕はない。
私もギリギリなのだ。
狭いコンクリート道をひたすら走った。
やがて、最後の難関、象ヶ鼻に来た。
景色は最高だ。
残念ながら、曇っていてイマイチだが、その代り緑の色がより鮮やかに映える。
ここまで、ほとんど写真は撮らずに来たが、少しだけシャッターを切った。
87.5kmのエイドに着いたが、なぜか撤収作業をしていた。
水がなくなったのだろうか?
幸い、のどの渇きは無いが、ちょっとガッカリした。
90kmのエイドまで我慢だ。
ここからは一気に下る。
既に脚はボロボロに近い。
着地するたびに膝と足首付近に激痛が走る。
声には出さないが、苦痛に顔がゆがむ。
傾斜の強いところは歩くがそれでも脚が悲鳴を上げる。
しかし、時間が無い。
歩みを止めるわけにはいかないのだ。
どうにか、激坂を抜け、少しゆるやかになったので
再び、走り始めた。
90kmのエイドが見えてきた。
さっきの分まで給水。
ずいぶん冷え込んできているが、脚と首へのかけ水もする。
エイドを出たがここはまだ90km地点ではない、去年の経験で知っているから気を緩めずに走る。
昼なお暗い林の中を走る。
オサビシ峠だ。
曇っているので暗さが一層増している。
夜は不気味だろうなぁ~と思いながら走っていると
前方に白っぽいウエアを着た女性ランナーの姿が見えてきた。
暗がりにボウッと浮かぶその姿は白百合のようでもあるが、ちょっと怖い感じもする。
もっとも、むこうも巨大なイチゴが付いてくるのに恐怖を覚えているかもだが。
ナンバーに見覚えがある。
開会式で選手宣誓をしたご夫婦の奥さんだ。
このご夫婦とはレース中、大体同じペースで常に前後しながら走っていた。
御主人がサポート役に徹しているようで、エイドのフードを袋に入れて奥さんに手渡したりして
なんとも微笑ましい姿を何度も見かけた。
素晴らしい夫婦愛だ!
羨ましい…。
しかし、ご主人の姿は見当たらない。
今、ここを走ってるということは関門ギリギリ。
おそらく、一緒にいると二人とも関門リタイアの危険があるので、ご主人だけでも完走できるように
奥さんが先に行くように言ったのだろう。
ご主人は最後までサポートする気持ちだったが、奥さんの想いを受けて後ろ髪引かれる思いで
先へと行ったに違いない。
これも夫婦愛だ!素晴らしい!!
などと、妄想を広げている場合ではない。
このままのペースでも関門には間に合うが、ギリギリなので少しも時間を稼ぎたい。
白百合さんを追い抜く。
黙って抜くのも何なので、「ギリギリ間に合いそうですね」と一声かけた。
「はい」と笑顔で応えてくれたので、ちょっと安心。
つづら折りの坂をドンドン下る。
下からはスピーカーの音が響いてくる。
ランナーを応援しているようだ。
やがて前方が明るくなった。
県道213号だ。
係員が手を大きく振っている。
「関門、間に合うよ~」
私も手を振り応える。
そして最後の関門通過!
閉鎖2分前だった。
今年も危なかった。
ゴールまで残すところ8km。
しかし、ここにきて雲行きが怪しくなってきた。
空を真っ黒な雲が覆い、ポツポツと雨が落ちてきた。
去年に引き続き、雨のラストランになってしまった。
地元の魚屋さんだろうか?トラックのスピーカーから音楽を流し
移動しながら大音量で声援を送ってくれている。
ここから先は平坦だが、脚は完全に逝っているのでスピードは出ない。
時間的には間に合うはずだが油断はならない。
この先に阿蘇カルデラ最後の落とし穴が待っているのを私は知っている。
95kmのエイドに着いた。
ここにも色々と珍しいフードがあった。
もう食べる必要はないのだが、エイドのスタッフに勧められチョコバナナを頂いた。
う~ん、美味い!
かき氷もあったが、雨も降って寒くなってきたし、ここでまたお腹が痛くなると困るので
それは遠慮してエイドをでた。
さあ、あと5kmと誰しも思うのだが、実はここはまだ95kmではない。
まだかなり手前なのだ。
エイドの人はあと5kmと言うが信じてはならない。
もちろんエイドの人がわざとウソを言っているわけではない。
彼らは95kmのエイドだからそう言っているだけだ。
悪気があるわけではないが、ランナーにとっては大きな問題だ。
特に私のようなギリギリで走っているランナーは数百mの違いでも影響を受ける。
去年、経験しているので私は大丈夫だが、初めて走るランナーはこのあと衝撃を覚えることだろう。
しかし、そんな私でさえもこの先の道はとても長く感じる。
この先、残り距離の看板が1kmごとに表示されるが、全然進まない感じがする。
本当にこの距離表示は合っているのだろうかと疑問を抱きながら走り続けることになる。
心の中で「まだか、まだか」とつぶやきながら走る。
辺りはすっかり薄暗くなり、雨もひどくなってきた。
水たまりがあろうとお構いなしに進む。
前方を黒っぽいウエアの女性ランナーが走っている。
去年、園児のコスプレで走っていたバナナパイさんだ。
途中何度かお会いしたが、ペースがだいぶ落ちてきているようだ。
この雨と寒さにやられたのだろうか?
「かなりギリギリですね」と声を掛けた。
きつそうだ。
私も限界に近い。
やっと内牧の温泉街が見えてきた。
国道212号線に出たところで信号ストップ。
ここにきて、このロスタイムは痛いが仕方がない。
ガードレールに手を付きストレッチをしながら信号が変わるのを待った。
信号変わり再スタート。
残りはあと1kmちょっと。
もうすぐゴールだ!
(次回、第8章【勝利者たち】へ つづく)
注:文中、私以外の方の氏名は仮名です。
ほぼ事実ですが、一部脚色、記憶のあいまいさから事実と違ったり、
場面が前後している場合があります。なので、つっこまないでねw
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