木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

鬼、河童に濁流の水飲まされるー6

2007年03月12日 | 一九じいさんのつぶやき
 「おめえは、物を書いてから何年になる?」
 一九を名乗った年寄りはキセルの煙草をうまそうにすった。
 「かれこれ十年以上になりますね」
 「それで何を掴んだ?」
 「文章論のことですか?」
 「聞いたことを質問で返すのは不正直か、頭が悪いか、どちらかだ。それともその両方か?」
 俺は何でまだここに座っているのだろうか、と思ったが男に興味が湧いてきたのも事実だ。
 「言葉がなければ人間は動物と同じです。意志を伝えるために言葉がある。でも、言葉には寿命がある。言ったことは、聞いた者も、言った者すら忘れる。そこで、文字が生まれた。文字によって人の意志は長い寿命を与えられた。私の使命としては今という時代の人間が何を考え、何をして生きてきたかということを正確に後世に残すことです」
 「ほう、おめえの書いた紀行文や、そいつが載った三流雑誌が果たして何年残ると思ってるんだ? 本気じゃあるめえ」
 俺は言葉につまった。
 確かに前半言ったことは、いつも本当に考えていることだが、後半の部分は嘘に近かった。自分でも、自分の器が大作家じゃないことは自覚している。
 「夢を見ろ」
 「え?」
 「生きている以上、夢を持たねえか。蟹は自分にあった穴を掘るっていうが、人様までそんな真似をするこたぁねえ。もうちっと、大きく生きねえか。人の一生なんて短けえもんだぜ」
 じいさんは、また煙草の煙をくゆらせた。