「言い遅れたが、俺は十衛平、みの屋十衛平として、日本橋で瓦版を出している」
桶を据え付け終わり、土手に上がって来た男はそう名乗り、汗を拭いた。
熊三と留助の二人の間に挟まるようにして座った十衛平は、二人よりは年かさだが、野心に満ちた目はぎらぎらと光っていた。目つきの鋭さのせいで抜け目ない人間のようにも見えるし、切れ者のようにも見えた。
「おう、おめえはもう、けぇっていいぜ」
十衛平は、一緒に来た男を帰すと、包みからにぎりめしを出して、食べ出した。
熊三と留助は、その様子を興味深そうに見ていて、十衛平が再び話し始めるのを待っていたが、十衛平が二つ目のにぎりめしに手を伸ばしたのを見て、熊三は、
「おめえ、河童を捕まえるつもりかい?」
と聞いた。どうにも、もう、待ちきれないという風情だ。
「いいや」
熊三の意気込みとは正反対に、十衛平の答えは素っ気ない。
「いいや、って、それじゃ、その肩にかけた網はなんでえ」
留助も熊三と同じく興味津々である。
「おう、これかい? これは、言うなれば、衣装だな。格好つけだ」
「衣装だと?」
二人は声を揃えた。
「河童なんぞ捕まえた日にゃ、どんな祟りがあるや知れねえ。第一、飼っておく場所もねえ。網で捕らえるなんて、野暮なことをしなくとも、この俺の目で捕らえれば、江戸っ子は、河童を実際に目にしたのと同じだ。それが瓦版屋の意地ってもんだ。実はもし河童を見ることができたなら、その場でこの網を投げる真似をして、『河童捕らえたり』などと見栄を切ろうかと思ってたんだが、話していて恥ずかしくなった。まあ、そんなことをせずともいい。あとは、仕掛けの効果次第というところだ」
「その仕掛けだが、大した金を掛けたな」
熊三が魚屋らしく聞いた。
「まあな。魚心あれば水心。河童好きは江戸にはたくさんいる」
「旦那がついてるってことか? 次はぜひ俺から貰いてえもんだ。そうすれば俺も落ち着いて河童見物ができる」
熊三が冗談とも本当ともつかぬことを言っていると、
「おーい、おまえさんがた」
川向こうから大きな声が掛かった。