木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

鬼、河童に濁流の水飲まされる - 9

2007年03月15日 | 一九じいさんのつぶやき
 「あいにく私は日本酒が飲めない性質なんです。性にあわないらしくて」
 「誰が日本酒じゃねえといけねえ、と言った。江戸の人間は日本酒しか飲まねえって思ってるところからして、間違げえだ。第一、人の家に来るときは手土産くれえ持ってくるもんだ」
 人の家に来るといっても、ここに来たのは偶然だ。手土産など準備できるわけもない。
 「ここに来たのは偶然だと思ってるんだろう。だから、おめえは頭が悪いって言ってるんだ。偶然だったら、なんでわっちは、おめえが紀行文を書いてるだなんて知ってるんだ?」
 「あっ」
 俺は声を上げた。確かに、俺は自分から紀行文を書いているなどと口にしてはいない。
 「まあいい。そこの戸棚にあるとっくりとぐいのみをとれ」
 じいさんは、あごで方向を示した。
 俺は混乱した頭でじいさんの言うとおりにした。
 「この時代の酒っていうのは、どんなに旨くなっているのかと期待したいたんだが、とんだ期待はずれだ。江戸の酒は雑味も多いが、しっかりしていて趣があった。それが今の酒ときたらさっぱりしているだけで、心に響かねえ。薄っぺらいというか。まあ、酔っちまえば一緒のことだがな」
 じいさんは、そういうと、旨そうに酒を飲んだ。
 確かに旨そうに飲む。
 日本酒の駄目な俺でさえ、喉が鳴った。
 「さて、どこまで話した?」
 「土座衛門が事故死として片付けられたところまです」
 「そうだったな。不思議なことにその事故以降,例の手形がついた猫や犬がその辺りで見受けられるようになった」
 「生きた猫や犬にですか?」
 「そうだ。おまけに、葦なんかに緑色のものが時折ついているようになったんだ。瓦版にもとりあげられ、評判になった。河童目当ての見物人もちらほら現れるようになった。そんな評判をあまり愉快に思っていない人間もいた。一人は盗賊奉行、正式には火付け盗賊改め長官の長谷川平蔵。平蔵は本所育ちだから、地元に田舎臭い河童がいるなんて風評が立つことに腹を立てていたらしい。江戸っ子は、鬼が河童退治に立ち上がったと面白がったもんだ。もう一人は北町奉行所の定町廻り同心佐々木助次郎。佐々木は自分が事故として処理したものが実は河童のしわざだったとすると、面目が潰れる。そこで、岡引きの徳三、通称岩徳と組んで周囲をくまなく捜査し始めた」
 そういうと、じいさんは、また酒を飲んだ。
 「酒ばかりでつまみがねえのも詰まらねえ。これから先は有料だ。おめえ、そこの土産物屋へ行って、乾き物でも買って来い」
 相変わらず人使いの荒いじいさんだ。