木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

鬼、河童に濁流の水飲まされるー7

2007年03月13日 | 一九じいさんのつぶやき
 「よく分からないんですが、仮にあなたが一九その人だとして、ずっと江戸時代から生きているとしたら」
 自分でも馬鹿らしく思いながらも、何歳だろうと数えた。
 「わっちは天保二年に六二歳で死んだとある。西暦ってやつでいうと1831年だ。するてえと、わっちの今の年齢は176歳てことになる」
 「それを私に信じろと?」
 「普通、信じないわな」
 「夢を見ろ、とはその年齢を信じろ、ということですか」
 「事実を教えてやろう。おめえに理解できるようにいうなら、SFってやつだ。タイムマシン、時空間、タイムスリップ、なんと呼んでもいい。ただ、わっちは死ぬ前にこっちの時間に滑りこんだというだけだ」
 (笑ってくれ)
 俺は心の中でそう呟いた。
 (そんなことあるわけねえじゃないか)
 と、目の前の老人が笑うのを待った。
 実際は、何も起こらなかった。
 長い沈黙が続いただけだった。
 その間も老人は、煙をくゆらせている。
 「まあ、いいってことよ」
 老人は笑う代わりにそう言った。
 「昔は川には河童がいたし、町には幽霊がいた。今って世の中はそんなことも信じられねえんだろ。そんな中で生きてるおめえにいきなり、こんな話を信じろってのも無理な話だ。いくつかルールを守ればおめえの聞きたい話を教えてやる」
 「ルール?」
 「その一。わっちを誰だなどと二度と聞かないこと。わっちは一九だ。今日のルールはそれだけだ」
 「はあ」
 この老人は俺に何を教えようというのだろう。
 「今日は深川の河童騒動について聞かせてやる。あれは梅雨も終わりかけの頃、時は西下(松平定信)のご改革の真っ最中のことだった」
 老人はそういうとキセルを置いた。