千畳敷は人で溢れていた。
足場の悪い所で足首を捻って骨折したことのある私は、無理をしないでズームで写真を撮ることに専念した。
南紀のハイライトと云えば やはり円月島だろうか。道路沿いのパーキングから島を眺めた。
しかし南紀で、私の最も関心があるのは 世界的な粘菌学者として有名な南方熊楠の記念館だ。
近くに景色の良い番所山公園があるのに、それを無視して逸る心は一気に坂道と石段を上がり ついに到達した南方熊楠記念館。
建物は建て替えられたようで真新しくピカピカで花が飾られていた。
しかしここも撮影禁止で気落ちしたのだが、偉大なる南方熊楠先生は、若い頃他所で見た本を撮影でもしたかのように記憶し、自宅へ戻ってから挿絵も含めて全部手書きで復元したと云う才能の持ち主なので、私もそれに倣ってみようかと老いた脳をフル回転させてみた。
生物学者でもあった昭和天皇が、近くの神島へ上陸された際に熊楠翁は出迎えたと云う。
大きなキャラメルの箱に沢山の粘菌等のサンプルを入れて差し出したと云う出来事は有名で、私の目には嬉しそうにキャラメルの箱を抱いた笑顔の昭和天皇の姿が今も見えるような気がするのだ。
記念館の屋上から見える神島は、お二人の強い親交を物語っているように輝いていた。
後に昭和天皇が白浜町に行幸された際、雨に煙る田辺湾を見ながら熊楠のことを想い
「雨にけふる神島を見て 紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ」と詠んだのを知り、碑の前で しばし胸を熱くした。