高江雅人  竹工芸職人の独り言  竹工房オンセ

高江雅人  竹工芸を初めて37年、徒然なる出来事をアップしています。

親子三代のお付合い  2

2007年05月13日 06時37分44秒 | 友人

Pim0002 昭和50年代から、無農薬の野菜に目を向け、農家と直接契約し、安全な食材を提供しようと当時にしては大変前衛的な取り組みをしていた。

都会育ちの私は農業などに目を向けることはなかった。しかし、先進的な有機農法のお百姓さん達と触れ合ううちに「地面に近い生き方の方が良いんじゃないか?」と思うようになる。

朝8時頃から夜の12時くらいまで働く。若かったので働くことへの苦痛はなかった。23歳で始めて店長になり、自分より年上の人達を動かしていかなくてはならない。人に動いてもらうにはまだまだ未熟で傲慢であった私は大きな壁に突き当たっていた。そんな頃、まるで自分と1_1 は正反対の性格の「恵文」さんと付き合うようになり、仕事が終わってから深夜喫茶で話をしたり、居酒屋でお酒を飲んだり急接近していった。

先月撮った写真であるが、こうやってお父さんの写真と上下で並べてみると一緒の顔をしているね!当時、高校を卒業後、直ぐに親のレストランに弟子入りした彼も、他の弟子達とはちょっと違ったスタンスで寮生活を送っていたのだろう。純朴でまっすぐでひたむきで、女性のことなど話そうものなら怒り出していた様な純情派であった。(今は単なるスケベなおっさんになってしまったが)

名古屋地区のお店で1年近く一緒に働いただけであるのだが、その後も人生の節目、節目に必ず関わってくるのである。人の縁とは本当に判らない。        つづく

竹工房オンセ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

親子三代のお付き合い  1

2007年05月13日 05時09分08秒 | 友人

先日、京都の大親友「恵文」さんから嬉しい提案があった。今年の11月に開催するミラノの展示会に「娘さんを通訳として連れて行ってくれ!」と。彼には二人子供がいるのだが、長男の恵三君は只今アメリカに留学中。下の娘の「楓子」ちゃんはイタリアに留学後、現在大学生である。

Pim0001_3 そもそも、私と恵文さんが知り合ったきっかけは、彼のお父さんが経営していたレストランに就職というか?弟子入りしたのが始まりである。30年前に学校卒業時の就職活動をしていた頃、「若者よ、社長への道を目指せ!」という文字が飛び込んできた。「よし、この会社の面接を受けてみよう」と。ありきたりの面接を想像していた私は3時間以上に渡る社長の話を聞かされて度肝を抜かされた!。世の中にはすごい迫力の人がいる。

1、農業が社会の根本である。2、労使の関係でなく師弟関係での経営。3、利他主義(他人に利益を先に与える)で生かされる。4、レストランとはサービス業である。5、地球人としての自覚を持て。など自分の理想や世の中に対する矛盾など熱い思いを延々と話された。人を動かすにはやはり、熱意しかないのだ。まだ、若く単純な当時の私は「この人の弟子になろう!」と決意して門を叩いた。

孫時英さん、在日韓国人で18歳で日本に上陸、元伝道師、、京大哲学科卒、結核療養後40歳からレストラン「南山」の経営を始める。異色の経歴である。私も21歳の時に入門して、レストランの寮で研修を始めた。現在の私があるのもこのレストランでの10年間での経験が実に大きな意味を持ってきている。

Pim0003_1 これは師匠の孫氏から頂いた言葉である。今でも忘れたことはない。                   つづく

竹工房オンセ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする