雪原の黒きが水の湧くところ 三上冬華
一面の銀世界にぽつんと黒。一読ののち、はっとするのは、黒が闇や死を連想させるためか、おおむね凶事に傾くものが多いなかで、清らかな湧き水と結びつける違和感からであろう。しかし、銀世界のなかでは、黒点こそがこんこんと水が湧く場所なのだ。黒は雪を分けた大地の色だ。黒は凍結された空気のなかで、一点の瑞々しい命であり、大地があたたかく呼吸している場所なのである。何年か前になるが、年末年始を長野県栄村で過ごした。平家の谷と異名をとる秘境である。その谷底の村から見る景色は、まさに白い壷の底から見上げるような白一色の世界であった。色彩の一切許されないような雪原のなかで、一本の川の流れだけが黒々と輝いていた。雪原に記される動物たちの足跡は、水を飲むための川へと集まり、唐突に途絶えているものは、そこから飛び立った鳥たちであろう。鳥たちが落とす影など、普段意識したこともなかったが、雪の上ではあからさまにその姿を映していた。銀世界では、黒こそが命そのものとなり、豊かに刻印されているのであった。『松前帰る』(2006)所収。(土肥あき子)
ずっと空ずっと雪原陽ひとつ 田中不鳴
雪の原犬沈没し躍り出づ 川端茅舎
雪原をゆく一筋の風の影 加藤瑠璃子
雪原を来てやまどりの尾をひらふ 那須乙郎
雪原の極星高く橇ゆけり 橋本多佳子
雪原のおのが影へと鷲下り来 山口草堂
雪原に汽笛の沈む成木責 石田波郷
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