ケンのブログ

日々の雑感や日記

生きることを第一に

2022年03月15日 | 日記
芹沢光治良さんの「人間の運命」という小説を読んでいて、太平洋戦争に出征する人に主人公の次郎は「生きて帰ってくるように」と声をかける場面に何度か遭遇した。

お国のために死にます と教育されている時代に、戦争に行く人に「生きて帰ってくるように」と声掛けすることは勇気のいることだと思うし、信念と気概のいることだと思う。

次郎が声をかけた相手が「今度の戦争は生きて帰れるほど生易しいものではない」と言葉を返してきても、「だからと言って戦争に行った人が全員死ぬわけではない。だから生きて帰るんだ」と言い返すほど次郎の生きるということに対するこだわりは徹底したもので、小説の中の話とは言えすごいことだなと思ってしまう。

ここ数日1990年代前半のことを思い出すことが多かった。

僕は、過去に対する記憶力が割といいほうで、そのとき自分が興味を持った出来事はかなり覚えている。

90年代。もう30年も前のことだけれど、あの時、何をしてたとかけっこう思い出すこと多いなあと思っていた。

そして、時の向きを逆にしたら、つまり30年後に向けたら、その時、僕は生きていたとすれば90歳。

もう、その年になったら自動車の運転もしていない可能性が高いだろう。

いずれにしても、これからの30年は老化が加速していく30年。

そんな風に考えたら、急にわびしくなってきてしまった。

それで、晩に、ちょっと「人間の運命」をひもといてみたら、主人公次郎の、生きるということにこだわった言葉が目に飛び込んできた。

やはり、生きると考えるのはいいことだと思った。

年老いたり、死んだりすることを考えてわびしくなる気持ちを、楽にしてくれる、そういう効果があると思った。

戦争があっても生きる という考え方を読んだとき、今の戦争とも、意識がかぶり、そういえば、ショスタコーヴィチも、戦争と人権弾圧の時代に、ソ連を言う国で、生きたからこそ、あれだけ、時代の証言者ともいうべき力強く、また、ある時は怒りにみちた、音楽を残すことができた。と思った。

ウクライナから、ポーランドに逃れる人が多いと新聞で読んだときは、ショパンを思い出して、3年ぶりくらいにルービンシュタインのショパンベストアルバムを聴いてしまった。

戦争を逃れる人に思いをはせられるかと思ったけれど、ルービンシュタインのショパンは優雅で美しく、逆に戦争のことなど忘れてしまいそうで、あまりそういう効果はなかった。