『されど魔窟の映画館 浅草最後の映写』 (荒島晃宏)
かつての映画館のメッカ浅草六区に残った旧作映画とピンク映画を上映する昭和レトロな映画館群「浅草中映劇場」「浅草名画座」「浅草新劇場」「浅草世界館」「浅草シネマ」(一つの会社が経営)。だが、実はいわゆる「ハッテンバ」だったり、時には警察や消防が出動するなど場内はまさにカオス状態。
多額の借金を背負い、そこに映写係で勤務することになった筆者が体験する疾風怒濤の日々。だが、かつては映画館街として栄えた浅草から、ついに映画館の灯が消える日がやってくる…。
以前、『名画座番外地:「新宿昭和館」傷だらけの盛衰記』(川原テツ)という本を読んだが、本書も同じように個性的な映画館に勤めた者にしか書けない代物で、カオスから閉館に至るまでの、おもしろうてやがて悲しき物語だった。その川原氏は浅草名画座にも籍を置いていたらしいが、『名画座番外地』と本書の違いは、筆者の荒島氏が映写係であるところだろう。それ故、映写係から見た映画館や観客というユニークな内容になっている。
荒島氏は自分とほぼ同年代。文中で、1982.4.10.に浅草東宝のオールナイトで『獣人雪男』『怪獣大奮戦ダイゴロー対ゴリアス』『妖星ゴラス』『キングコング対ゴジラ』『世界大戦争』という東宝特撮5本立てを見たと記しているが、自分もその時そこにいた。
また荒島氏が映写技師をしていた大井武蔵野館と自由が丘武蔵野館(旧武蔵野推理劇場)には自分もよく通った。
加えて、荒島氏は2011年に『映画館のまわし者: ある映写技術者のつぶやき』を近代映画社から出しているが、その前年に自分も同じ近代映画社から『人生を豊かにするための50の言葉 名作映画が教えてくれる最高の人生の送り方』という本を出した。何か、いろいろとかすっていると思いながら読み進めていくと親近感が湧いてきた。
さて、浅草東宝よりも浅草六区の奥にある映画館群はやはり怖さが勝って足を踏み入れたことがなかったが、2010.7.17.『男はつらいよ 葛飾立志篇』と『明治侠客伝 三代目襲名』で浅草名画座にデビューした。
そして、スカイツリー元年となった2012.4.レッツ・エンジョイ東京「違いのわかる映画館」で浅草中映劇場と浅草名画座を取材した。話を聞いたのは広報係もやっていたという荒島氏ではなく、支配人だった。中映劇場と名画座は同年の10月に閉館したから、まさにぎりぎりで間に合った取材となった、
【違いのわかる映画館】vol.19 浅草中映劇場/浅草名画座(2012.10.閉館)
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