海外で映画を学び、母国スーダンで映画作家として活躍しながら、軍事独裁政権下で国を追われた4人の老人たち(イブラヒム・シャダッド、スレイマン・イブラヒム、エルタイブ・マフディ、マナル・アルヒロ)が久しぶりに再会する。
彼らは、崩壊した母国の映画産業の再建を夢見て、その手始めに、長年放置されてきたボロボロの映画館の復活を目指して動き始めるが…。
スーダンに生まれ、フランスで映画を学んだ彼らの後輩スハイブ・ガスメルバリが撮ったドキュメンタリー映画。全体的には粗削りで稚拙な部分も目に付く。
ところが、冒頭で4人がまねをするビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』(50)から、上映するチャップリンの『モダン・タイムス』(36)を経て、タランティーノの『ジャンゴ 繋がれざる者』(12)へとつながる、映画的なイメージの連鎖が琴線に触れるところがある。タランティーノにも、ぜひ見てほしい映画だと思った。
ただ、4人の日常生活がほとんど描かれていないため、どこか現実離れをした、夢物語のように見えてしまうのが残念だ。
『スーサイド・スクワッド』(16)のジョーカーの恋人ハーレイ・クイン(マーゴット・ロビー)が、ジョーカーと別れて独り立ち。モラルのない暴れっぷりで、ゴッサムシティの悪党たちから次々と恨みを買う。
そんな中、ハーレイは謎のダイヤを盗んだ少女を守るため、くせ者だらけの女性たちとチームを結成し、悪の親玉ブラックマスク(ユアン・マクレガー)と全面対決することになる。
プロデュース兼任のロビーが、サンダンス映画祭で注目された中国系のキャシー・ヤンを監督に起用。最初は、突き抜け過ぎたキャラクターや過激な描写に面食らうが、慣れてくると違和感が消え、面白く感じられるようになってくる。
複数の人物のエピソードが入り乱れ、時間軸が行きつ戻りつするところは、タランティーノの『レザボア・ドッグス』(92)や『バルプ・フィクション』(94)をほうふつとさせるところもある
ポップな色遣いやアクションが見どころ。ひたすら女性が強いのは、今の時代を象徴しているのだろう。
さて、タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でのシャロン・テート、『スキャンダル』、そしてこの映画と、このところのロビーの活躍には目を見張るものがある。
亡くなった父にもう一度会いたいと願う兄弟が、魔法の力で下半身だけ復活した父を、完全によみがえらせるために奮闘する姿を描く。
原題は「ONWARD=前進」。監督ダン・スキャンロン。声の出演トム・ホランド、クリス・プラット。
『トイ・ストーリー4』(19)公開時の、ジョシュ・クーリー監督の「今、ピクサーが開発中の映画は、シリーズものではなく、全てがオリジナル」という言葉通りの新作。『リメンバー・ミー』(17)同様、生者と死者との関わり、家族の絆がテーマとなる。
特に、父と子の姿は、霊を媒介にした『フィールド・オブ・ドリームス』(89)をほうふつとさせるところもある。こうした父親の不在は、家族関係の変化を象徴しているとも言えるのではないかと思う。
キャラクターは一見グロテスクだが、だんだんとなじんでくるところがピクサーアニメの不思議なところだ。
「KyodoWeekly」1月27日号から「年末年始の映画から」 共同通信のニュースサイトに転載
https://www.kyodo.co.jp/national-culture/2020-02-26_2564966/
ルーカスの息子世代による完結編
『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』☆☆☆☆
過去のシリーズを見るきっかけに
『男はつらいよ お帰り 寅さん』☆☆☆
男たちによる骨太なドラマ
『フォードvsフェラーリ』☆☆☆
イーストウッドの熟練技
『リチャード・ジュエル』☆☆☆☆
『ミッション:インポッシブル』(96)(1996.8.7.スカラ座)
この映画の主役兼プロデューサーのトム・クルーズは、自分とほぼ同世代だから、幼い頃にオリジナルのシリーズドラマ「スパイ大作戦」を胸躍らせながら見ていたはずだ。だから、自分が功成り名遂げ、さあ何を作ろうかと思った時に、これを映画にしようと考えたのはよく分かる。
そして、監督には同じくテレビのシリーズドラマ「アンタッチャブル」を映画化(87)した前科のあるブライアン・デ・パルマを起用し、キャスティングも、フランスからエマニュエル・ベアールとジャン・レノを、そしてイギリスからバネッサ・レッドグレーブを招いて、外堀は華やかに埋めた。ところが、肝心の内堀、つまりストーリーがいま一つ締まらなかったのが、クルーズの誤算だったと言えなくもない。
というのも、これは、例えば、ソ連崩壊直後に作られたジーン・ハックマン主演の『ロシアン・ルーレット』(91)が、冷戦終結後のスパイの存在価値は化石であることを描き、彼らを主役にして映画を作っても、それは内輪もめの域を出ず、緊張感に欠けた締まらない映画になってしまうことを、図らずも証明してしまったこととも通じるからだ。
だから、この映画にしても、誰が黒幕なのかはすぐに分かってしまうし、結局はノートパソコンや電子メールといった今風の小道具の存在が際立って見えてしまう。映画が時代を映す鏡だとすれば、この映画は、スパイが過去のものになったことを映したのかもしれない。
【今の一言】などと書いたのが24年前。その後、シリーズ化され、どんどんとスケールアップし、『ミッション:インポッシブル/フォールアウト(18)まで6作が作られている。今や主人公イーサン・ハントは、その激し過ぎるアクションも含めて、トム・クルーズの代名詞の一つとなった。
【ほぼ週刊映画コラム】『ジュラシック・ワールド』&『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/f3086e110eeda2a94ee6ec209af19544
【ほぼ週刊映画コラム】『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/cbc0c7c4fa4dd6a8d50e193577aa64f1
巻頭で、製作35周年、シリーズ3作連続公開記念『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を特集。その中で、シリーズ3作の解説を執筆。『ハーレイ・クイン』が表紙の方は通常版で特集はないので、ちょっとややこしい。
https://screenonline.jp/_ct/17345757
ある天文台を訪れる予定だったのだが、残念ながら中止になった。その際に、この映画のことを思い出した。
『コンタクト』(97)(1997.9.26.渋谷東急)
異星人からの信号をキャッチする、という発端は、先日見た『アライバル』(96)と同じだ。だが、そこから先、つまり信号を受け取った後に展開していく地球側の波紋の描き方は全く異なる。
この映画の場合は、実際にそうした事態が起きた際に生じるであろう戸惑いを核としながら、カール・セイガンの原作による、科学的な実証に基づいた真面目な作劇になっている。
ところが、そこに、ジョディ・フォスター演じる天文学者と父親とのドラマ、あるいはマシュー・マコノヒー演じる宗教学者との曖昧な恋愛劇を入れ込んだためにバランスが悪くなり、見終わった後は、真面目な科学映画を見せられたのか、あるいは宇宙を背景にした恋愛劇を見せられたのか、判然としないもどかしさが残った。
しかもラストの主人公のトリップも、果たして真実なのか妄想なのかは謎のまま…となると、2時間半にわたって壮大なペテンを見せられたような気がして消化不良も生じた。また、彼女のトリッパーとしての資質を問う会議での「あなたは神の存在を信じるか」という問答に、改めてアメリカにおけるキリスト教の浸透度を知らされた思いがした。
前作『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94)と、この映画での不完全燃焼ぶりを見ると、ひよっとしてロバート・ゼメキスは、原作の色が強い映画の監督には向いていないのかもしれないと思えてくる。