田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『オットーという男』

2023-01-31 09:26:39 | 新作映画を見てみた

『オットーという男』(2023.1.30.ソニー・ピクチャーズ試写室)

 いつもご機嫌斜めなオットー(トム・ハンクス)という男。曲がったことが許せない彼は、家の近所を毎日パトロールしてはルールを守らない人に説教をし、挨拶をされても仏頂面で返す始末。隣人たちから見れば面倒くさくて近寄り難い存在だった。

 だが、そんなオットーも、実は人知れず孤独を抱えていた。最愛の妻に先立たれ、仕事も失った彼は、自ら命を絶つことを考えていたのだ。

 ところが、向かいの家に越してきた陽気なマリソル(マリアナ・トレビーニョ)とその家族が、なにかと邪魔をして、なかなか死ぬことができない。だが、そのマリソル一家が、オットーの人生を変えてくことになる。

 スウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』(15)をリメーク。孤独で偏屈な男が、隣人一家との触れ合いを通して再生していく姿を描いたヒューマンドラマだ。

 『プーと大人になった僕』(18)のマーク・フォースターが監督し、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』(12)のデビッド・マギーが脚本を担当した。

 もちろん、ハンクスが偏屈おやじのままで終わるはずがなく、最後は“いい話”になることは明らかなのだが、そこを嫌みなく見せるところが彼の真骨頂。

 プロデューサーは妻で、若き日のオットーを息子が演じていることを考えると、ハンクスに見合う役を見付けてきてリメークした“家内制映画”といえないこともない。

 さて、一時、ハンクスが黒澤明の『生きる』(52)のリメーク作に主演するという話があったが、いつの間にか立ち消えとなり、最近ビル・ナイ主演で『生きる LIVING』としてリメークされた。その代わりといってはなんだが、この老人の再生話は、『生きる』をほうふつとさせるところがあると感じた。その両作が、ほぼ同時期に公開されるのも奇縁だが。

 また、とてもシリアスな問題を扱いながら、所々にユーモアを感じさせるところも『生きる』と同様。例えば、オットーは何度も自殺を試みるが失敗する。ところが、その失敗の仕方に悲喜があるのだ。

 これは、喜劇王といわれたエノケンこと榎本健一の晩年の逸話と重なるところがある。

 それは、体が不自由になったエノケンが自殺を図った際に、ガス栓をひねって「さようなら」と言ったら、その声があまりにも大きかったために家人に気付かれた。電気コードで首をくくろうとしたら転倒して失敗したというものだ。特に後者は、この映画にも似たようなシーンがあった。

 また、オットーが心臓の肥大という病を持つことを知ったマリソルが、思わず「ハートが大きいのね」と笑ってしまい、それにつられてオットーも笑顔になるシーンもあった。

 これらは決して死や病を茶化しているのではなく、シビアな状況でも、人は笑いで救われることがあるということを表しているのだろう。類型的ではあるが、たまにはこういう映画も必要だ。オリジナルの『幸せなひとりぼっち』が見たくなった。



『生きる LIVING』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/c6a3517f991014ea9cd0100215b315f5

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「BSシネマ」『ホット・ロック』

2023-01-31 06:20:54 | ブラウン管の映画館

『ホット・ロック』(72)(1974.10.25.ゴールデン洋画劇場)

誰も死なない犯罪映画
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/7ef8cd0de4783c6d994f1b08e24ce2bb

【インタビュー】『陽気なギャングが地球を回す』前田哲監督
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/51b939c50275e81e74259f8982a9e071

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Netflix『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』

2023-01-30 10:08:00 | ブラウン管の映画館

『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(66)(1966.4.大井町スズラン座.併映は『ジャングル大帝』『つるのおんがえし』)

 続けて、久しぶりにNetflixで見た。

 日米合作映画『フランケンシュタイン対地底怪獣』(65)の姉妹編。前作同様、監督・本多猪四郎、特技監督・円谷英二、脚本・馬淵薫、音楽・伊福部昭。

 前作で死んだはずのフランケンシュタインが、細胞分裂して巨大化。山の怪獣サンダと海の怪獣ガイラというクローン兄弟となった。かつてフランケンシュタインを飼育研究していたスチュワート博士(ラス・タンブリン)と助手のアケミ(水野久美)がその謎を解こうとする中、人を襲うガイラとそれを止めようとする心優しいサンダという対照的な"兄弟"が死闘を繰り広げる。

 この映画のモチーフは、神話の『海彦山彦』。伊福部の不気味な音楽をバックに、光を嫌い夜間や曇天の時に行動し、獲物(人)を狙って走ってくるガイラの姿、そして人を食らうガイラの恐怖は、自分も含めた当時の多くの子どもたちにとってのトラウマとなった(もちろん、今見るとそれほどでもないのだが…)。

 実はこの映画は、自分にとっては、初めて映画館で見た怪獣映画だったので、思い出深いものがある。ラストの海底火山の爆発に巻き込まれて消えていくサンダとガイラに、子どもながら哀れさを感じたことをよく覚えている。

 今回、改めて気付いたのは、意外とサンダの存在が薄く、この映画の主役はむしろ悪役のガイラであったことだった(スーツアクター・中島春雄の動きもすごい)。

 前作のニック・アダムスに代わって、『ウエスト・サイド物語』(61)で、ジェット団のリーダー・リフを演じたタンブリンが主演し(吹き替えは睦五朗)、水野は前作を引き継いだキャラクターで、前作の高島忠夫の役割を佐原健二が担っている。


『フランケンシュタイン対地底怪獣』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/f78c1dbf191eb1a4086b7e8ef7395c54

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Netflix『フランケンシュタイン対地底怪獣』

2023-01-29 22:02:56 | ブラウン管の映画館

『フランケンシュタイン対地底怪獣』(65)(1971.4.8.木曜映画劇場)

Netflixで久しぶりに見た。

 太平洋戦争末期、ドイツから潜水艦で日本に運び込まれたフランケンシュタインの不死身の心臓が、広島への原爆投下で行方不明となる。戦後の広島で、人間化し、異常な成長を遂げたフランケンシュタイン(古畑弘二)が発見され、研究施設に保護されるが、彼は、自ら手首を切断して脱走する。

 食料を求めて、北上するフランケンシュタイン。同じ頃、秋田油田の地底から肉食の巨大怪獣バラゴンが出現した。白根山中で鉢合わせたフランケンシュタインとバラゴンは、死闘を繰り広げる。

 東宝と米ベネディクト・プロとの合作。監督・本多猪四郎、特技監督・円谷英二、脚本・馬淵薫、音楽・伊福部昭、主役のボーエン博士を演じたニック・アダムス(吹き替えは納谷悟朗)は、『怪獣大戦争』(65)では、宇宙飛行士のグレンを演じている。共演に高島忠夫と水野久美。

 フランケンシュタインは、本来は人造人間だが、ここでは一種のクローンとして扱われている。顔は本家のボリス・カーロフに似せたメークを施しているが、妙な感じを受けるのは否めない。

 ただ、ホラー的な要素もあり、子どもの頃この映画を見て、トラウマになった者も少なくない。実際、そう語る友人もいるが、自分にとっては、姉妹編の『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(66)のガイラの人食いシーンの方がトラウマだ。
 
 ところで、約50年前のテレビ放映で見たラストシーンは、山中に突然大ダコが出現し、フランケンシュタインはその大ダコとともに湖に落下するという摩訶不思議なものだった。今回のNetflixはこちらのバージョンだった。

 後から知ったのだが、実はこれは海外用のもので、『キングコング対ゴジラ』(62)でコングと闘う大ダコが海外で好評だったので、海外用の別バージョンとして撮られたものだという。

 通常は、バラゴンを倒したフランケンシュタインが両手を上げて、雄叫びを上げるが、突然地割れが起こり、地中に埋没するというものだった。このバージョンは随分後になってから見たが、どう考えてもこちらの方がいい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ロストケア』

2023-01-29 08:23:54 | 新作映画を見てみた

『ロストケア』(2023.1.23.オンライン試写)

 葉真中顕の第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作を、前田哲監督が映画化。

 民家で老人と介護士の死体が発見され、検事の大友秀美(長澤まさみ)は、介護士が働いていた訪問介護センターで老人の死亡率が異常に高いことを突き止める。そして、容疑者として浮上したのは、介護家族から慕われる心優しい介護士の斯波宗典(松山ケンイチ)だった。

 斯波は、42人を殺害した連続殺人犯として自分を裁こうとする大友に対して、自分がしたことは「殺人」ではなく、苦しむ本人や介護で苦労する家族にとっては「救い」だと主張するが…。

 大友と斯波が、互いの“正義”をぶつけ合う緊迫した取り調べの中で、介護の現実、安楽死、国や行政の無力さ、親を施設に入れて安全地帯にいる傍観者、といった問題が浮かび上がる。ただし、この映画は、問題提起はするが答えは出していない。これは、そう簡単に答えが出るものではないからだ。適齢の親を持つ身としては、身につまされ、何ともやるせない気分になる。
 
 最近の前田監督は、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(18)『老後の資金がありません!』(21)『そして、バトンは渡された』(21)といった、一つ間違えれば、単なるお涙頂戴話になりかねないような難しい題材を、あくまでもエンターテインメントとしてテンポよく描いてきた。だから、身につまされながらも、笑いながら見ていられたところがあった。

 今回はそれらとは180度違う題材だったので、どうかとも思ったが、鏡を使った演出などを用いて、実は大友と斯波はコインの裏表のような関係だと思わせるところもあり、社会派ミステリーとしてなかなか手堅く描いていると感じた。


【インタビュー】『陽気なギャングが地球を回す』前田哲監督
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/51b939c50275e81e74259f8982a9e071

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

名脇役であり、怪優でもあった三谷昇

2023-01-28 13:53:43 | 映画いろいろ

 黒澤明監督の『どですかでん』(70)で演じた、理想ばかり口にして子どもを見殺しにするホームレスの父親役から映画での仕事が増えたという。 

 最近では荻上直子監督の『川っぺりムコリッタ』(21)で、吉岡秀隆がこの役を意識したと思われる父親役を演じていた。

 また、市川崑監督の金田一耕助シリーズの『犬神家の一族』(76)『病院坂の首縊りの家』(79)での鑑識課員、『獄門島』(77)での偽復員服の男も印象的。

 行商人、警官、車掌、教師、旅館の主人、番頭…。特撮物からロマンポルノまで幅広い役柄を演じた。そして、独特の容貌と口跡も相まって、たとえ、ほんの少しの出演場面でも、忘れられないような印象を残した。名脇役であり、怪優でもあった。

貴重なインタビューを見つけた。
https://todorokiyukio.net/2020/10/12/7950/

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【インタビュー】『レジェンド&バタフライ』大友啓史監督

2023-01-28 12:01:14 | インタビュー

 木村拓哉と綾瀬はるかの共演で織田信長と正室・濃姫の知られざる物語を描く、東映創立70周年記念作『レジェンド&バタフライ』が、1月27日から全国公開された。監督は、『るろうに剣心』シリーズの大友啓史、脚本は「どうする家康」の古沢良太が担当した。大友監督に、映画に込めた思いなどを聞いた。

「戦国時代を舞台にした“運命の物語”を大画面で堪能してほしい」
https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/interview/1369379

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ボーンズ アンド オール』

2023-01-28 09:16:02 | 新作映画を見てみた

『ボーンズ アンド オール』(2023.1.25.ワーナー神谷町試写室)

 人を食べたいという衝動を抑えられない18歳の少女マレン(テイラー・ラッセル)は、同じ秘密を抱える青年リー(ティモシー・シャラメ)と出会う。

 自らの存在を無条件で受け入れてくれる相手を初めて見つけた2人は次第に引かれ合うが、同族は絶対に食べないと語る謎の男サリー(マーク・ライランス)の出現をきっかけに、危険な逃避行を迫られる。

 『君の名前で僕を呼んで』(17)のルカ・グァダニーノ監督とシャラメが再びタッグを組み、人食いの若者たちの愛と葛藤を描く。『君の名前で僕を呼んで』の同性愛の次は何と食人ときた…。この監督は、何やらシャラメに対して歪んだ愛を抱いているような感じがする。

 第79回ベネチア国際映画祭で、グァダニーノ監督が銀獅子賞(最優秀監督賞)、ラッセルがマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞したが、アメリカでは賛否両論が飛び交っているという。

 カニバリズム(人食い)を、マイノリティや差別、行き場のない者たちのメタファーとして描いているのは分かるのだが、人食いの場面や血の洪水の生々しさが生理的に駄目だった。ところが、試写室で隣の女性は泣いていた。これは究極の愛を描いているのか、それとも単なるゲテモノなのか…。いずれにせよ、好みは大きく分かれると思う。

 また、これは吸血鬼やゾンビとも違う新手のホラーと呼ぶべきなのかと疑問に思った。この映画を見ると、「食べちゃいたいぐらいかわいい」とか「骨まで愛して」などという言葉が、不気味に感じられたりして、ちょっとおかしくなる。

 ただ、全米各地を転々とする行き場のない男女の逃避行の様子は、ニューシネマのロードムービーをほうふつとさせるところがあった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【ほぼ週刊映画コラム】『イニシェリン島の精霊』/『ミスタームーンライト 1966 ザ・ビートルズ武道館公演 みんなで見た夢』

2023-01-27 07:01:35 | ほぼ週刊映画コラム

共同通信エンタメOVOに連載中の
『ほぼ週刊映画コラム』

今週は
“小さな戦争”を描いた寓話『イニシェリン島の精霊』
ビートルズが今も愛される理由とは『ミスタームーンライト 1966 ザ・ビートルズ武道館公演 みんなで見た夢』

詳細はこちら↓
https://tvfan.kyodo.co.jp/?p=1369861&preview=true

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ピンク・クラウド』

2023-01-26 23:16:33 | 新作映画を見てみた

『ピンク・クラウド』(2023.1.26.オンライン試写)

 高層アパートの一室で一夜を共にしたヤーゴ(エドゥアルド・メンドンサ)とジョヴァナ(ヘナタ・ジ・レリス)を、翌朝、けたたましい警報が襲う。強い毒性を持つピンク色の雲が街を覆い、その雲に触れるとわずか10秒で死に至るのだという。

 2人は、窓を閉め切って部屋に引きこもり、そのままロックダウン生活を強いられることになる。事態は一向に好転せず、人々はこの生活が終わらないことを悟り始める。

 月日が流れ、父親になることを望むヤーゴに、ジョヴァナは反対するが、やがて2人の間にリノが誕生。リノは家の中という狭い世界で成長し、ヤーゴは新しい生活になじんでいくが、ジョヴァナの心中に生じた歪みは次第に大きくなっていく。

 突如として発生した毒性の雲により部屋の中に閉じ込められてしまった人々の姿を描いたSFスリラー。これまで6本の短編作品を手掛けたという、ブラジルの新鋭女性監督イウリ・ジェルバーゼの長編初監督作。

 2017年に脚本が書かれ、19年に撮影されたというから、何とコロナによるロックダウン以前に作られた話ということになる。先見の明とでもいおうか、その類似性には驚くばかりだが、同時に、SFが現実になってしまったような薄気味悪さも感じさせられる。

 ピンクがかった画調による、絶望的な閉塞感の中で、ヤーゴ(男)とジョヴァナ(女)の違いが浮き彫りになってくるところが面白い。コロナ禍がなければ、“ちょっと変わった映画”という評価だけで終わっていたかもしれない。その意味では、“時を得た映画”ともいえるだろう。 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする