マリファナだけにこちらも煙に巻かれます
舞台は1970年のロサンゼルス。ヒッピー私立探偵のドク(ホアキン・フェニックス)は、元恋人のシェスタからの依頼を引き受けたばかりに、彼女の愛人の不動産王をめぐる事件に巻き込まれていくという、ちょっと風変わりなハードボイルド劇。
監督はくせ者ポール・トーマス・アンダーソン(通称PTA)。原作は謎の天才作家と言われるトマス・ピンチョンで、原題は「内在する欠陥」と聞いた時点で、俺の中では“難解”を予測させる危険信号が灯った。
ところが、冒頭のくすんでざらついた画面や登場人物のファッションを見た瞬間、70年代のニューシネマぽいものを感じてうれしくなってしまった。それもそのはず。PTAと撮影監督のロバート・エルスウィットは昔ながらの35ミリフィルムでこの映画を撮影したのだ。
で、ロスを舞台にしたノスタルジックな雰囲気の中で、私立探偵が大掛かりな陰謀劇に巻き込まれるという展開は、70年代に30年代を描いたロマン・ポランスキーの『チャイナタウン』(74)か、はたまた、40~50年代の探偵フィリップ・マーローを70年代に登場させたロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』(73)をほうふつとさせるのかなどと勝手に喜んだのもか束の間、やはりというべきか、映画はPTA独特の不条理な世界へと転化していく。
何しろ主人公のドク自身がマリファナ中毒者なのだから、現実と夢幻の境目が判然としない。マリファナだけにこちらも煙に巻かれたような気分になるし、登場人物は皆変人とくる。さすがにこれを2時間半近くも見せられると毒気に当てられたような気分になるが、見終わった後は妙に後を引く。この不思議な感覚こそがPTA映画の魅力なのか…。ホアキンにも増して、刑事役のジョシュ・ブローリンの怪演が見もの。
『ほぼ週刊映画コラム』
今週は
憎悪が生み出す負のパワーの強さを描いた
『セッション』
今週の名セリフは↓
「才能のない奴はロックをやれ」
詳細はこちら↓
http://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/994819
キンキンこと愛川欽也が亡くなった。晩年は司会者や2時間ドラマの名脇役としてのイメージが強かったが、その昔、キンキンば“声の名優”だったのだ。
子供の頃に見たテレビアニメなどでは、例えば、「おはよう!こどもショー」のロバくん、「スーパースリー」のマイト、「マッハGoGoGo」の覆面レーサー、「悟空の大冒険」の沙悟浄、「ハクション大魔王」のそれからおじさん、「いなかっぺ大将」のニャンコ先生等々、まさに変幻自在の声で楽しませてくれた。後年は、ラジオの深夜放送『パック・イン・ミュージック』でもお世話になった。
それらにも増して、キンキンといえばジャック・レモンの声の吹き替えが絶品だった。ビリー・ワイルダー監督の『お熱いのがお好き』(59)、『アパートの鍵貸します』(60)、『あなただけ今晩は』(63)、『お熱い夜をあなたに』(72)、『フロントページ』(74)…。他にも『ミスタア・ロバーツ』(55)、『夜の乗合自動車』(56)、『ちょっとご主人貸して』(64)、『女房の殺し方教えます』(64)、『グレート・レース』(65)
などなど…。
キンキンは、レモンの持ち味である小市民的なユーモアとペーソス、そして時に陥る狂気などを見事に日本語で表現していた。こちらは、本人の声よりも先にキンキンの吹き替えでレモンに親しんでいたから、後から本人の声を聞いた時に、あれっ何か変だなと違和感を覚えた。妙な話だが、キンキンの方がレモンらしいなと思ったのだ。そうなのだ。ジャック・レモンの魅力を最初に教えてくれたのは愛川欽也だったのだ。
当ブログでジャック・レモンについて触れた、名画投球術No.10 「枯れないおじいさんが観たい」ジャック・レモン&ウォルター・マッソーはこちら↓
http://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/e34bed1175b4f14047e2c232a1de2663
名画投球術No.13 いい女シリーズ3「かわいい女を観てみたい」シャーリー・マクレーンはこちら↓
http://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/761dd43fae724252b8d00b08cd7af6b8
ビジュアルと演奏シーンは素晴らしいが…
伝説のギタリスト、ジミ・ヘンドリックスの伝記ドラマ。ジミヘンがスターとなるモンタレー・ポップ・フェスティバル以前の英国での活動を中心に、彼の女性関係や苦悩、知られざる素顔を描いている。監督・脚本は、脚本家、製作者として『それでも夜は明ける』でオスカーを得たジョン・リドリー。
見どころは、ヒップホップデュオ、アウトキャストのアンドレ・ベンジャミンが、徹底的な肉体改造やギタートレーニングを経てジミヘンに成り切っているところ。これはお見事。ところが、ビジュアルと演奏シーンは素晴らしいが、人間ドラマとしては中途半端な印象を受ける。
また、最初にジミヘンの才能を発見したリンダ・キースと彼女の恋人のキース・リチャーズ、アニマルズを辞めてジミヘンのマネージャーとなるチェス・チャンドラー、ジミヘンの才能に驚くクリーム時代のエリック・クラプトン、エクスペリエンスの伝説のドラマー、ミッチ・ミッチェル、そしてブライアン・エプスタインとビートルズ…と、ジミヘンを媒介として次々にビッグネームが登場する60年代後半の英国ロックシーンの裏話は興味深く見たが、映画全体としてはテンポの悪さが目立つ。
そして、ジミヘンの曲の使用許可が下りなかったためか、クライマックスが、67年にサビル・シアターでジミヘンが本家ビートルズを前に演奏した「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の再現にとどまったのも残念だった。
フィルムセンターで開催中の日本映画史横断6 東映時代劇の世界Part2
『江戸っ子繁昌記』(61)
中村錦之助が酒好きで気のいい魚屋勝五郎と旗本・青山播磨という対照的な一人二役を演じる人情時代劇。これは、やはり錦之助が二役を演じた『一心太助』シリーズの魚屋太助と将軍徳川家光、『森の石松鬼より恐い』(60)の現代の演出家と森の石松と同様のスタイルだ。
あるいはこれらの発展型として、一人七役の『武士道残酷物語』(63)、一人三役の『冷飯とおさんとちゃん』(65)もある。今さらながら錦之助の芸達者ぶりがしのばれる。
そんな本作の監督は、『森の石松鬼より恐い』のオリジナル『続清水港(清水港代参夢道中)』(40)を撮ったマキノ雅弘だ。また本作は、落語の「芝浜」と長屋物、怪談の「番町皿屋敷」、歌舞伎の「魚屋宗五郎」、旗本と町奴が対立する水野十郎左衛門の話などを下敷きとしながら、これらを合体させ、一つの物語として仕立て上げている。脚本成沢昌茂の力技に舌を巻く。
勝五郎の女房に長谷川裕見子、長屋の隣人に千秋実、桂小金治、金貸し婆に高橋とよ、大家に坂本武と、脇も名優ぞろい。長屋物の魅力満載の一編だ。
フィルムセンターで開催中の日本映画史横断6 東映時代劇の世界Part2
『鞍馬天狗』(59)
原作大佛次郎、監督マキノ雅弘 脚色結束信二。東千代之介主演のシリーズ最終作。鞍馬天狗史上初のカラー作品とのこと。千代之介の倉田典膳=鞍馬天狗からはいささか線が細い印象を受けるし、本作では見どころの一つである杉作少年との絡みも薄い。
対照的に天狗の恋人の芸妓を演じた美空ひばりの存在感がすごい。歌はもちろん、見事な京都弁と何気ないしぐさや表情が相まってとても色っぽい。当時21歳とはまさにアンビリーバブル! この映画の主演は実はひばりだったと言っても過言ではないほどだ。
ひばりは嵐寛寿郎の鞍馬天狗では杉作を演じているが、本作には、丘さとみらの角兵衛獅子が、ひばりのヒット曲「越後獅子の歌」を歌うシーンがある。これは一種のパロディーだったのだろうか。
天狗の敵役となる新選組の近藤勇に月形龍之介、土方歳三に沢村國太郎、沖田総司に原健策。そして天狗の相棒の黒姫の吉兵衛に千秋実。
フィルムセンターで開催中の日本映画史横断6 東映時代劇の世界Part2
『殿さま弥次喜多 捕物道中』(59)
監督・脚本沢島忠、脚本笠原和夫による『殿さま弥次喜多 怪談道中』の続編。尾張と紀州の若殿(中村錦之助と賀津雄兄弟)が町人“弥次喜多”に身をやつし、さまざまな騒動に巻き込まれながら道中を行く。理屈抜きに楽しいミュージカル仕立てのコメディー。何でもありのごった煮時代劇の魅力爆発。
橋本治の『完本チャンバラ時代劇講座』に書かれていたように、登場人物をやたらと走らせることでスピード感を生んでいる。船上でのアクションの後に、船が壊れていかだになり、二人の殿さまだけが残るというラストシーンは、ジョン・フォードの『周遊する蒸気船』(35)からのいただきかとも思ったが、こちらの日本初公開は96年だからそれは無理なこと。しからば乗っているSLを壊して燃料とする、50年日本公開の『マルクスの二挺拳銃』(40)あたりが大もとか。
錦之助と賀津雄はもちろん、家老役の杉狂児と渡辺篤、田舎侍の山形勲、ドジな岡っ引きの薄田研二らが楽しく盛り上げる。悪の親方に月形龍之介。桜町弘子、中原ひとみ、丘さとみらが花を添え、ダークダックスの歌声も効いている。
『ほぼ週刊映画コラム』
今週は
見果てぬ夢を追う男の孤独を描いた
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
今週の名セリフは↓
「君は望みを果たせたか」
「果たせた」
「何を望んだ?」
「みんなに愛されること」
byレイモンド・カーヴァー(劇中劇『愛について語るときに我々の語ること』より)
詳細はこちら↓
http://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/993016
『THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本版260号』に映画『パプーシャの黒い瞳』のヨアンナ・コス=クラウゼ監督へのインタビュー記事掲載中。
本作は、史上初のジプシー女性詩人となったブロニスワヴァ・ヴァイス=通称パプーシャの生涯を、激動のポーランド近代史に重ね合わせながら、鮮やかなモノクロ映像で描いた映画。ヨアンナ監督は、夫で共同監督だった故クシシュトフ・クラウゼと二人の撮影監督と共に編集室にこもって作り上げたと語っていた。音楽も素晴らしい。
ビッグイシュー日本版の詳細はこちら↓
http://www.bigissue.jp/latest/index.html
街で販売員の方を見掛けられましたらぜひご購入、ご一読ください。
橋本治の『完本チャンバラ時代劇講座』(徳間書店)を再読。
二段組み415ページにも及ぶ大冊。1986年の刊行時に購入したものの、あまりにも内容が濃く、こちらの知識も伴わず、飛ばし読みで終わっていたのだが、今回約30年ぶりに読み直してみたら面白くて止まらなくなった。
内容は
「第一講 チャンバラ映画とはなにか」
チャンバラ映画と小説、演劇との関係について。長谷川一夫の流し目について。
「第二講 これが通俗だ!」
大河内傳次郎と阪東妻三郎の『丹下左膳』の違いについて。市川右太衛門の『旗本退屈男』シリーズを中心に東映チャンバラ映画のパターンについて。
「第三講 格調の高さの研究」
「忠臣蔵」を中心に歌舞伎との関係などについて。
「第四講 チャンバラ映画の流れと、青年の研究」
黒澤明の『用心棒』(61)『椿三十郎』(62)、伊藤大輔と嵐寛寿郎の『鞍馬天狗横浜に現る』(42)、二川文太郎と阪妻の『雄呂血』(25)、内田吐夢と片岡千恵蔵の『大菩薩峠』シリーズなどを基に、時代劇における青年像を掘り下げ、男と女の違いについて語り、最後は藤純子主演の『緋牡丹博徒』シリーズにたどり着く。
「終講 あの笑顔、そしてその笑顔」
マキノ雅弘&阪妻の『血煙高田馬場』(37)、あるいは沢島忠の諸作を中心に、“走る”ことを中心とした何でもありのゴッタ煮チャンバラ映画の魅力を語り、最後は阪妻のえもいわれぬ笑顔について語って、幕となる。
終講で、沢島忠監督について書かれた『週刊文春』の記事の引用があったが、この一文が沢島時代劇の魅力を見事にいい当て、あまりに素晴らしかったので孫引きさせてもらう。
~(沢島忠が)昭和32年に一本立ちの監督になってからは、恐ろしいもので、撮る映画のどれも、登場人物が、ひたすら走りに走っているので、映画評論家も観客もビックリしてしまった。
一心太助が走り、若さま侍が走り、お染が久松の手をひいて野崎村のドテ道をこけつまろびつ突っ走り、ふり袖小僧がふり袖をひるがえして町の中をかけぬけ、弥次さんと喜多さんが命からがら全速力で逃げ、どこへ行ったかむっつり右門の旦那を、泡を吹いておしゃべり伝六が追っかけ、
助さん格さんは若いから走ってもフシギはないとして、水戸黄門までがかけだしていたし、爺さんがかけるのは黄門だけじゃなく、大久保彦左衛門までかけ足で、江戸城のなかを、徳川家光まで全速力でつっ走るというのだから、
沢島時代劇は、下(しも)は横丁の犬から、上(かみ)は公方(くぼう)さままで、ヒタスラムヤミに狂気のごとく走り通しているというので人気がわいた。