昭和42年の2月の終わりごろ、僕はサツキにどうしても伝えておかなければならない事があって、それは今後の人生に大きくかかわる事でもあったから、チャンスが来たらいつでも伝えられるように何回も何回も考えて練習していた。
「うーん。余り格好つけてもなんだしな。ここはさりげなく言った方がいいのかな。」
「寛太。早く風呂に入ってしまいな。湯が覚めちゃうじゃないか。」
「はーい。今行くよ。」
「まあ、こんな感じでいいか。」
その時期、同級生のみんなはそれぞれに進路を決めていた。多くの者は都心に働き口を見つけたが、京都や大阪といった関西方面の大学や企業へゆく者もいて、外に出てゆく事に少し羨ましさを感じていた。松之郷に住んでいる者、特に僕のような長男は家を継いで田畑の面倒をみることがあたりまえだったから、仕方がない事だとあきらめていたが、親父は「もう時代が違う。これからは働きながら、ついでに田畑の面倒を見ればいい。わしらも体の動くうちはがんばるから。」と、就職への後押しをしてくれたおかげで、4年前に隣町に出来た「恩田技研」という自動車工場に就職する事が出来たのだけれど、その頃の僕は就職出来たことのうれしさよりも、サツキに想いを伝えたいと言う気持ちで頭がいっぱいだった。
翌朝、稲荷前のバス停に向かうと寒そうにたたずむサツキの姿が見えた。それでも、僕を見つけるといつものように手を挙げて元気よく「おはよう!」と挨拶してきた。
にこりと微笑むその笑顔は本当に可愛くて、思わずドキリとしてしまう。この気持ち知らねえんだろうなと思いながら、「おっ、おう。おはよう。」と、右手を軽く上げ低い声で応えると、「げんきがないぞ!!どうした寛太!」といって、笑った。
「そこ笑う所かよ。」
「笑う所じゃなくて何なの? 」
「バカにしてるだろ。」
「バカにしてる。と思っている方がバカにしてるわ。」
悔しいけれど、こいつには勝てない。仕方がないから、
「まぁ~そうだな。」
と、言って折れると、
「そうでしょ。そうでしょ。」と、無邪気に笑って勝ち誇っている。
こうやって二人でバスに乗って高校へ行くのもあと数日。なんとかせねばと気ばかり焦る。
ぶつぶつと独り言を言いながら考えていると、隣で白い息を弾ませながらBaby's good to me, you know~と軽快に隣で口づさんでいる。
「何? その英語の歌? 誰の歌? 」そう言うと、
「ビートルズだよ。アイ・フィール・ファインっていう曲だよ。」と、さらりと答えた。
「ビートルズ? 流行ってるのそれ? 」
「うん。今世界で一番人気があるんじゃないかな。」
「へぇ~。全然知らないや。俺はどちらかと言うと唐獅子牡丹の方がいい。」
「唐獅子牡丹? どんな歌なの? 」
これだ。この感覚がサツキらしい。いつも驚かされる。
「しょうがね~な。 ちょっと聞いてろよ。」
その時、僕は健さんになったつもりで「ぎぃ~り~とぉ~にんじょぉお~はかり~にぃ~かけりゃぁあ~」と歌って見せた。これ以上ないというくらい熱唱すると、サツキは意外にも「へぇ~。いい歌だね。」と、言った。
「これはさ。網走番外地っていう映画の主題歌だよ。本物を聴くともっとしびれるぜぇ。」
「あ~。そういえば駅前の映画館の大きな看板で見たわ。これがあの映画の曲なんだね。そうかぁ~。そう言うのには疎くて、知らなかった。なんだかごめんね。」
そう言うサツキに向かって僕はちょっとカッコつけて「いや。いいんだ。かまいやぁしませんぜ。」というと、「ほらバスが来たよ。」と、何事もなかったように一歩前に進んだ。僕は少し恥ずかしくなって「わかってるよ。」と言ってサツキに続いた。
バスに乗ると、車掌さんに「おはようございます。」と挨拶をする。サツキは欠かさず挨拶をしてからいつもの場所に腰を掛ける。そして僕はサツキと一緒にバスに乗る時は、サツキが座った後ろの座席に座る。これが二人の決まりになっていた。その理由はこの先のバス停からサツキの親友が乗ってくるからだけれど、何度か隣に座ってやろうと思ってはみるが勇気がなくて一度も隣に座ることが出来なかった。
「うーん。余り格好つけてもなんだしな。ここはさりげなく言った方がいいのかな。」
「寛太。早く風呂に入ってしまいな。湯が覚めちゃうじゃないか。」
「はーい。今行くよ。」
「まあ、こんな感じでいいか。」
その時期、同級生のみんなはそれぞれに進路を決めていた。多くの者は都心に働き口を見つけたが、京都や大阪といった関西方面の大学や企業へゆく者もいて、外に出てゆく事に少し羨ましさを感じていた。松之郷に住んでいる者、特に僕のような長男は家を継いで田畑の面倒をみることがあたりまえだったから、仕方がない事だとあきらめていたが、親父は「もう時代が違う。これからは働きながら、ついでに田畑の面倒を見ればいい。わしらも体の動くうちはがんばるから。」と、就職への後押しをしてくれたおかげで、4年前に隣町に出来た「恩田技研」という自動車工場に就職する事が出来たのだけれど、その頃の僕は就職出来たことのうれしさよりも、サツキに想いを伝えたいと言う気持ちで頭がいっぱいだった。
翌朝、稲荷前のバス停に向かうと寒そうにたたずむサツキの姿が見えた。それでも、僕を見つけるといつものように手を挙げて元気よく「おはよう!」と挨拶してきた。
にこりと微笑むその笑顔は本当に可愛くて、思わずドキリとしてしまう。この気持ち知らねえんだろうなと思いながら、「おっ、おう。おはよう。」と、右手を軽く上げ低い声で応えると、「げんきがないぞ!!どうした寛太!」といって、笑った。
「そこ笑う所かよ。」
「笑う所じゃなくて何なの? 」
「バカにしてるだろ。」
「バカにしてる。と思っている方がバカにしてるわ。」
悔しいけれど、こいつには勝てない。仕方がないから、
「まぁ~そうだな。」
と、言って折れると、
「そうでしょ。そうでしょ。」と、無邪気に笑って勝ち誇っている。
こうやって二人でバスに乗って高校へ行くのもあと数日。なんとかせねばと気ばかり焦る。
ぶつぶつと独り言を言いながら考えていると、隣で白い息を弾ませながらBaby's good to me, you know~と軽快に隣で口づさんでいる。
「何? その英語の歌? 誰の歌? 」そう言うと、
「ビートルズだよ。アイ・フィール・ファインっていう曲だよ。」と、さらりと答えた。
「ビートルズ? 流行ってるのそれ? 」
「うん。今世界で一番人気があるんじゃないかな。」
「へぇ~。全然知らないや。俺はどちらかと言うと唐獅子牡丹の方がいい。」
「唐獅子牡丹? どんな歌なの? 」
これだ。この感覚がサツキらしい。いつも驚かされる。
「しょうがね~な。 ちょっと聞いてろよ。」
その時、僕は健さんになったつもりで「ぎぃ~り~とぉ~にんじょぉお~はかり~にぃ~かけりゃぁあ~」と歌って見せた。これ以上ないというくらい熱唱すると、サツキは意外にも「へぇ~。いい歌だね。」と、言った。
「これはさ。網走番外地っていう映画の主題歌だよ。本物を聴くともっとしびれるぜぇ。」
「あ~。そういえば駅前の映画館の大きな看板で見たわ。これがあの映画の曲なんだね。そうかぁ~。そう言うのには疎くて、知らなかった。なんだかごめんね。」
そう言うサツキに向かって僕はちょっとカッコつけて「いや。いいんだ。かまいやぁしませんぜ。」というと、「ほらバスが来たよ。」と、何事もなかったように一歩前に進んだ。僕は少し恥ずかしくなって「わかってるよ。」と言ってサツキに続いた。
バスに乗ると、車掌さんに「おはようございます。」と挨拶をする。サツキは欠かさず挨拶をしてからいつもの場所に腰を掛ける。そして僕はサツキと一緒にバスに乗る時は、サツキが座った後ろの座席に座る。これが二人の決まりになっていた。その理由はこの先のバス停からサツキの親友が乗ってくるからだけれど、何度か隣に座ってやろうと思ってはみるが勇気がなくて一度も隣に座ることが出来なかった。