硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 5

2014-08-12 06:16:04 | 日記
処分が一段落すると、次郎は集まった同志に向けて、

「処分しなかった設計図は我々個人個人の手で保存することとした。しかしこれは我々独自の行動であるが故、決して口外せぬようにお願いしたい。そしてこの時代が人々から忘れ去られるまで誰の目にもつかぬように保管していただきたい。」

と言うと、皆は静かにうなずいた。すると、次郎の横で立ち尽くしていた部下の鈴木が思い余る思いを吐露した。

「堀越さん。俺たちは今迄飛行機作りに心血を注いで来ましたが、その為に沢山の人の血が流れてしまった・・・。俺達が作って来た飛行機が成した事ってなんだったんでしょうね・・・。」

皆が一斉に鈴木を見た。それを観た次郎も、誰もがどこかで思っていた事なのだと察し、主任として真摯に答えねばなるまいと決心した。

「そうだね・・・。」

呟くように言うとしばらく沈黙がつづいた。となりにいる曽根、燃え続ける設計係の歴史を囲んでいた皆も、次郎の答えを静かに待った。蝉の鳴き声だけがその場に響いていた。次郎は、少し顔を上げると鈴木の問いについて答え始めた。

「日本における航空技術の進歩・・・でしょう。たしかに我々が戦闘機を作った為に敵味方関係なく多くの人命が奪われましたが、我々は参謀でもなければ政治家でもなく、ただパンを得る為に集まったわけでもありません。我々はエンジニアであり、飛行機が作りたくて集まった同志であり、常に良い製品を作る為に、誰かの期待にこたえる為に、どの国にも負けない美しさと高性能を兼ね備えた機体を生み出す事がすべてではなかったでしょうか。」

それを聞いた曽根は「無論です。」と言うと、次郎は少し間をおき、

「・・・もし、仮に。」

と、続けると、鈴木が「仮に?」と、問いかけた。すると次郎は鈴木を見ながら、

「・・・仮に、日本が勝利していたら・・・おそらく我々は、鈴木君が提起した哲学的な問題を考えることなく、さらに人も物資も豊富だったら、より高性能な戦闘機を何の疑いもなく作り続けていたでしょう・・・。だから、勇気を持って言うならば、この結果は日本にとって精神的な進歩をもたらしたと考えるべきでしょう・・・。鈴木君が言わんとすることは僕にもよく解りますが、多くの人命を奪った責任の所在を追求し出したら、どこまで歴史をさかのぼればいいのか分からなくなってしまいます。しかし、仕事とはいえ戦争する為の兵器を作る事に加担していたわけですから、罪の意識を持って生きてゆかねばなりません。しかし、だからといって懸命に努めてきた日々まで卑下することはないと思います。」

と、返答した。それを聞いた鈴木は大きく頷き「そうですね。」と短く答えた。