「あっ、そうそう、主人から言伝を預かってましたのよ。ちょっとお待ちになって。」
里見氏からの言伝を思い出した夫人は席を立ち、品の良い舶来製の家具の引き出しを開けると、その中からえんじ色の綺麗な本を取り出した。
「これですの。」
「これは?」
「奈穂子さんの日記です。主人が申すには、奈穂子さんが亡くなるひと月前までつけていたそうです。堀越さんが尋ねてきたら必ずこれを渡すようにと託っていましたのよ。」
次郎は両手で日記を受け取ると、
「ありがとうございます。」
と言って、しばらく表紙をじっと見つめた。しかし、開けることなくカバンにしまうと、里美夫人が、
「あら、お読みにならないの? 」
と尋ねたが、次郎は上手く気持ちを言葉に出来ず、「はい。今はまだ・・・。」と言ってお茶を濁した。夫人もその気持ちを察し、それ以上日記の事には触れず、これまでの里見氏の事業の事やこの界隈の出来事を面白おかしく話した。次郎は夫人の気持ちに感謝し、しばらく夫人の話に耳を傾けていた。そして、皆が無事であることに安心した次郎は機を見て、
「・・・実家の方も気になりますので、そろそろお暇します。色々お話を聞けて良かったです。」
と切り出すと、里見夫人も、
「私も堀越さんにお会いできてよかったわ。この事は主人には必ず伝えておきますわ。遠慮なさらずに、またいらしてください。」
と、言って気持ちをくんだ。
「ありがとうございます。それではお義父さんや義兄さんによろしくお伝えください。」
次郎は一礼をして席を立つと、夫人も席を立ち女中と共に次郎を玄関まで見送った。初対面であるのに親切に応対してくれたことに感謝し、再度一礼して奈穂子の家を後にした。
次郎は駅に向かう道を歩きながら、これからの事を考えていたが、焼跡の中でもバラック小屋を建てて生活を始めている人々の力強さを見て、
「負けてなるものか。」
と呟いた。
里見氏からの言伝を思い出した夫人は席を立ち、品の良い舶来製の家具の引き出しを開けると、その中からえんじ色の綺麗な本を取り出した。
「これですの。」
「これは?」
「奈穂子さんの日記です。主人が申すには、奈穂子さんが亡くなるひと月前までつけていたそうです。堀越さんが尋ねてきたら必ずこれを渡すようにと託っていましたのよ。」
次郎は両手で日記を受け取ると、
「ありがとうございます。」
と言って、しばらく表紙をじっと見つめた。しかし、開けることなくカバンにしまうと、里美夫人が、
「あら、お読みにならないの? 」
と尋ねたが、次郎は上手く気持ちを言葉に出来ず、「はい。今はまだ・・・。」と言ってお茶を濁した。夫人もその気持ちを察し、それ以上日記の事には触れず、これまでの里見氏の事業の事やこの界隈の出来事を面白おかしく話した。次郎は夫人の気持ちに感謝し、しばらく夫人の話に耳を傾けていた。そして、皆が無事であることに安心した次郎は機を見て、
「・・・実家の方も気になりますので、そろそろお暇します。色々お話を聞けて良かったです。」
と切り出すと、里見夫人も、
「私も堀越さんにお会いできてよかったわ。この事は主人には必ず伝えておきますわ。遠慮なさらずに、またいらしてください。」
と、言って気持ちをくんだ。
「ありがとうございます。それではお義父さんや義兄さんによろしくお伝えください。」
次郎は一礼をして席を立つと、夫人も席を立ち女中と共に次郎を玄関まで見送った。初対面であるのに親切に応対してくれたことに感謝し、再度一礼して奈穂子の家を後にした。
次郎は駅に向かう道を歩きながら、これからの事を考えていたが、焼跡の中でもバラック小屋を建てて生活を始めている人々の力強さを見て、
「負けてなるものか。」
と呟いた。