硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 6

2014-08-13 06:02:33 | 日記
太陽が昇りきると山国特有の直射日光が次郎達を焼きつくさんばかりに照らし、蝉がうるさい位に鳴き出した。何とも言えぬ喪失感の中、しばらくその場に立ち尽くしていると、再び黒川がやってきて、

「皆、御苦労だった。この先、どうなるか俺にも分からんが、三菱はきっと会社として再建を果たすだろう。もし、新たな事業を始めるときは、又皆といっしょに勤めてゆきたいと思う。そのときまで各人諦めることなく奮起して生きていってほしい・・・。今までありがとう。」

と、言って頭を下げた。皆も黒川に頭を下げると、黒川は改めて設計所の皆に向けて今後の処遇について述べた後、解散命令を出した。この瞬間、皆は職を失った。時節のすることは無常であった。皆は誰からともなく極秘裏に進められた保存資料を手にし、一人ひとり次郎へ別れの挨拶をつげた。その中でも河合、後藤、神谷の三人の女性設計士は、挨拶の際に涙を流すと次郎は、

「戦争は終わりました。これからの世は、欧米のように女性が社会で活躍するようになるでしょうから、努力を怠らず、重々自愛し頑張ってください。今までご苦労様でした。」

と、言ってこれまでの労苦をねぎらい、彼女たちの未来を案じつつ見送った。

火が小さくなって灰になって積もった設計図を竹やりの先で突いて跡形もなくなるまで丹念に焼却していると、曽根が次郎に本心を吐露した。

「僕はもう、戦闘機は作りたくありません。こんなことになるのなら作らなければよかったと思っていました。でも、先ほどの話を聞いて少し心持が軽くなりました。もし、この先、堀越さんと飛行機を作る機会が訪れるとしたら、今度は皆が幸せになる飛行機を作りたいと思います。」

その言葉を聞いて、次郎は幼いころに見たカプローニとの夢を思い出した。

「うん。そうしよう。次は皆が幸せになる飛行機を作ろうじゃないか。」

と、言うと、曽根は涙を流しながら次郎に握手をもとめ、二人は固い握手をした。

「きっとですよ! それまで元気でいてください。」

「うん。きっとだ。曽根君も元気で・・・。」

設計所に集まった同志達は、託された設計図を持ち、役目を終えた設計所から、先の見えぬ未来へ向けて去って行った。