硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 2

2014-08-09 07:00:56 | 日記
小さな裸電球の灯りに照らし出される次期甲戦闘機の翼面図。設計の見直しに向き合う次郎の顔は赤みを帯びているようにみえたが、顔は青白く、昨年末から慢性的にせき込むようになり、体調を崩していた。しかし疎開作業によって出た遅れを取り戻すために、身心を削るように徹夜作業を続けていた。

そして、昭和20年8月14日の日付が変わろうとしている頃、上司の黒川が息を切らしながら駆け付けると、厳しい表情で、

「次郎! 軍部から航空機の設計図などすべて焼却処分しろとの命令がでた。」

と、言った。敗戦という結末は人によっては受け入れがたいものであったが、次郎は理性を失わなかった。それは戦闘を続けてゆく為の戦闘機の設計に取り組みながら思っていた、矛盾した未来の一つであったからであった。

「・・・それはどういうことですか?」

と、穏やかな口調で黒川に尋ね返すと、黒川は表情をこわばらせ、

「・・・日本は負けた。明日、陛下よりお言葉を授かった後、それを持ってこの工場も閉鎖となる。しかし、アメリカに貴重な技術や情報を渡す事はならないということだ・・・。」

と、言った。次郎は鉛筆を置き、眼鏡をはずすと静かに息を吐き、「・・・しかたがありませんね・・・。」と呟いた。時節のすることとはいえ、落胆した次郎の気持ちを察した黒川は、

「・・・曽根君や他の設計士にも連絡をした。そのうちに駆け付けてくれるだろうから、君たちの判断で処分するもの、保存するものを分別して、早急に始めてくれ。」

と、軍部の命令とは違った指示を出した。次郎は深くうなずき「わかりました。曽根が到着次第、作業に掛ります。」

と言うと、心中を察してくれた次郎に対して、申し訳なさそうに、

「本当にすまない。しかし、私のできる事はこれ位なのだ。分かってくれ・・・。」

と言い残し、慌しく次の部署へと走って行った。次郎は次期甲戦闘機の図面をじっと見つめ「もう必要がなくなったのだ」と自身に命令し、図面を丸めると、席を立ち、真っ直ぐ設計図保管庫へゆくと、うす暗い電灯を点け、棚から過去の設計図を取り出して確認作業を始めた。

次郎が手掛けた7式艦戦から今日までの13年分という資料を焼却処分する事は身を切るような思いと同じであったが、黒川の「保存」という判断は唯一の心の救いになっていた。