昨日は午前中に「卒啄珈琲塾」
クーラーをつけるほどではなかったけど、焙煎をしはじめると
温度が少しあがる。
少し深く豆を焙煎し、いつもより多めの豆を石臼で挽き、能登島
から汲んできた水を沸かし、飲むと、涼やかな珈琲の風を感じる。
老子の「道(タオ)」を感じる瞬間。
銀座の骨董屋から電話があり、そんな時はいつもおもしろいものが入った
時(自分からは、こんなものが入ったとはけっしていわない・一流の骨董屋の流儀)、
にでかけた。
京都には「山紫水明処」という場所がある。煎茶を生涯楽しんだ「頼山陽」の書斎で
文人茶を楽しんだ空間の模範みたいなところ。広島の人だが、なぜだか、北九州の
小学校の騎馬戦のことを「川中島」といい、頼山陽の「川中島」を吟じながら、始まる
のがならわしだった。
骨董屋の二階にいくと、頼山陽の書簡、つまり手紙を表装した軸がかかっていた。
宛名が「鳩居堂」になっていて、どうも「甘酒の作り方を教えてほしい」というような内容だ。
また、好日居かや亀岡あたりでお茶会をやる時に、面白そうなので、「もってかえります」
といって包んでもらった。帰りは東京駅まで歩き、汗をかいたので、八重洲地下街で、
ドイツのなんやらビールを飲んでお店に戻った。帰省客で混雑している東京駅に「季節」
を感じた。季語のない東京では、衣替えや、帰省ラッシュの時などに、季節を感じる。
夜は「無茶しぃの会」
矢羽すすきと萩を掛け花にし、南條先生の短冊をかざり、井上春峰のすすり茶碗で、
玉露を楽しむ。まさに「清風」を感じる時。
能登に移りすんだ煎茶のお弟子様がおくってきた梅を梅干しにしたのをおすそわけした。
来年は、有志を募って、能登の梅林にいって、梅をつみ、梅干しをつくる女子を募集することにあいなった。
能登の女子がうまい名前をつけた。「梅林(バイリン)ガールズ」。座布団もんのだ。縁側にすわり、涼やかな風の
中で梅干しをころがしながら、茶を飲む。「日本人に生まれかわってよかった」と、幸せな一服。