長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

アマさんたち

2016-12-17 08:25:20 | Weblog

昨日は「ダメ中」だった。その前に深谷でネギを生産している友達から、もちのさしいれ

があった。その畑の近くの蕎麦屋さんが毎日ついているらしい。

そこの畑に先日まーくんが遊びにいった。「すごいパワーをいただいてきました」とのこと。

昨日は寒かったので、「てあぶり」をテーブルにふたつおいて中国語のお勉強をした。

「楓橋夜泊」の詩を、中国語でろうろうと詠むのがならわしになってきた。いいものだ。

3月に南島原の蕎麦会がある。中国語の先生も同行する予定になった。なつき亭には、床の間

があり、楓橋夜泊が飾ってある。それを中国語で吟じて、そばを喰う、そんな風狂な会になりそうだ。

勉強が終わって蕎麦会になった。さっそくてあぶりの五徳と上に網をのせ、いただいたもちを焼く。

いつものように、ぼく以外はみんな女子。まるで海女(あま)さんが、浜にあがって焚火を囲んで

車座になっているところにお邪魔している感じ。あまさんは、男もいたわけで、「海士」と書いた。

チンチンにちょこっと藁をまいて海に潜っていたらしい。それがしめ縄というか、やはり神聖な

禊のしるしみたいなもんだったのだろう。ぼくの故郷の宗像あたりが、海女の発祥地で、日本海側の能登

あたりまでその文化が伝わっていった、というのが定説になっている。沖ノ島にあがる時は、今でも

フルチンで禊をしてからあがる。女人禁制の島。

今日は「インヨガ」。この会も男子禁制みたいに女子ばかりが集まってくる。東京にずっといると、

土も少ないし、空気もきれいでないし、月は見えるけど、星はあまり見えない。

ときどき電車にのってみると「スマホ人」たちが、何かが憑依したような顔してぼりぼりやっている。

ときどきは田舎の空気をすってリセットするのも必要かもなんばん。

明日は日曜日なので16時閉店。それから「蕎麦打ち大学」 まーくんの「満つまめの会」もある。(今年はぜんぶ満席だけど)


血圧を下げたい人はぜひ!

2016-12-16 08:36:31 | Weblog

昨日は午前中が卒啄珈琲塾で午後が無茶しぃの会。下では、タイムドメイン。

珈琲塾も3人のベテラン女子が集い、梅林さんの能登の生活などの話に花が咲いた。

昨日そのまま空港にいって、能登に帰っていかれた。帰るとすぐに、梅の剪定が始まるらしい。

春を一番先取りして咲く梅は、冬の寒さを経験するからこそ、香りたち、海の青 空の青にもまけない白い花を咲かす。

梅林さんは各地の神社などで奉納舞いなどをする仕事をたまわっておられる。話を聴いていると、まるで高天原(たかまがはら)

で、お茶会でもやっているような感じがしてくる。先日は、いっしょに「煎り番茶」の手前をした。「能登の千畳敷でこれやってみたい」

とのこと。「ちゃんと、満潮がいつか調べてやってくだい」と伝授した。彼女の出身の京都では「煎り番茶」が日常茶飯で料理屋に

いっても必ずでてくる。舌をリセットしてくれ、味覚がするどくなる効果があるようだ。血圧に悩む人はぜひ日常茶飯にするとよろし。

「産土神」。「うぶすなかみ」と入れると、こんな漢字がでてくる。いろいろな土地に昔からおられる氏神さま、みたいな存在かしらん。

そばや珈琲やお茶のお弟子さまたちが、偶然にも各地の海辺の街に移住をしはじめた。それぞれの守り神さんたちが、その土地土地

の「うぶしなかみ」さんたちと縁結びをして、その土地で、漁をしたり、梅林や田畑の世話をしたり、来年あたりから都会で疲れた

人たちの「おもてなし」をする癒し場を始める準備に入った。いろいろ楽しみである。

今日はかみさんのおばあちゃんの命日。彼女は日露戦争のころ能登で生を受け、成人して汽車で二日かけて新橋まででてきて、

99歳の本日昇華され、自身の誕生日に葬儀をした。

今日の夜は「ダメから始める中国語」。


さばを読む

2016-12-15 08:07:09 | Weblog

くらいに、美味い。

能登の花嫁よろしく、嫁いできたさばをしめさばにした次の日の朝。

5時に起きて、すぐに店にいき、蕎麦を打つ前に電気釜に5合の米をしこみ、

そばを打ち終わった後、それを飯台に入れ、酢・砂糖・塩を、冷蔵庫の横の

お札(といっても、論語の先生が描いた、南無観世音菩薩、という札)にかいた「早見表」

をたよりにつくり、ラップとクッキングペパーで、「さばの棒ずし」をつくった。

それを25人の「普茶の会」で出したら、大好評だった。京都には「いづ・・?」みたいな名前の

老舗があるけど、こんな新鮮で美味いさばが手に入るなら、改名して「いずこ」にでもしようかと思った。

昨日は、午前中が卒啄珈琲塾。終わって、残り物の「そば鮨」をだしたら、もともと美人の女子の顔が恵比寿顔になった。

午後はおくってくれた梅林ちゃんが、お茶を習いにこられたので、二日目の「さば寿司」をいっしょに食べながら、

作り方を伝授した。さばの恩返し。

今日も午前中は「卒啄珈琲塾」で午後が「無茶しぃの会」

夕方は「タイムドメイン」が一階。二階では「無茶しぃの会」

明日は「ダメ中」

 


能登から鯖が飛んできた。

2016-12-13 09:05:11 | Weblog

深夜食堂、というのが静かなブームらしい。お客さんに「あれを見ると、天真庵とだぶる」と

いわれた。その人の話だと、メニューは「豚汁」と「ごはん」しかないらしいが、お客さんに

「卵焼きできる?」とか「ポテサラ食べたい」ボリボリなんてされると、できるものは作ってだすそうだ。

お酒は3杯までで、それ以上所望されると、「うちは居酒屋じゃなく食堂だから・・」といって断るらしい。

昨日の昼間、クール宅急便が届いた。今年能登に移り住んで、夏はかき氷、今は朝3時におきて

漁師の見習いをしている奇人のお弟子様(だいたいぼくのお弟子様は、奇人が多い)からだ。

あけてみると、川魚でいう「尺」、つまり30cm以上ある「鯖」が届いた。しまも6尾。そばが一段楽した時に、

そうろうと魚用のまないたを用意し、すばやくさばく。「これさば」という種類みたいに、そんじょそこらのさばとは

似て非な色をしている。魚しこみ用のざるに、三枚におろした鯖をおき、両面に藻塩をたっぷりまぶし、ネコ

たちにぬすみぐいさらないように、オープンスペースに吊るしてある青い吊るし籠(釣り具やで売っている)に、

入れる。「3分間まつのだぞ」みたいに、4時間待って、それを水でささと洗い、三杯酢(ぼくは、蕎麦汁に、これまた

能登の梅林ガールズにいただいた梅でつくった梅酢を適宜)につける。塩と酢の時間の塩梅で、「味」がきまる。

昨日は「福の会」があった。昨日の人たちは、その「しまさば」を食べれる「福」に恵まれた。

漬けていた鯖を、またまた「魚用のざる」の上にのせ、酢が自然になんじていくのを待つ。ただまつのはつらいので、

しめさばの端を少し切って、試食といいきかせ、カウンターで本を読みながら、一献。ピンクがかった鯖の身を

口に入れ、酒を飲んだ瞬間に、うたが口をつく。♪のとは ひぐれて ゆーやけ こやけ~ あなたのしめさば たべにいくの

若き小柳ルミコが歌ったあの歌・・

あ、いけない。今日は25人の「大普茶料理会」があるのだ。こんなことやってる場合ではない。

今日はそんなわけで16時閉店。今年、昨年?アトランタからスーパーシェフたちがきて、蕎麦打ちをやった後

、二階で普茶料理をやった写真が、天真庵の「二階で普茶料理」とかいうところに確か写真がある。9人くらいやった。

今日は一階二階で25人。はたして、スケットなしでいけるかどうか、挑戦する日。

明日明後日は「卒啄焙煎塾」&「無茶しぃの会」 スイッチ全開のまま、12月は走っている。日々是好日。

 


卵かけごはん

2016-12-12 08:08:24 | Weblog

「暮らしの実験室 やさと農場」の卵を使います。

4日の日に、そこに蕎麦打ちにいった。今回はお子様つれの人たちが

目立った。「食育」とかいわれるけど、頭で教えたり、テレビや雑誌やネットで

得た情報を伝えても「食育のシ」にも届かない。やはり野菜とかにわとりやブタを

飼っている人たちと現場で触れ合うのが一番だと思う。

昨日は若い「そばもん」くんたちが蕎麦打ちにやってきた。ぼくが蕎麦を遣り始めた年齢

に近い。ひたいに汗する姿に新鮮味を感じた。恋もそばも初舞台がいいネ。

いけない、「卵かけごはん」の時間になった。

年末モードになって、スイッチは入りっぱなしだけど、おっついていない感じ。

明日は夜に「年末大普茶料理の会」があるので、お店は16時にて閉店させていただきます。感謝。

今日は「福の会」

何度も書くけど、福というのは、田んぼで獲れた穀物を神様に手向ける象形文字。

人間の「本来の幸福」とは、そのあたりにあるのだと思いませんか?


ニューヨークと京都の風が吹く

2016-12-11 08:57:08 | Weblog

昨日は近所のシャアハウスに住むギタリスト・赤須翔くんと、天真庵5年ぶりの井上智さん

のギターのライブだった。5年前の春はまだスカイツリーもできたばかっかりだし?(いやまだ途中やね)、セシルも

隣の隣のトトロみたいに住んでいて、時々天真庵にきて、好物の「クロキリロック」を飲んでいた。

井上さんを最初につれてきたのは、おなじころニューヨークで活躍していたジャズピアニストのKAZUKO BABA

さん。当時「順受の会」(論語の会)に彼女がきていて、その不思議な縁で井上智さんと3度くらいライブを天真庵で

やった。ふたりがジャズの演奏をやりはじめると、ニューヨークの風が吹いた。2000年前後には、毎年のようにニューヨーク

にいっていたので、なんか懐かしかった。

昨日は久しぶりに京都弁で「わしな今年還暦になったけど、まだならへんの?」と聞くと、「今年感謝還暦や」と井上さん。

「ほな、お互いに猿やったんやな」(井上) 「そこにいはる歯医者のOさんも猿やで。みざる・きかざる・いわざるができるな」

てな具合だ。井上さんは、同志社大学で、御所を斜めにはさんでぼくが立命館だったので、同じ時代の京都を闊歩している。

しかも昨日初めて「どこに下宿しとったん?」と聞いたら「下賀茂松の木町や」とのこと。「からふねやの本店のちかくやな」

というと、「よくいったわ」とのこと。40年前から、ぼくの珈琲を飲んでいたことに、お互いボケが始まる前にわかった。

「こんどゆっくり酒飲みながら話すと、いss

 

 


ゆずをゆづってもらう。

2016-12-10 08:56:13 | Weblog

蕎麦を打ち始めた13年くらい前、福岡に帰るたびに、「そばにあう柚子胡椒」を探した。

それこそ佐賀の祐徳稲荷さん界隈まで佐賀、いや探しにいった。

そして、ある小さな村の地産地消よろしく店で、「そばの味の邪魔をせず、蕎麦湯を入れた

時に幸せな香りがする」ものを見つけた。開店以来10年間、その柚子胡椒をつくるおばあちゃんに

頼んで作ってもらっている。寄る年波で、おばあちゃんの足腰が弱り、「今年で最後」になった。

先週最後の柚子胡椒が届いた。丁寧な手紙が5枚綴られていて、長いこと感謝の気持ちが込められて

いて、読んでいてジーンときた。最後の手紙に、そのレシピが添えられていた。昨年の晩秋あたりに、

今はなき「気骨の鮨職人」さんに教わっていたし、まわりに作り方を知っているのはあまたいるけど、

「こんなに手間をかけているんだ」という内容だった。来年は挑戦してみたい、と思う。

黙っていたら、消えていく技、みたいなものがいっぱい自然消滅していくような時代。なんでも

便利さ、とか安価を追求していった結果、毎日の生活がなんとなく「うるおい」みたいな豊かさに

かけるような時代になりさがってきた。けど、そろそろ振り子がふれて、もっと「ほんとうの豊かさ」

みたいなものが見直されてくるかもなんばん。

昨日、8人の若い建築家たちの普茶料理の会が終わり、「渡り舟」をカウンターで飲みながら

そんなことを思った。

今日はライブがあるので16時閉店。

ギターの井上智さんは、彼がまでニューヨークを中心に活躍するころから、何度か天真庵で

演奏してもらった。確か最後にきた時、近所に住んでいたジャズドラマーのセシル・モンロー

が遊びにきたので、5年以上前(2011年夏、セシルは旅立った)になる。久しぶりに彼のギター

と赤須翔くんのギターのセッションが楽しめる。立ち見寸前くらい人が集まる。感謝。

やぱり「ライブは最高」でっせ。

 


すいはつ、で決める

2016-12-09 08:27:52 | Weblog

東京も冬らしくなってきた。

今日は、8人の普茶料理を承り、明日が今年最後のライブになるので、

朝から買いだしや仕込みにおわれた。昼は「押上文庫」(正確には、昼だから、押上猫庫」で

食べる。素敵な看板が手作りでできていた。斜め前のせんべいやさんが店を閉めた時に、いただいた

ものを、譲った。それに和紙を張って、柿渋をなんども塗って、いい感じのものができた。

「あとは、ピアノの横のここんところに掛け花をおくといいのですが・・」と文庫ちゃん。

最近は掛け花と「何か」を組み合わせて、飾ることが多くなってきた。ときどき「これください」

といわれ、自作(といっても組み合わせと、金具をつけるくらいだが)のものが、嫁いでいくとき

がある。無茶なことや、花のある人がお客さんに多いせいもあるだろう。でもなんやら、最近よく売れる。

昔から茶室に掛け花や短冊を飾ることがあり、そんな道具や金具のことを「すいはつ」という。垂撥、と書く。

和室が少なくなり、お茶やお花をテーブルで、つまり立礼(りゅうれい)でやることが多くなっていくだろう。

そんな時に、床の間にかわるもので、垂撥などをうまく使っていくといいと思う。

そこで寒い日は、煎り番茶をほうろくで煎り、飲む。その香りが残っているあいだに、炭の上にやかん、

できたら鉄瓶でもおいて、そこに徳利、できたら錫のちろりでも入れ、ぬる燗で一杯・・・いいね。

今日は「満つまめの日」  

明日はライブがあるので16時閉店。(おかげさまで、超満席)

明後日は「蕎麦打ち道場」&「なんとなく・・・・」  新人さんとベテランさんが入り混じる。

新人さんは、ひとり一時間以上そば打ちにかかるので、「なんとなく・・」は、なんとなくまだ先に参加を考えてください。

カウンターで、なんとなく鮨をつくったりして、気になるでしょうが、無視して、眼の前の「そば」に集中講座です。

10日(土) 二人のギターライブ 19時開場 19時半開演

演奏:井上 智(ギター)・赤須翔(ギター)

¥4,000(お酒・肴・蕎麦・珈琲付き)

 

 


喪中のハガキがいっぱい

2016-12-06 08:51:40 | Weblog

年年歳歳、この季節になると、「一年がはやいね」という挨拶と、ポストにくる喪中のハガキ。

知り合いの両親だとか、おじいちゃん、おばあちゃんが多かったけど、さすがに還暦をこえると、

知人や知人の奥さまなどのものが増える。仙崖和尚が「親死ね 子死ね 孫死ね」と、順番に

死ぬるのがよろし、といったのは逆の場合も、ある。その人の「運命」みたいなものだから、

そう受け取るしかない。宇宙の悠久の時間の配分からいって、100歳と50歳など、あまり大した

問題ではないのかもしれない。ようは、「どう生きたか」だけだ。

天真庵で二度も素敵なライブをやってくれた林智之さんが、一昨日の早朝旅立った。N響の代表的なヴィオリン。

まだ45歳の若さだった。京都出身だったので、いろいろ、京都の話を

した。幼いころかヴィオリンを始めていたけど、その道がだめなら料理人になりたかったらしい。

無類の食通で、からふねやの珈琲も好きだったらしいが、演奏前は黒豆茶を飲んでいた。

「さすがプロ」だと思った。最後のライブになった日、不運なことに、店の前で水道工事を

やっていて、繊細な音楽家やお客さまをナーバスにさせるような騒音が響いていた。

その時、やまね組組長のやまねさんが尊敬するジャズクラリネッターのベニーグッドマンが

シカゴからニューヨークに活動の拠点を移し、最初に演奏したジャズをやった。

そんな逸話をやまねさんが話した後に、林さんがポツリと、「今日のニューヨークは地下鉄工事をやっていますね」といった。

演奏家とお客さんのこころがひとつになった。

超一流の芸術家たちの「真・善・美」を教えてもらった気がした。演奏は、まさに終わった瞬間に終わってしまうけど、その一瞬

の中に永遠の輝きがある。人間の一生も、生・滅・生・滅の繰り返しの中の刹那の中にこそある。化けてきても、またあいたい人だ。

こころからご冥福をお祈りする。鎮魂。

今日は「満つまめの会」  夜は「英語で蕎麦会」

 

 

 

 


今日は「土味デー」やでー

2016-12-05 07:37:09 | Weblog

昨日やさとの「暮らしの実験室 やさと農場」で、恒例の新蕎麦を高齢のそばもんが打つ

、というイベントがあった。三年目になる。石臼の上、もとい石の上にも三年。

なにごとも、こつこつと時間をかけてやっていくのがよろし。

帰りに、とりたての野菜をいただいてかえる。この「土味」を、表現するのはむずかしいけど、

「暮らしの実験室 やさと農場」で検索して、「おためしコース」かなんかを頼んでみると、わかる。

東京一極集中があたりまえになっているので、一般の野菜は、少しはやめに出荷され、流通会社の倉庫

あたりでの時間の経過などをあらためて計算されている。それに比べ、田舎の野菜は、食べる寸前まで

光合成がなされ、生きたまま踊り喰い、みたいな状態で口の中にはいる。どちらが美味いか、なんていう問いはナンセンスだ。

「土を喰らう」という感覚を、時には体験することは人間として大事なことのように思う。

今朝は、やさとの新そばを打った。やはり「土の香り」がする。慈悲深い味。そばのうまさの一番の部分はそこだと思う。

「暮らし・・・」に、新しいそば猪口が10個くらい用意されていた。有田焼きだ。あまり騒がれてないけど、今年は有田焼き400年

の節目にあたる。土味の新そばを味わうには、やはり土で焼いた器がよく似合う。「暮らし・・・」のスタッフの方たちは、自然に

よりそいながら、野菜や卵をつくっている。豚も飼っている。都会にいると、「効率」とか「生産性」とか、つまり「まずお金」

のことを考える。でも田舎にいくと、吸う空気や踏みしめる大地のあたたかさが、まず五感を解放してくれる。

お金とどちらが大切か?これもナンセンスな問いである。

これから「卵かけごはん」  味噌汁の実も、卵も「やさと」のものを使う。

夜は「長屋で女史会」  今日は土を喰らいながらのお勉強。

明日は「英語でそば会」  岩本先生もそばもん、ぼくのかくれそば弟子。先月で18勝目らしい。

今年最後の「ぽん引き」に挑戦する。外人さんがこられたら、これまた「土くさい御接待」に徹する日になりそうだ。