FPと文学・エッセイ 〜是れ日々なり〜

ライフプラン、資産設計のほか、文学・社会・芸術・文化など気まぐれに日々、FPがつづるエッセイ。

『マクベス』 殺害と投資の心理

2009-01-22 00:48:26 | 文学・絵画・芸術
書き換えのパロディ

まずは、次の文章をじっくり読んでみてください(斜体は書き換え)。

クライアント(C):
― もうやめにしよう。昇進も決まりました。おかげでけっこうな昇給もあります。せっかく手に入れた新しい待遇、むざむざ棒に振るには及びません。今さら投資に眼をくれるより、一生、仕事に精を出し、会社に尽くしたほうが無難です。株をやって大損したり、今の仕事がおろそかになって社内の評価が下がったりしたら、元も子もありません。
ファイナンシャル・プランナー(FP):

― では、今までお望みになっていたことは、ただ、ああしたい、こうしたい、という口の上のこととでも? 定年後は世界遺産めぐりの旅行、海と山に別荘を持ち、自分の土地で作物を育て、週1回は知人らを呼び夜食会、たまに気が向けば自前の窯で焼き物を作り、頼まれれば老人介護の慰問で無償講演もする。家族子孫に恵まれ一族繁栄し、人々に喜ばれ、いつも暖かく迎えられる・・・。そのためにはリスクを恐れず、株取引だけでなく先物、オプションにデリバティブ、なんでもやってみましょう、そのための、この私めが指南役と、そう言ってくださったあとで 一眠りして、今眼が覚めてみると、さっきは平然と見据えられていたものが、今度はちらと垣間見ただけで、ぞっとして気が沈むとおっしゃる? 解りました。家族への愛情も、そんな頼りのないものなのでしょう。考えていらっしゃるご自分と、思い切った行動をなさるご自分と、その二つが一緒になるのを恐れておいでですね?

ひそかに定年後の貧窮した生活に怯え、不安を抱き、世間から隔絶された孤独な生活に追いやられる、そんな将来の自分の姿を思い描かされて、少しでも資産を増やしたい、健康で安心した、ゆとりある老後生活を送りたいと言っていた方が、大損するリスクがあるとあなたの耳元でささやく声に怯えだし、昇進した途端、リスクは一切取りたくないと言われる。会社で昇進したくらいで、あなたの生活にどれだけの影響がありましょう。上司の思惑とあなたの言葉が寸部違わずということがありましょうか。業績の傾きを理由に、じつは些細な上司との行き違いから、いつ解雇されるかわからない大きなリスクは負っておいでなのに、富を増やすほうのリスクは1円の損でも取りたくないとのこと。つねづね資産が この世の宝とお思いになり、それがほしくてたまらぬ方が、われから御自分を臆病者と思いなし、魚は食いたい、脚は濡らしたくないの猫そっくり、「やってのけるぞ」の口の下から「やっぱり、だめだ」の腰くだけ、そうして一生だらだらとお過ごしになるおつもり?
C:
― お願いだ、黙っていてくれ、男にふさわしいことなら、何でもやってのけよう、それも度がすぎれば、もう男ではない、人間ではない。
FP:
― それなら、このたくらみをお打明けになったときは、どんな獣に唆されたとおっしゃいます? 大胆に打明けられた方こそ、真の男、それ以上のことをやってのければ、ますます男らしゅうおなりのはず。あのときは、時と所が脚なみそろっていなかった、それをなんとか御自分で整えようとまでなさった、だのに、その二つが自然に向こうから整ってきたきた今、かえって尻ごみなさろうという。私は子供に乳を飲ませたことがある、自分の乳を吸われるいとおしさは知っています ― でも、その気になれば、笑みかけてくるその子の柔らかい歯ぐきから乳首を引ったくり、脳みそを抉りだしても見せましょう、さっきのあなたのように、一旦こうと誓ったからには。 
C:
― もしやりそこなったら?
FP:
― やりそこなう? 勇気をしぼりだすのです。やりそこなうものですか。(以下略)

<※斜体文は、シェイクスピア作『マクベス』(第1幕第7場 福田恒存訳 新潮文庫)の部分を書き換えたものです。斜体以外は原訳文です。>


『マクベス』の名場面です。武将マクベスは、魔女にそそのかされて自分の野心を実行すべく王の殺害をたくらみます。暗殺に心がぐらつくマクベスの心理をたくみに夫人が操ります。マクベスをクライアントに、マクベス夫人をFPにして書き換えてみました。原訳文と読み比べてみてください。こんなFPがいたら、ちょっとコワイですね。反面、強行に後押ししてくれるアドバイザーを一般投資者は望んでいることも事実。結局、自分の意志の問題ですかね。

最後のほうの部分は、マクベス夫人の有名な台詞です。それにしても、シェイクスピアは心理学の達人です。『オセロー』や『ジュリアス・シーザー』、『ヴェニスの商人』、おなじみ『ロミオとジュリエット』などの中にも、人物の心理を巧みに操り、深く読み取る台詞が随所に出てきます。