次姉ヤエが血相を変えて、夫一蔵のいる母屋に走った。
ヤエは小坂村に続く毛馬内村の大地主の豊口家に嫁いで9年になる。
児玉道場から小坂村に帰る途中に豊口家はあり、腹が減ると夕飯を食べて帰ることもあった。
要二という二歳のやんちゃな男の子がいて、めったに合わない節三を発見すると、両手を上げてすり寄り、空中へ投げてもらうのが好きだった。
急な坂道を登りきると毛馬内村が一望できる場所に、長女ウメが嫁いだ横田家があり、ヤエは身の回りを世話をする「てる子」と帰るところであった。
坂を下りきった十字路の右が節三がいつも帰る道なのだか、出会いがしら五、六人の男たちに囲まれて大通りの外れにある神社の陰に消えていった。
ヤエが「喧嘩だ」と叫ぶや否や、背中の要二をテル子に預けると一目散夫一蔵のもとへ駆け込んだ。
一蔵は相手が五、六人と聞いて少し怯んだが、ヤエの実弟とあれば、勇気を出さなければならない、節三のことだから間違いなく喧嘩なのである。
もてもての優男、喧嘩はあまり得意ではなく、膝から足もとまでの小刻みな震えを感じながら神社へ急いだ。
澄み切った気合の掛け声と、怒鳴り声が交互に聞こえる。
もっと近くになると、その声がぴたりとやんで、節三が鳥居をくぐって歩いてくるのが見えた。
゜「節三君」
声をかけたが節三は、背筋を伸ばして何事もなかったような顔で歩いてくる。
一蔵を見ると
「ちょっと、やらかしました。どうってことないです」とにっこり笑いながら答えた。
「今日は、帰ります。今度、寄ります」
節三の眼の下から二筋の血が流れていた。
神社では、節三に投げられたのたのだろう、境内の下で膝頭を両手で押さえている仲間が、思案に暮れていた。
一人が一蔵の気配に、
「なんでもありません。境内から足を踏み外して」
と言い訳をしたが言ってる本人の頭からも血が鼻につたっていた。
三日後巡査が太田家の縁側にサーベルを置いて座り神社の出来事を伝えた。
「毛馬内の豊口さんは親戚になりますかね」
「こちらのお嬢さんが向こうの内裏さんだとか」
奥歯にものを挟メタ言い方が新助を苛立たせた。
新助は腕を組み、太田池に視線を向けた。
「一蔵さんが節三さんの喧嘩相手を、自宅で、介護したは、したんですが、その日は仲間が連れて行ったらしいですよ・・錦木の在の若者なんですが、しかしなんで毛馬内まで来て喧嘩したものか、まあ、どっちでもいいんですが、夜中、急に様態が悪くなったまま、いままだ意識がないって相手の家が騒ぎましてな、それでわしらも見過ごす訳に行かなくなりましな・・」
茶を啜る巡査の横眼がちらりと、新助の顔を撫でた。
「このまま、もしものことがあれば、ただの節三さんの喧嘩だけでは済まなくなるのかな、と心配しているところで」と続けた。
新助は終始無言のまま身じろぎしなかった。
嫁入り前のミツは次の間で「理屈が合わない話」と思いながら巡査の話を聞いていた。
長い沈黙の後立ち上がった新助は、奥の間から風呂敷包みを持ってきて「帰りがけに、見舞金として、渡しておいてくれまいか」と云いながら巡査に渡した。
小坂鉱山 事務所(復元)
毛馬内は南部藩時代南部馬の産地で売買されていた。400年続く盆踊りは、路上に篝火を焚いて道路の両脇を踊る、呼び太鼓、大の坂踊りは優雅で、情緒溢れている。
襦袢に鴇色の蹴出し、黒紋付きに水色の蹴出しを着て、豆絞りのの手ぬぐいを頬被りをする。
その踊りを五尺程の大太鼓が打ち手と持ち手が一緒なって何台も先頭を行く。
その大太鼓の革が馬の革で、透き通るような音色が耳に優しい。