☝ 家康の遺言、
私が死んだら、まず、久能山に納め、神として祭るように。
葬式は増上寺で行い、三河の大樹寺に位牌を立てよ。
一周忌が過ぎたら、日光山に小さな堂を建てて勧進せよ。
関八州の鎮守となろう。
戦国時代あーだこーだと云いながら、
こっちにくっついたり、裏切ったり。
最後は天下を統一してしまった、
東昭大権現と言われた家康、
東昭=薬師如来、
権現は神様や仏さまが、
人間など仮の姿でこの世に姿を見せる、というのですから、
薬師如来の化身・徳川家康=東昭大権現は神様。
家康の遺言を聞いて1627年、藤堂高虎という大名が建て、
家光が1651年改築したという、
当時にして、荘厳な宮。
500円の拝観料で見ることができました。
「狸」=家康のあだ名は、徳川を倒すときに、
西郷隆盛や大久保利光らの、
会話の中のセリフに出た呼び名らしい?
家康の知識について未熟な私でも、
知ればやはり評判通り「タヌキ親父」だなと、
死後300年、今ならつい、笑みが出てしまいます。
👇 透し塀も彫刻に彩色が施され、
👇 慶安4年1651年落慶に奉納された諸大名が、
銅灯篭は、48基と、権力の強さも垣間見ることができます。
👇 平成26年に修復工事が済んで公開された、
金張りの拝殿。
👇 場所を変えて拝殿と幣殿。
👇 手前拝殿と本殿を。
👇 幣殿
👇拝殿の扉
👇 拝殿前から唐門を
👇 拝殿の彫刻。
👇 本殿
👇 日光東照宮まで行けなない人々が、
お参りできたという東照宮、
金色殿とも呼ばれ、
手を合わせる人々に新しい息吹を与えたのでしょう。
記事参照=インターネット