新笠通信 奄美電信版

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祝 現地物語誕生 か

2008-05-07 22:47:32 | Diaries
♪ いわないで~いわないで~よけいなことはもうたくさん。

サブタイトルがげんちものがたりにかわりました
sHikaru現地の日々をつづってゆきます


某有名ユニット引退シーンの一場面

わたしたち今日から普通のおんみつにもどります

なぬっ、おぬしらおんみつであったか

気づくの遅すぎー
どっからどうみたってばればれじゃん

いまさらオンミツなんてむりよ
だってめだちすぎてるんですもの


目立ちすぎるとふつうのおんみつのこにはもう戻れないという教訓でした


ある家臣団はどうも優秀であるようだ

みなさんもちまたから一目置かれる家臣団を目指しましょう

よその家臣団との交流をうまく深める能力を求められているわけです

企業内引きこもりが顕著になることはあまりよいことではありません


よくもわるくも江戸末期と明治
この時代を

ひゅうがのことは一応気にかけているのです
全国で県が県立病院を運営しているわけです
それぞれの県で単体(運営)として存在してしまうと横のつながりがどうも有機的でなくなってしまうような気がするわけです
財源基準でとらえると運営者が都道府県の数だけ存在してしまいます
県立と分類されている団体間で有機的な横のネットワークを形成できないものかとも思われるわけです
近場の開業医の協力を得られているであれば少しは助かります
横のつながりとなると人事となるわけです
県が運営しているものに携わってどのようなメリットが
というのがすべてです
段階的なキャリア形成手順が踏めるのかどうかが疑問です

どうしても財源が基準になってしまうので一般企業で言うところの持ち株会社形式(定められた額を各県が拠出することによって運営を行なう団体形式)にしないとなかなか難しいのではないかと思います
その団体に所属していれば各都道府県に赴任する可能性があるわけです

近場の数県もしくは大学等との組み合わせも含め実現できればよいのではないかと思ったりもするわけです

財源ベースというのはどのような団体であっても原則となってくるわけです
主要な実務を各財源団体の拠出によって運営されている広域団体が行なう形式には十分なメリットがあるようにも感じるわけです
専門家の有機的なキャリア形成を期待することができはしないだろうかということです

単一財源団体による単体独立性の強さから生じるデメリットを危惧しているわけです
広域団体そのものの存在にどれだけ信頼を得られてくるかにかかってくるわけです


江戸末期と明治をのりきったということは
幕府と明治政府両方の精神の温存に成功したともいえるわけです
家臣団=教団
へと移行していった可能性もあるわけです
おもむろに土着した家臣団おつかれ~などといってはいけません

わかっているとは思いますが男尊女卑はあまりよくありません
女性の生命力の強さにはかなわないのです

新政府側的な身分意識もよくありません
すべてのトラブルのもとです

マスメディアの急速な発達により大衆全体の意識比重が規定意思決定機関のそれを凌駕するまでになってきました
日々の報道や娯楽メディアに触れている市民の率直な反応の影響が確実に力を持ち出したというわけです

どれもだいぶ前の話ですけどね

ひゅうがの支持率は単なる御祝儀ではないようです
目には見えない漠然とした大衆の空気に支えられることがどれだけ大きいかということです
団体の透明度もより高く感じるわけです

どうしても商売上手にはなれない気質があることは否めませんけれどがんばりましょう
難関資格を持っている人に販売促進などむりむり
というか向きません
演者気質をはぐくんできていないわけです
実演には向かないのです
新興宗教にも負けない勢いで思想を説いても首脳陣を口説くことは難しいのです
視聴者に感動を与えられない役者みたいなものです
業界団体を敵にまわしてどうする

一部話が飛びました

インテリ集団に思想をのませるといったことや特定業界の警察的立場を自負するといったことはたいへんおこがましいことです

いろんな人がいていいじゃないか
致命的な人だけを確実に糾弾できる体制がとれていればそこそこ上出来なのではないでしょうか



中学の同級生が体育館に飛び道具(重い鉄のかたまり)をもってきました【注:今朝の夢です】
あなたの教え子が銃刀法ですよ
あの男の子はどうして重い鉄の塊を手に握るようになったのだろう
現地文化と少年誌から得た世界観のギャップの中で存在していたことまでしかわかりません
現地文化は少年誌の世界からはかけ離れすぎています
孤島ゆえに続いてきている現地文化意識というものになじめないのです
飛び道具(重い鉄の塊)で手っ取り早く人を従わせる
最悪のケースです

カップルで映画を見に行きました
映画を見ている間それぞれどのように感じているのでしょう
映画はひとりでみないと今見ているシーンを相方がどう感じているのか自分の感じ方と比較してしまい落ち着かないでしょう

相手がどのように感じているのかというのはとても不思議です
自分と同じように感じている可能性はとても低いのです

感想を率直に言ってもらえないと比較のしようもありません

演じられたものをみて何も感じない人というのはいるのでしょうか
人はこういう場面でこう感じる
といったことです
こういう場面でもなにも感じない
となると感動のしようがないわけです
この演者はいったいなにを反応しているのだろうか
という疑問だらけになると人の気持ちをまったくつかめないということになります

隊列を組んだ無人の戦闘機が離島の上空を南下してゆく光景を目にすると今年も夏がきたんだなあと思います

ここでは第三の目がパイロットの姿をとらえられるほどに強くなってはいないということがわかりますね


そういうことでして日々あなたが存在し行動していることに感動しているわけです
あなたがいてくれてよかった

すみれの季節になりました
マーガレットも咲きました

団地のベランダでふとんをたたける人をうらやましく思います
音が響くんですよ
周囲の目を気にせずにたたくのはむずかしいと思うのはなんかへんですか
たたく音に感情がつまっていてそれを感じてしまうのです
たたく音が変わるたんびいちいちなんかあったとわかってしまうのも考えものです

どのみちつゆの前にしっかりたたいておいたほうがよいのかもしれませんね

今月もお手柔らかに
じゃあまたね