「星座α」第九回歌会 於:鎌倉の浄妙寺「無庵」 五月三十日(水)
遠く北海道の函館や、東日本大震災の被災地の福島県からの参加者もいて、盛り上がる歌会だった。
:短歌の題材:
「挽歌あるいは相聞」「真夜中の神経過敏」「切子グラスの酒」「震災詠」「あげひばり」「春真っ盛りの空」「ビル街をかすめて飛ぶ鴉」
「川霧の深い渓谷」「亡き母への追憶」「光によって出来る影、その濃いところと淡いところ」「カーネーションの華やぎ」
「五月雨の定家かずら」「突然の雷に思い出す自分の賞罰」「前の日から探していたメガネ」「天地の荒ぶるさまと自分の生き方と」
「敷石に沈む雨音」「白地図に色を塗るように、見知らぬ駅に降り立つ」「朝のエスカレーター」
「夜にも若葉は育ちゆくだろうか」「スカイツリーと金環食とで見上げる空」
「茗荷を刻みながら不意に思い出した鳩摩羅什(くまらじゅう=西域出身の僧。玄奘三蔵と並び称される。)」。
:論点:
「地名・人名など固有名詞を使うと感性が固定化されるのではないか」
(斎藤茂吉は「短歌には固有名詞は必要ないと基本的に考えていた。)
「言葉は適切か」「作者の感動が読者に伝わるか」(これを考えないと「独り勝手の作品」になる。
「見えたままを詠うのが基本だが、その後は削ることを考えよ」「うまく一通り言ったらそのあとの事を考えよ」
「表現は大雑把でも細か過ぎてもいけない」「一首に大小が両方はいると、バランスを欠く」
「目線は業界用語(テレビ)。正確には視線」など。
:歌会の形式:
司会は「まいまいつぶり」さん。一首ごとに、会員1名、選者2名(4名のうち2名ずつ)が発言。その後三首まとめて、尾崎左永子首筆が批評をする。これをくりかえした。
作者が途中で始める説明は禁句。(暗黙の了解)歌会終了後も一切「言い訳」は出来ない。(選者団のなかに僕もはいっている。選者の修行中というところ。)
:今回初めて知ったこと:
歌会の会場兼編集所は「無庵」と言って、入り口には「星座α」の表札もあるが、その由来。
浄妙寺に使われていない建物があって、ご住職のご好意で提供して頂いた。その建物のために「無」と一字の書を表装した掛け軸を頂いた。それにちなんで、尾崎主筆が「無庵」と名づけたのだそうだ。(ご住職は、90世浄妙寺住職甲賀丈司:鎌倉時代以来の古刹である。)
だから墓地には足利尊氏の父、足利貞氏の墓所もある。(源氏の祖霊を弔う苔生した石碑もある。)
フェイスブックの「友達」のご本人に初めて会った。「フェイスブックの写真より、本物のほうがいいじゃないか。」と言われた。
(これは蛇足。蛇足なら書くなって?嬉しかったもので、つい。)
:次回の歌会は7月7日(土):
七夕歌会とした。楽しさもまた、修練には必要なことだ。