学生時代、家族で河口湖の湖畔に宿泊したことがある。湖畔といっても、湖から歩いて10分ほどの山の中。一泊の予定だったが、静かで環境がよいので宿泊を延長した。
環境がよいということは、夜は暗いということ。それをすっかり忘れて、「夜の散歩」としゃれこんだ。湖までの道にはかろうじて街灯があったが、湖畔は真っ暗。石を湖へ向けてひとつ投げて帰ってきた。
われわれ兄弟とほろ酔い加減の父の三人だった。父はわれわれ息子たちより30メートルほどはなれて先を歩く。それもラジオ体操よろしくリズムをとりながら両手をかたにあて上や横へ伸ばすのを繰り返して。なにやら鼻唄を歌っていた。
「親父も年とったな。」
「当たり前だ。」
われわれ兄弟のかわす言葉もそれだけだった。
思えばあのときが、わが家の世代交代の日だったようだ。もっとも父は意識していなかったようだった。
僕もそろそろ、その時の父の年齢に近づいてきたが、あの時投げたたった一個の石のことを今でも鮮明に覚えている。