短歌の道しるべ(7)
◎今月のワンポイント 10月
*佐藤佐太郎の作品から(1)自然詠
おほかたは雪消のなごりかはきつつ風過ぐるときほこりたちけり 「軽風」
暮方に歩み来(こ)しかたはらに押し合ひざまに蓮しげりたり 「歩道」
道のはてに盛りあがりたる荒海を見つつ来りぬ幾段(いくきだ)の波 「しろたへ」
あぢさゐの藍のつゆけき花ありぬぬばたまの夜あかねさす夜 「帰潮」
みづからの光のごとき明るさをささげて咲けりくれなゐの薔薇
キリストの生きをりし世を思はしめ無花果(いちじく)の葉に蠅が群れゐる
わが来たる浜の離宮のひろき池に帰潮(きてう)のうごく冬のゆふぐれ
北上の山塊に無数の襞(ひだ)見ゆる地上ひとしきり沈痛にして 「地表」
氷塊のせめぐ隆起は限りなしそこはかとなき青のたつまで 「冬木」
冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝見ゆ 「形影」
夕光(ゆふかげ)のなかにまぶしく花みちてしだれ桜は輝(かがやき)を垂る
地底湖にしたたる滴かすかにて一瞬の音一劫(いちごふ)の音 「開冬」
冬の日に眼に満つる海あるときは一つの波に海はかくるる
おもむろに葦の根ひとつ移りゆく遠近になき水の明るさ
垂る枝のうごくともなく降る雨に散るべき花はおもひきり散る
おしなべてただ白けれど山のまの氷河の終る海はしづけし
島あれば島にみかひて寄る波の常わたなかに見ゆる寂しさ 「天眼」
☆景色だけを詠んでいるようで、これはすべて情景(心情を景色に託したもの)です。
的確な言葉で表現されていて、眼の前に情景が浮かんできます。☆