「運河」299号巻頭特集、<わが歌とその背景>より一首。
干上がったダム湖を見たことがある。かなり以前のことなので、どこの湖かは憶えていない。しかし長い時間が経過しているだけに、地名などの余剰は削ぎ落とされて、光景の鮮やかさだけが脳裏に深く刻み込まれている。
湖底にはコンクリート造りの箱形の建造物があった。その周囲に点在する建物らしき物などすべてが泥土に覆われ、太陽の光を鈍く反射していた。「泥の海」のほぼ中央には、わずかな水量の川が細々と流れ、蛇行していた。
「痛々しい」という言葉では表しえない何かが、そのダム湖にはあった。かつてそこに暮らしていた人々の声、聞こえるはずもない人々の声が聞こえる気がした。やや大げさに言えばこういう気になったのである。・・・
何をどう捉えるかは、文芸の基本だ。そして個人個人により様々である。だが、かの日のダム湖は確かに私の心を揺さぶった。遠い記憶の中にあるわが「詩的真実」である。
*お断り:「運河」誌上では旧カナ使用。作品掲載にあたり新カナ表記にしました。*