政府は、コロナ対策の不評で浮足立つなか、デジタル庁創設に向けた法整備に躍起になっている。中心にあるのは、地方自治体などが集めた個人情報も含めた国民一人ひとりの情報を政府に一元化し、併行して多くの個人情報をマイナンバーカードに紐づけ、行政を効率化するとともに、企業などの使い勝手もよくして産業振興の資源として使おうという狙いのようだ。
ちょっと待って欲しい、たしかに政府のコロナ対策は失政つづきだった。クルーズ船の水際作戦は失敗し、マスク全戸配布で失笑を買い、せっかくの緊急事態宣言も種々の「GO TO」作戦が感染拡大を招いて元の木阿弥。どれも政府の不手際であって、デジタル庁やデジタル法案の実現を急ぐ理由にはまったくならない。
全国民への10万円特別給付が遅れたのも、郵送手続きだけにすれば簡単だったのに、中途半端にしか普及していないマイナンバーカードによるオンライン申請も可とし、各自治体の本人確認や多重申請チェックの作業を煩雑にしたためではなかったか。
にもかかわらず、今回のデジタル法案は、全国民にそのマイナンバーカード作成を事実上義務づけ、総理大臣を長とするデジタル庁が一括管理する仕組みになっている。しかも紐づけされる個人情報の中身は拡大の一途をたどっており、すでに作業の進んでいる健康保険証や、運転免許証や、検討が始まった運転免許証のデータはもとより、収入・納税・不動産等の家計状況と金融機関口座、学歴、職歴、病歴、通院、介護等の健康状態等々、従来はプライバシーセンシティブな情報として収集制限されてきたものが多量に含まれそうな勢いだ。
マイナンバーカードが一種の通行証として通用することも想定され、そうなれば個々人の行動履歴や思想信条を追跡・把握することも容易に出来てしまうおそれが十分にある。
個人情報の扱いは過去20余年、たびたび議論になって来た。その核心にあったのは、社会のデジタル化が進行し、大量の情報を瞬時に収集・利活用できるようになった今日、どのような情報を保護するかという問題だった。センシティブ情報の収集や目的外使用の禁止も自己情報のコントロール権も、これらの議論から生まれ、新たな人権として重視されるようになった。
ところが、今回のデジタル法案のどこにも、それらに対する配慮がない。時代に即した人権感覚も思想もない、というべきである。
また、個人情報の漏洩や恣意的な利活用を防止する観点から、個人情報を扱う機関や組織の適格性についても多くの議論があった。そこでは、透明性や公正性を確保し、説明責任を果たす体制が必要であることはもちろん、適正な扱いが行われているか否かを監督する第三者機関の常設も必須とされてきた。
しかし、法案には、そのチェックのデジタル庁なり、現行の個人情報委員会拡充なりして担当させるとあるが、その機能は限定的で、行政機関には最初から甘い対処になることが目に見えている。
目を疑うような仕組みである。近年、公文書の改竄や重要書類廃棄が次々発覚し、信用を失ってきたのは政府自身ではないか。原発の推進と規制を同じ官庁でやって大惨事を招いた轍をまた踏むつもりなのか。
私たち日本ペンクラブは、この杜撰なデジタル法案を直ちに廃案にし、最初から出直すよう強く求める。
2021年5月6日
一般社団法人日本ペンクラブ
会長 吉岡忍