ブログ開設以来 100万人の訪問者。
このブログを開設したのは10年ほど前だった。記憶に残っているのは「神奈川県立多摩高等学校」の20期の同窓会だ。「生まれて半世紀」と銘を打った50歳での同窓会だった。その準備の段階で、旧友からブログの開設を勧められた。
「せっかく短歌を作っているのだから、ブログを作ったらどう?」という一言が決めてになった。当時はネット歌人と呼ばれる人たちがいて、それぞれブログを開設していた。
「ネット上に、発表の場をもたないのを、僕らは漂流者と呼びます。」と言われたこともあった。(漂流者、根無し草、)正確な言葉は覚えていないが、いささか無礼な言葉も投げつけられた。日本歌人クラブの全国短歌大会で佳作に入選した年だ。しかしその時はブログを開設する意思はなかった。第一ネット環境が我が家にはなかった。パソコンを所有していなかったのだ。
だからブログ開設には、パソコンを購入し、接続業者を選定しなければならなかった。パソコンの機種選定ついては従兄弟の世話になった、ブログの立ち上げは知り合いの歌人の世話になった。
それから10年ブログの訪問者が100万人を突破した。初めは一日当たりの訪問者が80人程度。それでも多いといわれたが、最近では一日当たり、500人から700人。これはどうしたことか、検索数を詳細に見ると、政治・経済、歴史論の検索数が多い。
第一次安倍内閣が成立してから、政治経済や歴史の投稿が増えた。「短歌研究」の「短歌年鑑」の座談会(佐佐木幸綱、小池光、高野公彦、穂村弘がメンバーだったと記憶している)で「ナショナリズムの高揚」という一段があって、高野公彦が「選者の責任として、ナショナリズムを高揚させるような作品は除外する」と明確に答えたのよく覚えている。
黙ってはいられないと思った。そこで歴史修正主義の批判からはじめた。「エッセイ」「歴史論・メモ」を呼んでもらえばその辺の事情がわかる。
この時期になって「政治・経済」を読む人が増えて来たのは、政治への関心が高まって来たのかと思う。長らく、政治的無関心な人が多かったが、新型コロナウイルスの感染拡大で政治が身近な問題となって来たのだろう。
僕のFBFでフリーランスの人がいる。その人は、今度の自粛騒動で生活が脅かされている。その人が、政治的な投稿を注目しはじめてくれた。
ここは社会の大きな変わり目かも知れない。どう変わるかは、これからのこの国に住む人たちの行動次第だろう。