オリオン座とサソリ座は、天球上の位置が180度違う。東の地平からサソリ座がのぼるころ、西の地平にオリオン座は沈んでいく。季節で言うと、オリオン座は冬の星座であり、サソリ座は夏の星座である。これを詠み込んだ。
冬の夜の帰宅途上、方角と時間の関係で僕はオリオン座に向かって歩く。そのたびに思いだすのはサソリ座のことと、星座をめぐる神話である。
無敵を誇る狩人オリオンは、棍棒を右手に、ライオンの革の楯を左手に、雄牛へたちむかっている。ところが、サソリに刺されてたちまち命を失った。
高校時代に地学部の友人から、オリオン座の位置とおうし座の見つけ方を学校の中庭で教わった。それよりはるか前、小学校5年生の国語の教科書に「星座の話」というタイトルの説明文があった。
「夜空に星座を思いえがいた昔の人々は、現代の私たちよりはるかに想像力豊かだったのでしょう。」
サソリとオリオンの関係を知ったのは、いつだっただろうか。
とにかく、僕の原体験のひとつだ。どうしても詠んでみたかった。この歌が選ばれ、「運河」誌上に掲載されるかどうかは分からなかった。「オール・オア・ナシング」でいこうと覚悟を決め、星座をめぐる神話を題材に10首揃えた。6首選ばれた。プロメテウス・ゼウス・ヘラクレスとあとふたつあった。
その後、「運河」誌の作品批評でとりあげられた。「作者は見える星座だけでなく、神話を語り継いだ古代の人々に思いをはせている」。
歌を詠むときには意識していなかったが、5年生の国語の教科書の説明文の末尾のかの一節を思い出した。
「昔の人々は、わたしたちも及ばないほどの想像力を持っていたのでしょう。」
正確な表現は忘れてしまったが、印象は今でも鮮明だ。
後日忘年会で、この歌をめぐってこんな質問をされた。
「君はどんな歌を目指しているのかね。」
風格のある歌を詠いましょう、と批評会で言われ頭をかかえてしまって、星座・仏像・歴史など、自分の原点と思えるものと、叙景歌を一か月ごとに交互に詠んでいた時期だった。
質問にはこう答えるしかなかった。
「自分でもわからないんです。」
「まあ色々と試してみなさい。」とかえってきた言葉が嬉しかった。
歌集「夜の林檎」を出すとき6首のうち、あまり出来の良くなかった2首は削り4首を収録した。オリオンの歌は特に印象深かったので、巻頭4首のなかに入れた。
歌集の感想をいただいた100通近い手紙や葉書の中のかなりの方が、この一首をあげていたのもまた嬉しかった。