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岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

小説『坂の上の雲』その後

2011年12月24日 23時59分59秒 | 歴史論・資料
先ず日清日露戦争関連事項を年表式に挙げておく。

・1894年:甲午農民戦争(東学党の乱:朝鮮国内の農民の反乱)
       第1次条約改正(治外法権撤廃:対イギリス)
       日清戦争始まる

・1895年:下関条約(台湾割譲、清国より賠賞金、遼東半島を日本が租借)
       この前後に軽工業の機械化、
        アジア(台湾・朝鮮・中国への輸出激増(第1次産業革命)
       独仏露、遼東半島の清国への返還を勧告(三国干涉)

・1900年:東京株式市場大暴落、国内各地で金融恐慌

・1901年:清国からの賠賞金によって、八幡製鉄設立開業

・1902年:日英同盟締結

・1904年:日露戦争

・1905年:ポーツマス条約(ロシアより賠賞金とれず・日本による韓国保護をロシアが認める)
       この前後より鉄鋼を中心とした重工業の大量生産拡大(第2次産業革命)

       韓国の外交権を日本が掌握

・1910年:韓国併合(日本の植民地、台湾・遼東半島・南サハリン・韓国)

・1911年:第2次条約改正(関税自主権回復:対アメリカ)

 以上、日本史研究会「日本史年表」より。(条約改正は最初の国のみ記載)


 こう俯瞰してみると、経済的要因(例えば貿易、産業、市場と原料供給地としての植民地)が戦争の原因にも結果にも大きくあらわれているのがわかる。帝国主義戦争とは本来そのようなものだ。ドラマ「坂の上の雲」にはその視点がごっそり抜けている。「日本をどう守るか」という視点のみが、誇大化されている。実際は「日本を守る」ではなく、「日本の権益を守り、拡大する」ということであって、「日本を守る」というのはたてまえだ。事実とは大きくかけ離れている。

 日清日露戦争がもたらしたものを、経済の面から指摘しておこう。戦後に成立したもの。

 一つ目。財閥。産業革命、植民地獲得を経て、日本の資本主義体制が成立した。「上からの資本主義化」である。それが急激であったため、独占段階にはいるのも早かった。三井、三菱、住友、安田、第一。銀行を中心とした企業グループ、コンツェルン型の財閥が形成された。世にこれを「五大財閥」という。その他にも中小の財閥や地方財閥(例えば「浅野財閥」や「鴻池財閥」など)もできた。

 二つ目。一方、農村には封建的「寄生地主制」が成立した。その変化については、長塚節の「土」の地主から、小林多喜二の「不在地主」への変化と考えていい。神奈川県内でも、かつては「自由民権運動」の担い手であった豪農層があるものは没落し、あるものは寄生地主となった。寄生地主制の成立とともに、「豪農民権」は終わりを告げる。これは財閥形成よりはやく、「日本型原始的蓄積」とも呼ばれ、資本主義成立の前提となった。(地主制の性格には異説もある。)

 その結果現在の言葉で言えば「格差社会」が広がり、農村では小作争議・都市では労働争議が起きた。農村は疲弊し、都市民として人口が移動し、佐藤佐太郎のような「悲しき移住者」を大量に出した。日露戦争で疲弊したのは都市民も同じ。日露講和の直後は「日比谷焼き打ち事件」が起こっている。

 こうして日本は「列強」の仲間になるが、第1次世界大戦後、アメリカ・イギリスと利害関係が衝突し、やがて1929年の世界恐慌をへて、「15年戦争」が始まる。戦争の終結が次の戦争の遠因となりながら、日本の近代社会は確立されていった。この「日本の近代」は斎藤茂吉の生きた時代、土屋文明の前半生にあたる。

 「あの時代はそういう時代だった」という「言い訳」は通用しない。歴史は「現代の目」で過去を検証し、未来の社会の方向性を見極める資料を提供する学問だからだ。「現代社会では市場拡大のための植民地獲得など何の解決にもならない」という判断の基準として、過去の戦争のメカニズムを解明するのが目的だ。

 言い訳や懐古趣味で学ぶものではない。「歴史にIFはない」というから、どうすればよかったと問うのも、第二義的な問題だ。ただ「日露戦争のときは、非戦論が展開された。戦争を回避する方法はあったはずだ」というだけで十分だ。またそれが戦死した兵士の死を無駄にしないことでもある。

 岡井隆は「短歌を創るこころ」のなかで、「人間を詠む」という一章を設けているが、この時代の二人の作品は、歌人の「自画像」とも言えよう。特に1933年の作品など。二人の作品を比べると面白い。総合誌の書評欄でも「作者像」がしばしば語られる。

 もう一度言おう。明治大正昭和初期は、斎藤茂吉の生涯とほぼ重なり、土屋文明の前半生に当たる。まぎれもなく、この時代の短歌を体現した人々の中に、この二人がはいっているといっていいだろう。


*付記:参考文献・歴史科学体系「民主主義運動史・上」、日本史研究会・日本史研究会編集「講座日本歴史8・近代2」、守屋典郎著「日本資本主義発達史」、山本弘文ほか著「近代日本経済史」、東大出版会「日本近代史要説」、大江志乃夫著「日本の産業革命」、安藤良雄著「ブルジョワジーの群像」、浜林正夫著「世界史再入門」有斐閣選書「日本史を学ぶ・4・近代」、歴史学研究会編「日本史年表」。




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