「運河」誌の「作品批評」でとりあげられた作品。歌集「夜の林檎」所収。
夕暮れの峠や山頂近くに立って、雲海や樹海に山の形が映るのを目撃したことが何度かある。山に登ったり峠を越えたときに逆光となって、自分の立つ山なみがはっきり映る。珍しい現象らしいが、それを何度も目にしたのは運がいいからなのだろうか。
最も印象的だったのは富士登山のとき。八合目付近をのぼっているときに太陽が山かげにかくれ、眼下の樹海に富士山の山影が映った。「墨根鮮やかに」という言葉があるが、「崚線鮮やかに」である。
赤岩八号館という名の山小屋に向かっているときだった。その日はそこで宿泊する予定だったから、その時間にそこにいたのは偶然に近かった。他にも奥日光などで雲海に映る山なみを見たが、時刻・太陽の角度・山麓の状態などいくつかの条件が合わなければ見られない光景だとある人にいわれた。
「作品批評」のコメントは、「一瞬をとらえたのはさすがである。」だったと記憶しているが、むしろ「そういう光景に出合ったのが幸運だった」というべきだろう。